【連載】チームを変えるコーチの言葉~大村巌(3) 投手から野手に転向した糸井嘉男(現・阪神)を1カ月でファームの試合に出られる状態にする──。現役引退後、日本ハムで初めてコーチになった途端に難題を突きつけられた大村巌は、専用カリキュラム…

【連載】チームを変えるコーチの言葉~大村巌(3)

 投手から野手に転向した糸井嘉男(現・阪神)を1カ月でファームの試合に出られる状態にする──。現役引退後、日本ハムで初めてコーチになった途端に難題を突きつけられた大村巌は、専用カリキュラムを組んで完全マンツーマン指導。

 同時に糸井の両親の人柄にまで遡って人間性を深く理解し、信頼関係を築くことで緊急指導を完了させた。この経験が今につながる原点だそうだが、当初は2年かかると予測したことが、なぜ1カ月でできたのか。現在、ロッテで打撃コーチを務める大村に聞く。



今や押しも押されもせぬ球界を代表する強打者となったDeNA筒香嘉智

「まず何より、糸井の吸収力がすごかった、ということです。言われたこと、やってみせたことを吸い込むようにして、すぐ覚えちゃう。とにかく早い。その代わり、アマチュア時代にバッティングの経験があっても、プロのバッターは初めてですから、先が見えない不安がある。じゃあ、不安を取り除こうと。1カ月後に二軍の試合に出るという目標、自分がどんなバッターになりたいかという目標、この2つをはっきりさせたんです」

 目標を明確にして、進むべき道を示す。悠長に構えて試行錯誤を繰り返す時間はなかったからこそ、自ずと方向性が定まる部分もあった。そのうえで、目標を達成するために必要な練習内容と方法をはっきり打ち合わせしておいた。こうして、コーチングにおいていちばん大事な、選手とコーチが同じ目標に向かうことができたのが大きかった。

「当然ながら、誰もが糸井のようにうまくいくわけではありません。道を示しても迷います。迷ったら『ここを目指しているから、今はこうなんだ』と説明する。ロッテでもそうですけど、今の選手は説明しないと動かないですから。1回、1回、何のためにやっているのか。これとそれをこのぐらいの期間やったらこうなる、って説明しないと動かない。なぜかというと、ものすごい情報量があるからなんです。だって、バッティングなんて動画サイトですぐ見られますから」

 バッティング自体の映像を見て、参考にする程度ならいい。厄介なのは、元プロをはじめ、いろいろな立場の人間が打撃理論を語っている映像である。理論に間違いはないとしても、言葉の使い方と伝え方、受け取り方の違いが迷いにつながる。まして、理論を語る映像はトレーニングの世界、医学の世界にも山ほどある。

「だから、それだけ情報が多いからこそ、シンプルに一本化して、思考の整理、やるべきことの整理をコーチが手伝う。そこがこの時代、大事だなっていうのは5~6年前から、僕はそういう考えになっていますね。ベイスターズにいる時から」

 2012年限りで日本ハムを退団した大村は、翌13年からDeNAの二軍打撃コーチに就任する。日本ハムと同様に長時間の研修があり、コーチング理論はもとより、チームビルディングからリーダーシップ論までも学んだ。そのなかで対選手のコーチングについては、「選手のタイプによってアプローチを変えたほうがいい」と具体例も出てきたが、さらに一歩、踏み込んだ接し方も示された。

 その接し方とは、選手がどう考え、何で迷っているかを知り、そのうえで整理してあげなければいけないというものだった。そうして迎えた秋、大村はまさに迷える選手に出会った。

 前年に自身初の2ケタ本塁打を放ってブレイクが期待されながら、8月に降格。わずか23試合の出場に終わり、奄美大島の秋季キャンプメンバーからも外れた筒香嘉智だった。

「当時の筒香は迷路に入っていました。僕はそれまで彼のプロセスを見ていなくて、言葉をかける機会もなかったんですが、横須賀に残留したので初めて聞くことができた。『1年目から全部教えてくれ』と言ったら、誰にどう教わった、夏にこうして、秋にこうして、オフはこうした、というのを克明に覚えているんです。それでプロ入りからの4年分、全部しゃべってくれました、1時間半ぐらいかけて」

 翌年からの二軍監督就任が決まっていた大村は、ほかの二軍コーチとともに横須賀・長浦の総合練習場に残留。選手は筒香を含めて4人と少なかったため、じっくり話す時間があった。対話のなかで、筒香から「来年で野球界を去るかもしれません」と打ち明けられ、そこまで自分を追い込んでいるのか……と思い知らされた。そこで大村は言った。

「だったら、自分の好きなようにやってみたらいい。批判されるかもしれないし、冷たくされるかもしれない。でも、悔いは残らないから。おまえが自分で『もう崖っぷちに来ている』と思うなら、ピンチだけど、ピンチはチャンスに変えられるし、逆に、人々はおまえの名前をそろそろ忘れるだろう。

 来年には『やっぱり筒香はダメか』っていう評判になっているはずだから、そこが大チャンスなんだ。だって、みんなが寄って来なくなれば、黙々と練習する時間が増えるんだから。周りの期待が薄れるのは寂しいかもしれないけど、じつはまったく寂しくない。おまえが『やる。何を思われてもいい』って思った瞬間からブレイクは約束される。あとは、その時のために着々と進んで準備することだよ」

 嘘で持ち上げたのではなく、確信を持って伝えた。1時間半の対話によって、迷いの原因がはっきりわかったからだ。筒香自身、周囲からの期待もあってホームランを求め過ぎていたなか、「これまでどおりに引っ張っているとバッティングがダメになりそうだ」とも感じていた。同時に「広角に打ちたい」「レフトにホームランを打ちたい」という願望があって葛藤していたのだ。さらに大村は筒香に言った。

「わかった。じゃあ広角に打って、打率も残せるのが最強のバッターだ。ホームラン40発打つのもすごいけど、打率も3割を超えるから。だって、4番バッターに求められるのはホームランだけじゃないんだ。全打席、4番としてチームに貢献する選手じゃないといけない。フォアボールでもいいんだから。意識としては、できれば毎試合、打点を挙げられるように」

 迷路から脱出させるべく、「道はこっちだ」と示して導く。大丈夫だと励ましながら、周りからの期待で求めていたことと、4番として求められることとの違いを明確にした。そのうえで技術的な話に入った。 

「ポイントを前にして、インコースの球をライトに引っ張るというバッティングを4年間していたんですね、筒香は。『そうすると外の変化球を打てない。空振りして』と言っていたけど、それはそうだと。僕はそこで彼に言いました。『ポイントは無数に点在するから、前とか、うしろとかじゃない。おまえの場合は、もうあらゆるところを打てる。ただ、ちょっと打ててないところがあるから、まずそこからだな』

 プロ野球選手の契約期間は2月1日から11月30日まで。その時期、11月半ば、大村が筒香に指導できる時間は2週間しかなかった。本来は1~2カ月かかるところ、2週間で詰め込むことを筒香が快諾。糸井とは違ってプロでのバッター経験が4年あったから、マンツーマン指導ならば可能と判断した。

「糸井と同じで吸収力がすごくて、覚えるのは早かったですが、飽きせないで、興味を持たせるような練習もいろいろしました。でも、本人がもともとやりかった広角打法だから、ものにするのも早かったと思う。嫌なことをやらされると時間がかかるんですけど、自分でやりたいことは身につくのが早い。それは今のロッテの選手たちにも通じることです」

つづく

(=敬称略)