9月の英国では、EU離脱を巡る先行き不安のなかで、通貨のポンド・スターリングが、1985年以来となる対米ドル最安値を記録した。しかし代表がEURO2020予選Aグループで4戦4勝の首位に立って間もないイングランドでは、ラヒーム・スターリングの価値が過去最高に達している。

 3年前の前回大会当時には自らファンの「嫌われ者」であることを認めていた代表FWが、母国の「宝物」として報じられるようになった。普段、大衆紙ではスポーツ面でも大袈裟なトーンが珍しくないが、今回は素直に頷ける。それほど、スターリングのパフォーマンスには目を見張るものがあるのだ。

 9月10日、その3日前のブルガリア戦(4-0)に続き、コソボ戦(5-3)でも大量得点で勝利した後のガレス・サウスゲイト監督に言わせれば「DFの位置を的確に把握し、当たり負けもせず、クリエイティブな視野、そしてゴールへの執念とチームワークの精神を併せ持つ、相手にとっては手のつけられないストライカー」という具合だ。

“スターリング・ショー”だった。

 試合前、最も注目されていた選手は今夏の移籍により世界一高額のDFとなったハリー・マグワイアだった。しかし、マンチェスター・ユナイテッドの新CBが最終ラインの要を務めたイングランドの守備陣は、守備的なブルガリアに何度か得点機を作られ、攻撃的なコソボには拙守で3点を献上。『サン』紙では滑稽な『マペット・ショー』に例えられる結果となった。

 2試合で相手のオウンゴール1点を含む計9得点のFW陣においては、ブルガリア戦ではハットトリックを達成したハリー・ケインが、コソボ戦では代表初ゴールを含む2得点を決めたジェイドン・サンチョが、各紙のスポーツ1面を飾ることになった。だが、見開きのマッチレポートに目を通せば、いずれも“スターリング・ショー”だったことは明白。攻めあぐねたブルガリア戦の前半、包囲網突破を最も予感させたのも、実際に相手GKのフィードをカットしてケインの先制点をお膳立てしたのもスターリングだった。

来年の欧州選手権の「主役」。

 開始35秒で先制されたコソボ戦でも、すぐさまドリブルでチームを鼓舞し、数分後に同点のヘディングを決めたのもスターリングだった。

 イングランドの主砲は26歳のケインであり続ける。ブルガリアのゴールに冷静に突き刺した2本のPKが、それを証明している。新手の戦力としては19歳のサンチョの他にも、ブルガリア戦で代表デビューを果たした、20歳のMFメイソン・マウントのような候補も現れてはいる。

 それでも、決勝が代表ホームのウェンブリー・スタジアムで行われる来年の欧州選手権、そしてFA(サッカー協会)を筆頭に復活を世に告げる場として意識してきた3年後のW杯で優勝を目指すイングランドの「主役」は、24歳のスターリングである。そう実感せずにはいられなかった。

 9月の代表2試合で計2ゴール5アシストを決めたスターリングは、マンチェスター・シティでの開幕戦ではハットトリックを達成。今季すでに8得点(9月17日現在)。これを「乗っている」の一言で片付けるわけにはいかない。

ペップ・グアルディオラの存在。

 マンCでは昨季25得点。代表でも昨季前半からの8試合で計8得点。「コンスタントな好調」は、そこまでのレベルに実力が上がったと理解するべきだろう。

 進歩の裏に、3年前の夏にマンCの監督となったペップ・グアルディオラの存在があることは周知の事実だ。古巣リバプールでも10代の頃からレギュラーを張っていたスターリングだが、なかなか「快速ドリブラー」の域を出ることができなかった。

 ボックス内に到達すると、相手ゴールへの脅威が低下してしまうサイドアタッカーには、GKとの1対1で躊躇したり、力んで近距離からのシュートを外したりする傾向が見られた。4年前にマンC入りした当初も筆者は、やはり小柄な“スピード・スター”だがゴールやアシストといったドリブル後の成果物が乏しかった、ショーン・ライト・フィリップスのイメージを重ねることがあった。

「就任1年目はゴール前で弱気だった」

 代表戦でも、初得点までにデビューから14試合を要し、2ゴール目から3ゴール目まで3年間のブランクがあった当時には、スターリングが1対1のチャンスを逃すと、母国のレポーターたちが、「またGKのシュート・ブロック練習だった」などと囁いていたものだ。

 グアルディオラも「就任1年目に見たラヒームはゴール前で弱気だった。まず相手GKの位置を確認するのではなく、パスをする味方を探しているように見えた」と、かつてのスターリングについて言っている。

 それが「失敗を気にせずゴールを狙え」と発破をかけられ、コーチのミケル・アルテタ監視下でシュート練習を繰り返した結果、自信満々で冷静沈着なフィニッシャーへと進化した。今季は、開幕前哨戦に当たるコミュニティ・シールドでセンターフォワードとして先発起用した指揮官の言葉を借りれば、チームを勝利に導くことのできる「ウィニング・プレーヤー」になったことになる。

3年前ならできなかった得点。

 とはいえ、いかに監督が現役最高の呼び声も高い完璧主義者であっても、指導を受ける当人に向上心がなければ急激な成長など望めない。その点スターリングは、若くしてマンCで10億円を超す年俸を手にするレギュラーになっても、指揮官の指摘を受け入れてボールコントロールから改良に取り組んだという。

 火がつけば、その得点意欲も非常に旺盛。ブルガリアから後半に奪ったチーム3点目は、必死に走りクロスを太腿で押し込んだ泥臭いゴールだった。コソボ戦でのチーム1点目は、CKの場面でケインを差し置いてゴール正面にポジションを取っていたからこそ決めることができた、代表キャリアで初のヘディングによる得点だった。いずれも3年前であれば、フィニッシュできる位置にいることすらなかったような得点シーンだ。

 身長170cmぎりぎりのサイズは変わらない。しかし、ゴール前で放つ存在感の大きさは見違えるほど。以前はファンから「出っ尻」やら何やらとからかわれた独特なランニングスタイルも、今は「胸を張っている」と言われるようになった。ホームでの代表戦で観衆の拍手喝采を浴びることはあっても、理不尽な批判を浴びることなどなくなった。

当日の出来とは無関係にチーム最低の評価。

 テレビ局のファン投票で、当日の出来とは無関係にチーム最低の評価を受けていたのは過去の話。コソボ戦でケインの逆転ゴールを演出した場面、背後の敵を察知していたからこそのタッチとターンでハーフウェイライン付近から独走したように、謂れのない非難の声を見事に振り払うことに成功している。

 当人は、そうしたファンの反応に慣れていないのかもしれない。ブルガリア戦の70分過ぎにベンチへ下がる際、立ち上がって拍手を送るウェンブリーの観衆に戸惑ったような表情で軽くお礼の拍手を返し、ピッチを去るスターリングの姿は印象的だった。

 サウサンプトンのホームスタジアムであるセント・メリーズが会場となったコソボ戦では、試合前夜にホテルで代表初得点のアシストを懇願したサンチョに2度の決定機をプレゼントしたうえ、試合後にはスタンドで記念品をねだっていた2人の幼年サポーターにユニホームとスパイクをプレゼント。マン・オブ・ザ・マッチの活躍に寄せられたファンの賞賛には、「ピッチの内外で別格だ」というツイートもあった。

チャリティー団体への寄付も。

 このつぶやきも、褒めすぎではない。2児の父親であるスターリングは、チャリティー団体への寄付や児童のための観戦チケット購入など、慈善的な活動にも積極的だ。

 同時に、人種差別という「悪」に立ち向かう新世代の代表としても、その存在の重要性が増している。選手と個人の双方で成長が著しいスターリングとは対照的に、世の中ではサッカー界に限らず、表面的な肌の色の違いに根差す差別行為が根絶されずにいる。国内では、昨季のリーグ戦でスターリング自身がチェルシーのファンから差別的な発言を浴びた。東欧諸国とも対戦する代表レベルでは、非白人系の選手が心ない行為のターゲットにされる例が後を絶たない。

人種差別撲滅への意欲を自身の言葉で語る。

 そんな環境でも意志の強さを見せるのが、やはりスターリングである。ピッチ上では、相手国側のスタンドから、差別的な野次を叫んで摘み出されたブルガリア人サポーターがいたとされるウェンブリーでの一戦でもゴールを決め、自らの足で雄弁に抗議を行ってみせる。

 ピッチ外では口数の少ないタイプでありながら、メディアやSNSを通じて屈しない決意と人種差別撲滅への意欲を自身の言葉で語っている。黙って耐えていた旧世代とは違い、差別問題に対するスポークスマンのようなスタンスを取るスターリングがいなければ、敵地で戦うブルガリアとのリターンマッチで再び差別的な行為を受けた場合、チーム内でプレー続行拒否による抗議が対応手段として検討されることはなかったに違いない。

 サッカーが庶民の日常生活の一部と化しているイングランドでは、有名スポーツ選手、とりわけ代表レベルの選手に「お手本」としての在り方が求められてきた。個人的には、子供の頃からサッカー一筋の精鋭に多くを求めすぎるような気もしているが……。

スターリングにも改善の余地がある。

 事実、期待が裏切られた例には事欠かない。つい先日も、ウェールズの元代表選手で、ストライカーとしてリバプールでクラブ史に名を残すゴールゲッターのイアン・ラッシュと2トップを組んだ経歴を持ち、引退後は解説者としてテレビに登場していたディーン・ソーンダースが、飲酒運転中に検査を拒否して実刑判決を受けている。大人も大人の55歳がこの有様なのだから、若い現役組に「公の人」としての自覚と責任感が欠けていても不思議はない。

 スターリングとて完璧ではない。そもそも選手として、まだ改善の余地がある。例えば、コソボ戦後半66分のプレー。相手選手5人に囲まれた袋小路に突っ込み強引にシュートを打った場面は、横にいたロス・バークリーへのパスが妥当な選択だっただろう。5-1のスコアで終えた前半は判断良く3度のアシストもこなしたが、ハーフタイムを境に2点差に詰め寄られたうえ、ケインが異例のPK失敗に終わった直後だっただけに、身につけていたはずのゴール前での冷静さを失ってしまったようだ。

本当に「イングランドの国宝」が誕生する。

 だが、そこは今年12月で25歳という若さだけに、まだ伸びしろは十分に残されている。プレミア3連覇に挑むマンCでも、開幕から4試合連続で先発フル出場の主力は、実戦での経験を通して学び続けるはずだ。代表のサウスゲイト監督が求める「継続的な進化」の象徴とも言えるスターリングと同様に、イングランドの守備陣もミスを教訓として学び、パフォーマンスを改善することができれば、EURO2020、または2022年W杯での国際大会優勝も現実味を帯びる。

 実現の暁には、本当に「イングランドの国宝」が誕生する。

 ワールドクラスにしてロールモデルとなると、1966年W杯優勝時にキャプテンマークを巻いたCB、ボビー・ムーア以来とも言える。

 スターリングは、イングランド庶民に最大の影響力を持つ。現在、国民最大の関心事であるEU離脱問題の影響で、英国通貨ポンド・スターリングは34年ぶりの底値を脱するのが精一杯。当面の見通しも明るくはない。

 一方、イングランド代表のスターリングには、天井知らずの価値上昇が見込まれる今日この頃だ。

(「プレミアリーグの時間」山中忍 = 文)