「このチャンスを生かしたいと思っていた」 試合後の取材エリアで残した吉田麻也の談話で、最も印象的だったのはこの言葉だった。ハリー・ケインを止めるべく、身体を張って対応する吉田麻也 これまで、国内リーグ戦における吉田の先発は6試合中2試合のみ…

「このチャンスを生かしたいと思っていた」

 試合後の取材エリアで残した吉田麻也の談話で、最も印象的だったのはこの言葉だった。



ハリー・ケインを止めるべく、身体を張って対応する吉田麻也

 これまで、国内リーグ戦における吉田の先発は6試合中2試合のみ。現在の立ち位置は、先発と控えを行き来する「準レギュラー」である。

 その吉田に、大きなチャンスが回ってきた。9月28日に行なわれたプレミアリーグ第7節のトッテナム・ホットスパー戦で、今季3度目となる先発出場を命じられたのだ。昨シーズンはレギュラーとして稼働していただけに、吉田も強豪との一戦で好パフォーマンスを見せ、レギュラーの座を再奪取しようと意気込んでいた。

 サウサンプトンのラルフ・ハーゼンヒュットル監督がピッチに送り出したのは、吉田を3バックのCB中央に配した3-4-3。イングランド代表FWハリー・ケインや韓国代表FWソン・フンミンら強力なアタッカーを擁するトッテナムに対し、日本代表DFは立ち上がりから守備で奮闘した。

 1トップのケインの足もとにパスが入りそうになると、吉田は最終ラインを飛び出してインターセプト。ケインにロングボールが入っても、空中戦で競り負けることはなかった。

 そんな吉田とサウサンプトンに追い風が吹く。前半31分、トッテナムのDFセルジュ・オーリエが2枚目の警告で退場処分となったのだ。

 残り60分近くの時間を、サウサンプトンはひとり多い状況で戦うことになった。トッテナムがケインを最前線にひとり残した4-4-1に変更すると、吉田は敵のカウンターに警戒しながら最終ラインを束ねた。

 吉田がより頼もしく見えたのは、ここからだった。

 後半17分には、CKをドンピシャのタイミングで合わせてヘディングシュートを放ったが、GKウーゴ・ロリスのファインセーブに阻まれた。一方の守備でも、”一発”のあるケインに落ち着いたディフェンスで対応。イングランド代表FWの鋭い切り返しにもついていき、うまく身体を入れて突破を許さなかった場面では、アウェーに駆けつけたサウサンプトンのサポーターから拍手が起きた。

 ところが、サウサンプトンは数的優位を生かせず、1-2で敗戦──。前半にGKのミスと相手のカウンターからふたつのゴールを許し、攻撃陣もひとり少ないトッテナムの壁を打ち破れなかった。試合後、吉田は次のように振り返った。

「相手がひとり退場したあと、もっとアグレッシブに行くべきだった。(退場後にチーム全体が)ちょっとホッとしてしまったというか……。インテンシティも落ちてしまった。

 後半、自分たちが追いかける立場になったけど、いつもカウンターサッカーしかしてないので、自分たちが主導権を握り、ファイナルサードで切り崩すことが全然できない。イマジネーションもないし、どうやって動くとかもない。それでもクロスからチャンスを作ったが、相手の守備も固かった。もっと前に人をかけて、横、横ではなく、前に、前にボールを運ぶべきだった」

 吉田が「ほんとすごい選手」と語気を強めたのが、対峙したケインについて話が及んだ時だった。プレミアリーグ得点王に2度輝いているケインについて、「どこに気をつけていた?」と聞いてみると、「全部」と答えてから、次のように言葉を続けた。

「『スペースを与えてはいけない』と思っていたのと、やっぱり受け身になってはいけないなと。先手、先手で、アグレッシブに行くことを意識した。ケインはそんなに大きくないんだけど、身体がめちゃくちゃ強いんですよ。そして、速い。

 今日の試合では、完全に(CBのヤン・)ベドナレクのほうに流れてプレーしていて、そこでことごとく勝てず、ことごとく起点を作られた。賢いなと思いました。毎回、点を獲られている。だから、絶対に点を獲られたくないと思っていた。でも、自分じゃないところで獲られたら、どうしようもないです」

 とはいえ、吉田としてはレギュラー奪取に向けて、大きなアピールになったのは間違いない。試合には勝利できなかったが、英紙『タイムズ』が吉田にチーム最高点の「7点」をつけたように、攻守に奮闘した。

 振り返れば、前節のボーンマス戦で吉田はベンチスタートを命じられていた。最後まで出番が与えられなかったこの試合で、日本代表DFはハーゼンヒュットル監督の起用法にまったく納得がいかない様子だった。

 というのも、前々節のシェフィールド・ユナイテッド戦で先発し、1-0の無失点勝利に貢献していたからだ。「勝っているチームはいじらない」との格言があるとおり、次の試合のボーンマス戦で先発すると本人も信じていた。

 しかし、スターティングメンバーに日本代表DFの名はなかった。しかも、チームはお粗末な失点を重ねて1-3の完敗……。試合後、吉田は「監督と話さないといけない」と、指揮官と意見交換する意向を示していた。

 その言葉どおり、監督室のドアを叩いたという。「具体的なことはあまり言うつもりはない」と前置きしたうえで、次のように明かした。

「簡単に言うと、監督は若い選手が好きなんですよ。(前所属先のドイツ1部)ライプツィヒでも25歳以下の選手を中心にしてやっていた。25歳以下ということは、(31歳の)僕はそこから6歳も離れている。監督の考えを覆すためにも、パフォーマンスで示すしかない。僕の立場で与えられたことをこなして、結果を出していくだけです」

 ハーゼンヒュットル監督は2016年5月、当時2部から昇格してきたばかりのライプツィヒの指揮官に就任した。開幕から予想外の快進撃を見せ、昇格1年目ながらブンデスリーガ2位という輝かしい成績を残した。

 この時、ファーストチームの平均年齢は23.9歳。同シーズンのブンデスリーガにおいて、最も若いチームで戦った。おそらく、ライプツィヒでの成功体験が監督の考えの根底にあるのだろう。

 対する今季サウサンプトンの平均年齢は25.7歳。既存のスカッドから若返りを図ろうとしているのは、FWチェ・アダムス(23歳)やFWムサ・ジェネポ(21歳)、DFケビン・ダンソ(21歳)といった今夏の新戦力が揃って20代前半であったことでもうかがえる。

 吉田は、今年8月に31歳の誕生日を迎えた。ファーストチームでは2番目の年長者で、「ベテラン」と呼ばれる領域に入った。昨季の主力だった吉田とFWシェーン・ロング(32歳)の出場機会が限定的になっていることも、今季の采配の特長だ。

 実際、吉田は「自分たちと同じレベルのチームとの試合には出られず、トッテナム戦のような難しいゲームでポッと出ることになる。監督はそういう時(=格上との試合)は『経験』を優先し、違う時は(若い選手の)『勢い』を優先しているのではないか」と、今の状況を説明していた。

 世代交代を進める指揮官と、ベテランとして信頼されながらもレギュラー奪取を目指す境遇にある吉田--。「僕の立場で与えられたことをこなして、結果を出していく」(吉田)との言葉どおり、トッテナム戦のような力強いパフォーマンスでアピールしていくしかない。