しゃんしゃんごうごうと木々の葉が擦れ合う音が、この日もコース全体を支配していた。ピンのフラッグも前日同様、千切れそうに靡(なび)いている。青山高原と呼ばれる山の稜線に目をやれば、白い発電用の風車が林立し、自然エネルギーの力を誇示するかの…
しゃんしゃんごうごうと木々の葉が擦れ合う音が、この日もコース全体を支配していた。ピンのフラッグも前日同様、千切れそうに靡(なび)いている。青山高原と呼ばれる山の稜線に目をやれば、白い発電用の風車が林立し、自然エネルギーの力を誇示するかのように、ぐるぐると勢いよく回っていた。
日本女子オープン最終日--。
スタートホールは1番、パー5。渋野日向子はここで、過去3日間で2度バーディーを奪っている。通算15アンダーで首位に並ぶ最終組の2人(畑岡奈紗、大里桃子)を6打差で追いかける彼女にとって、是が非でも獲りたいホールだった。
しかし、バーディーパットをピンの手前、およそ5mに残してしまう。
連日、強風とカンカン照りが続けば、必然グリーンは硬く、速くなる。しかも最終日のピンは、広いグリーンの最深部、奥の奥に切られた。設定は厳しくなっていた。渋野は、第3打をいいところから打ちながら、突っ込み切れなかったのだ。
結局、パー発進。その姿は、普通の選手なら「惜しい」で済むも、大逆転優勝を狙う選手には物足りないプレーに映る。
その2組あとを回る、対する畑岡は、対照的に第3打で突っ込むことに成功。ピン左2mにつけ、いきなりチャンスを迎えた。これが決まれば、渋野とは7打差。渋野に優勝のチャンスはほぼなくなる。
ところが、注目の一打を畑岡は外してしまう。
そして、畑岡は3番をボギー。続く4番も、ティーショットをミスして連続ボギーとした。パープレーを続けていた渋野とは、4打差に急接近した。ゲームは面白くなったかに見えた。
渋野はその時、6番にいた。2日目、イーグル逃しのバーディーを奪ったロングホールである。そこで、セカンドを縦長のグリーン手前まで運ぶ。ピンの位置は奥で、見た目で30~40ヤードほど。大きなチャンスを迎えていた。
しかしこの上りのアプローチを、渋野はだいぶショートしてしまう。スピンがかかりボールは途中で失速する。またも、突っ込み切れなかったのだ。
前半に2つあるロングホールで、渋野はいずれもパーに終わった。これでは追撃モードは上がらない。
それでも続く7番パー4で、セカンドをピン手前2mにピタリとつける。その脇にはリーダーボードが設置されていて、畑岡が2つスコアを落としていたことは、渋野の目にも入っていたと思われる。グリーンを取り囲んだ大ギャラリーは固唾を飲んで、そのバーディーパットの行方に目を凝らした。
パットのラインは同伴競技者であるペ・ヒギョンとほぼ同一線上で、先に打つのも彼女だった。ペ・ヒギョンはわずかに外す。すると、隣接するホールで歓声が沸いた。「(5番で)畑岡がバーディーを奪い返した」と囁くギャラリーの声が耳に止まる。渋野にとって、このバーディーパットはもはや外せない一打になった。
だが、こちらのホールのグリーン周りに沸いたのは歓声ではなく、深く、大きなタメ息だった。ぺ・ヒギョンが残した軌跡を参考にすることができなかった。渋野の、逆転優勝の目が潰えた瞬間だった。
日本女子プロ選手権に続いて、日本女子オープンも制した畑岡奈紗
「3番、4番とボギー、ボギーで、まさかボギーが先行するとは思っていなくて、『どうしたら立て直せるのかな』と思っていたんですけど、やっぱり今日も風が強く、ピンポジションも難しかったので、『条件はみんな一緒だ』と思って、気持ちをなんとか落ち着かせていました。一旦悪いほうに転がると、パーを拾うのも難しくなる。そうしたなかで、5番でひとつ返すことができたのは大きかったと思います」
畑岡は試合後、そう振り返った。
圧巻だったのは、9番。1オンも狙える距離の短いパー4だ。
渋野は、ティーショットをグリーン左脇のラフへ。奥に切られたピンまで10mもない場所まで運んでいた。一方、2組あとを回る畑岡は、ティーショットをミスヒットさせ、高さを出せずにコース内の木に当てる。ピンまで57ヤードのアプローチを残すことになった。
チャンスだった渋野が、そこから3打を費やすことになったのに対して、畑岡は2打でボールをカップに沈め、バーディーを奪取した。光ったのは、ランニングアプローチの技巧だった。カップに寄せた距離は、わずか30cm。
「ダウンヒルだったので(ボールを)上げにいかず、手前から転がしました。アップヒルだとスピンがかかることを考えなきゃいけないし、下りのライでよかったな、と。シンプルに手前から転がしていけばいいですから、『チャンスだな』と思いました。打ったのは、58度(のウエッジ)。実は苦手な距離でもあったんですが、練習してきたんです」(畑岡)
上りと下りとライの違いはあるにせよ、渋野が先述の6番でアプローチ(第3打)をショートさせたシーンとは対照的だった。
この9番。ピンの背後はすぐに下っていて、ピンまで突っ込みにくい状況にあった。畑岡が言うとおり、手前から転がせば、ボールの落下地点は高く上げるより手前になるので、その分だけリスクは減る。論理的には難易度は低いのかもしれないが、畑岡のランニングアプローチは、難易度が高そうな極上のプレーに見えた。グリーン周りという特等席で、朝から多くの選手のプレーを定点観察してきたギャラリーの、割れんばかりの拍手こそ、そのアプローチの上等さを何より物語っていた。
渋野にこの日、初バーディーが来たのは14番のパー5。セカンドをグリーン奥まで飛ばし、そこから2打で上がった。しかし、続く15番でボギー。最後まで波に乗れなかった渋野は、最終18番のロングホールでもバーディーを奪えず、この日イーブンでフィニッシュ。通算9アンダー、単独7位で大会を終えた。
「ああ、情けない」
4日間の競技を終えた渋野の第一声だった。
最終日に奪ったバーディーは、わずか1個。渋野にしては、楽しむポイントが少ない地味すぎるプレーだった。至ってそこに、完敗ムードを感じる。
「イライラしていますね。バーディーが獲れず、面白くないゴルフ。点数にすると? 40点ぐらいですね。課題が見つかった、という感じです。(その課題は)パター。ストロークは悪くない。読みかな。もうちょっと入れよなって感じで……。賞金女王を目指すためにも、もう少し上位に食い込みたかった。(賞金ランク1位の申ジエとの差は)少し縮まったようなので、これからの試合もがんばりたい」
「課題」と言われても、渋野の場合、平均パット数(1.7578)は国内女子ツアー、トップの成績だ。優勝した全英女子オープンでも、難しいパットをスコンスコン入れていた。本来得意とするものが、この大会の2日目以降の3日間で、突如不調になったという話だ。ゴルフとは繊細な競技である。
試合を盛り上げたのは、最終組よりひと組前で回る岡山絵里だった。15番パー4でバーディーを奪うと、畑岡との差は1打差に詰まった。
「14番、15番とリーダーボードを見ていたら、岡山さんが来ていたのがわかったので、その辺りが今日一日で、一番緊張したところです。15番のパーパットとか……。その分、16番のバーディーはすごく大きかったです」
そう、畑岡が「大きかった」と語るバーディーパットを決めた時、逆に岡山は17番でボギー。畑岡の優勝が、事実上決まった瞬間だった。
「ミスしても笑うように心がけていますけど、それを忘れるくらい緊張することもあって、そうしたときにはキャディーがずっと話しかけてくれたので、『一緒に戦っている』って気持ちがすごくありました。
何を話しているか? (キャディーの)相談に乗ったりですね。今年で結婚20年になるので、(奥さんは)何をもらったらうれしいか、とか。でも、私は結婚してないんで、『わからない』って(笑)。(キャディーとの会話では)プレーのことばかり話をしているとお互いに疲れると思うので、そこで(キャディーが)気を遣ってくれて、待ち時間とか(私にゴルフのことを)あまり考え込まさないように、ゴルフ以外の話をしてくれるんじゃないかな、と」
とはいえ、ゴルフのことも考える。
「(この日も)プレーしながら、悔しかったことも思っていました。今年、海外メジャーで3度予選落ちしたこととか。とくに全英女子オープンは、日向子ちゃんが勝って、私も試合に出ていたのに、あれだけの差がついてしまった、とか。また、去年のこの大会で優勝できなかったことも……。ですから、(タイトルを)『取り返した!』って感じです」
そして、来年の東京五輪について、畑岡はこう語った。
「この1勝で、少し出場に近づいたかな。でも、世界に出ていくと、まだまだまったく力不足なので、来年までにもっといい準備をしていきたい。一生に一度のことなので、悔いなくできればいいなと」
今季の海外メジャーでは3度の予選落ちを味わうも、国内メジャーは2戦2勝。先月の日本女子プロ選手権に続く優勝だ。日本オープンに限れば、過去4度の出場で3度も優勝。その強さには、脱帽である。
ただ、畑岡が本当にほしいのは、五輪の金を含めて、海外メジャーのタイトルだ。片や、渋野がほしいのは”真の実力”か。
畑岡vs渋野--。今季の戦いは、まだ何試合か残されている。今後の”ライバル対決”からも目が離せない。