2度目の大金星は「奇跡」ではない。23人、いやスタッフも含めてチーム全員で掴み取った「歓喜」だ。 9月29日、「ブレイブ・ブロッサムズ(勇敢な桜の戦士たち)」ことラグビー日本代表(世界ランキング9位)は、ワールドカップの予選プール2試…

 2度目の大金星は「奇跡」ではない。23人、いやスタッフも含めてチーム全員で掴み取った「歓喜」だ。

 9月29日、「ブレイブ・ブロッサムズ(勇敢な桜の戦士たち)」ことラグビー日本代表(世界ランキング9位)は、ワールドカップの予選プール2試合目を静岡・小笠山総合運動公園エコパスタジアムで迎えた。相手は大会前まで世界ランキング1位で、この4年間で王者ニュージーランドを2度破っているプールA最強のアイルランド代表(同2位)だ。



アイルランド代表から金星を獲得した日本代表

 ジェイミー・ジョセフHC(ヘッドコーチ)は出発前のプレゼンで、このように選手を鼓舞した。

「僕らが勝つことを誰も信じていないし、接戦になるとも思っていない。僕らが歩んできた道のりは誰も知らないし、自分たちしか知らない。信じられるのは自分たちだけ。自分たちがやってきたことを信じよう」

 その言葉に、自然と選手たちも気持ちのスイッチが入った。

 日本代表は前半こそ2トライを許したが、FWとBKが一体となった献身的なディフェンス、そして積極的なアタックで強豪アイルランド代表を相手に接戦を演じた。

 SO(スタンドオフ)田村優(キヤノン)がPG(ペナルティゴール)を4本決めると、後半には途中出場したスピードスターWTB(ウイング)福岡堅樹(パナソニック)が快足を生かして逆転トライ。日本代表が19−-12でアイルランド代表を打ち破る「番狂わせ」を演じ、日本ラグビー界に新たな歴史を築いた。

 ノーサイド直後、5万人あまりの観衆は「万歳」「ジャパン」コールで選手たちを称え、勝利を喜んだ。プレイヤーオブザマッチに輝いたHO(フッカー)堀江翔太(パナソニック)は、「(ファンの)みなさんの声援のおかげで、最後の1cm、最後の1mmを走ることができました!」と、その声援に応えた。

 試合後、キャプテンのFL(フランカー)リーチ マイケル(東芝)はこう語った。

「絶対勝つ、というメンタルが重要だった。アイルランド代表のやることはわかっていたので、僕たちは細部にひとつひとつこだわって、80分間戦った」

 ジョセフHCはアイルランド代表戦の勝因を、こう分析する。

「自分たちがやりたいことを今日やれた。それが勝因です。この3年間、この試合に焦点を当ててきました。そういった意味で、相手よりアドバンテージがあったと思います。選手たちがよくやってくれた」

 日本代表が世界に衝撃を与える「アップセット」を起こすことができたのは、攻守にわたってモメンタム(勢い)を支配したからだ。

「日本代表はビッグチームでした。エネルギー、インテンシティが本当にすばらしかった。最初の20分間はこちらがゲームをコントロールできましたが、時間が経つたびに相手に流れがいってしまった」。アイルランド代表を率いる「世界的名将」ジョー・シュミットがこう振り返ったとおり、前半20分からは日本代表が攻守にわたって主導権を握った。

 接戦に持ち込む大きな要因となった日本代表のディフェンスは、チーム一丸となってフィジカルの強いアイルランド代表の攻撃を止め続けた。前半こそキックをうまく使われて2トライを許したが、後半は相手を無失点に抑えた。

 この試合のディフェンスのテーマは、「ダブルコリジョン(ふたりでの衝突)」だった。

 日本代表のディフェンスは、素早く前に出て、相手の判断時間とスペースを奪うラッシュを得意とする。宮崎合宿では、相手の上半身にふたりで突進する「ダブルショルダー」に取り組んできた。

 だが、アイルランド代表戦ではひとり目が相手の腰あたりにしっかりと突っ込み、ふたり目が上半身にタックルした。タックルにいった選手は接点で相手に絡んで球出しを遅らせる、ということに焦点を当てていたのだ。

 また、ディフェンスラインのコネクト(両サイドの選手とコミュニケーションを取って一緒に前に出る)意識も高く、ふたりで相手の勢いを止めるシーンも多かった。相手がBKに展開した時も、その選手にいち早くプレッシャーをかけて止めていた。

 気温26度、湿度70%の天候も味方したかもしれない。後半、フィットネス勝負では日本代表が相手を上回っていた。

 この試合で合計11回のタックルを見せたCTB(センター)中村亮土(サントリー)は胸を張る。

「アイルランド代表の攻撃は、『FWが前に出て、そこから外に回す』という想定どおりでした。相手はFWが前に出られなかったので、BKにいいボールを回せなかった。すごくいいプレッシャーをかけていた」

 一方、アタックでキーワードに掲げていた「ボールキープ」も目立っていた。

 ボールキープは、相手の攻撃時間を奪うことを目的としていた。だが、相手のディフェンスがさほど前に出てこなかったこともあり、日本代表は前半から果敢にFWとBKが一体となってボールを展開し、勢いある攻めを見せ続けた。

「ボールキープすれば、自分たちのアタックができる」

 SH(スクラフハーフ)流大(ながれ・ゆたか/サントリー)が自信を持っていたように、田村が前半17分、33分、39分と相手のペナルティを誘って3本のPGを決めることができたのも、ボールキープからいいアタックができていた証拠だ。

 この試合、唯一のトライが生まれたのは、9-12で迎えた後半18分。成功率100%(6回中6回)だったスクラムを起点に、中村が前に出てリーチらがゴールラインに迫ったことで、最後は左サイドにいい形でアタックラインができていた。

 WTB(ウイング)松島幸太朗(サントリー)を飛ばしてCTB(センター)ラファエレ ティモシー(神戸製鋼)にパスを出した中村が、「シェイプ(BKの陣形)も見えていたし、外に余っていたのもわかっていた」と言えば、トライを挙げた福岡も、「(前に)スペースがあるのが見えていましたし、内側にティム(ラファエレ)がいたので、あのくらいの間合いなら絶対パスしてくれるとわかっていた。阿吽の呼吸でした」と破顔した。

 決勝トライを挙げた福岡はケガから復帰したばかりで、本来は3試合目のサモア代表戦からの出場を予定していた。だが、WTB(ウイング)ウィリアム・トゥポウ(コカ・コーラ)のケガで急遽、当日に出場が決まり、決定力の高さを発揮した。

 リーチもNo.8(ナンバーエイト)アマナキ・レレィ・マフィの負傷で想定より早い前半30分からの出場となったものの、献身的なプレーでチームを引っ張った。「すごく選手たちががんばっていたので、(自分も)ボールキャリーとタックルでガンガン行こうと覚悟を決めていました」(リーチ)。

 日本代表はアイルランド代表を撃破してプールAで首位に立ち、決勝トーナメント進出も現実味を帯びてきた。また、史上初めて世界ランキングを8位に上げた。

 ただ、大会は終わっておらず、まだ何も成し遂げていない。リーチが「喜ぶのは30分だけ」と言えば、福岡も「この先が大事。前回大会の経験からわかっているので、冷静に次に臨みたい」とサモア代表戦を見据えた。

 この日の勝利は、「エコパの奇跡」「エコパの歓喜」「静岡の衝撃」と呼ばれるようになるだろう、プレイヤーオブザマッチは堀江が選ばれたが、先発15人だけでなく、ベンチメンバー、相手分析や練習相手となったメンバー外、そしてコーチングスタッフ……まさしくスローガンどおり、「ONE TEAM」での勝利だ。

 2017年秋の試合から、ジェイミー・ジャパンのチーム内MVP「ソード賞」には日本刀が送られている。このアイルランド代表戦はもちろん、スタッフも含めた「チーム全員」が選ばれた。