「黄金世代」が躍動する数年前、次世代を担う若手として注目されていたのは、輝かしいアマチュア実績を誇る柏原明日架だった。それゆえ、23歳という若さながら、プロ6年目にしてようやく手にした初タイトルまでの時間は、「苦節」という言葉が相応しいのか…

「黄金世代」が躍動する数年前、次世代を担う若手として注目されていたのは、輝かしいアマチュア実績を誇る柏原明日架だった。それゆえ、23歳という若さながら、プロ6年目にしてようやく手にした初タイトルまでの時間は、「苦節」という言葉が相応しいのかもしれない。

 ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープン(9月27日~29日/宮城県・利府GC)の最終18番ホール。事実上のウイニングパットを決めると、サングラスをしていてもわかるぐらいに、柏原の目には涙があふれた。

「長かったです。最終ホールで大勢のギャラリーの方々に声援をもらって、ボードの一番上に自分の名前があるのは……プロ入りの前から、いやゴルフを始めた時から、自分の夢でしたので、(優勝決定からしばらくはその喜びを)噛みしめていました。人生で一番、最高の時間でした」



「大器」柏原明日架がついにツアー初優勝を飾った

 プロテストに合格した2014年以来、何度か優勝のチャンスは巡ってきた。だが、あと一歩が届かない。なかでも、まさしく”手からこぼれを落ちた”のが、初めてツアーフル参戦を果たした2015年の日本女子オープンだった。

 首位に並んでいた17番パー3で、ティーショットを左の池に入れてしまう。優勝争いの真っ只中で叩いたトリプルボギーは、優勝を逃した悔しさだけでなく、トラウマのような、あるいはイップスのような”傷”として柏原の心に刻まれた。

 以後、左に池があるようなロケーションはもとより、ふとした瞬間にあのミスが脳裏をよぎるような苦しみを味わってきた。

「優勝争いをしていなくても、左に池があると反応してしまう自分がいた。悪いイメージが焼き付いてしまっていました」

 話はミヤギテレビ杯に戻る。首位と2打差の4位タイからスタートした最終日の柏原は、上位勢が伸び悩むなか、前半を終えて首位を独走していた。迎えた15番パー3は、”あの日”と同じロケーションで、左に池があった。

「アングル的にすごく似ていた。また『池に入れてしまうんじゃないか』という気持ちもありましたが、『ここで自分に勝たなければ、この先成長できない』と、ポジティブなことを自分に言い聞かせていました」

 7番アイアンで放った一打は、ピン方向に向かっていった。グリーンをオーバーしてしまったものの、過去のミスを振り払い、優勝を確信できた一打となった。

 加えて、強気のパッティングも光り、この日はパッティングでショートするシーンが一度もなかった。

「(今年8月の)CAT Ladiesで優勝争いした時は、ハーフターンしてから(パットが)ショートしてばかりで、結果、優勝を逃してしまった。今日は絶対にショートしないと、攻める気持ちを持って(後半の)9ホールを戦おうとしていました」

 トップ10入りが2度しかなかった昨シーズンは、年間獲得賞金が44位とシード権ギリギリの成績しか残せなかった。今季も、序盤は数度の予選落ちを喫するなど苦しい時期が続いた。

 そして、宮崎出身の柏原は、今年の7月下旬、センチュリー21レディスでも予選落ちを喫した際、ラウンド後に同郷の大先輩である大山志保にこう問いかけた。

「私が勝てないのはなんでですか?」

 大山は言った。

「大事なのは、1勝目の早さじゃない。将来、ゴルフをやめる時に、生涯に何勝したかを一番大事に考えたほうがいいよ」

 渋野日向子や畑岡奈紗をはじめ、3つ下の「黄金世代」と呼ばれる面々が次々に勝利を挙げていく。柏原は焦りを覚え、誰より勝利を欲していた。そんな時に、目先の勝利を渇望するよりも、長いゴルフ人生を考える重要性を、大山は柏原に説いたのだ。

「この言葉は、私の中にあった焦りみたいなものをふりほどいてくれましたし、目の前の課題に取り組んだほうがいいなと、自分自身、気づくことができました。さらっと言っていただいたひと言ですけど、大きな言葉でした」

 初勝利の美酒に酔った柏原は、10月3日から4年前に”取りこぼした”日本女子オープンに臨み、さらにその2週後にはホストプロとして臨む富士通レディースが待っている。

「(優勝したとはいえ)今週ももったいなプレーがたくさんあった。そこを改善して……早く2勝目をあげたいです」

 ジュニア時代から将来を嘱望され、美貌も兼ね備えた艶やかな大器が、いよいよ才能を花開かせる日が訪れた。