レジェンドたちのRWC回顧録⑫ 2007年大会 箕内拓郎(後編) いよいよラグビーワールドカップ(RWC)日本大会の開幕が迫ってきた。ラグビー界も盛り上がってきた。話題のTBSテレビのラグビードラマ『ノーサイド・ゲーム』は好視聴率を重ね…

レジェンドたちのRWC回顧録⑫ 2007年大会 箕内拓郎(後編)

 いよいよラグビーワールドカップ(RWC)日本大会の開幕が迫ってきた。ラグビー界も盛り上がってきた。話題のTBSテレビのラグビードラマ『ノーサイド・ゲーム』は好視聴率を重ねている。



現在は、日野レッドドルフィンズのFWコーチを務める箕内拓郎

 ドラマには本物のラガーマンが多数、出演した。とくに元日本代表主将の廣瀬俊朗さんの演技は好評を博している。廣瀬さんとテレビのラグビー解説を一緒に行なったあと、箕内拓郎さん(NEC-NTTドコモ-日野FWコーチ)への取材は行なわれた。

 箕内さんもテレビドラマに出させてもらったらどうですか?と聞けば、43歳の人格者はプッと吹き出した。

「僕は俳優じゃないから、演技なんてとてもじゃないけど無理です」

 箕内さんは、指導者の道を歩んでいる。ただいま、日野レッドドルフィンズのFWコーチを務めながら、同じく元日本代表の菊谷祟さん、小野澤宏時さんとスポーツアカデミーを立ち上げ、小学生のラグビー指導にも携わっている。

「子どもたちを教えることで自分自身も成長できるだろうし、小学生の時期から高いレベルの情報があれば、子どもたちもまた成長できるだろうし…。自分の経験を伝えていきたいなと考えています」

 言葉の端々から、箕内さんのラグビーへの溢れんばかりの愛情をひしひしと感じる。「楽しかった」と述懐する2003年RWC豪州大会に次ぎ、2007年フランス大会でも日本代表の主将を務めることになった。

――2007年RWCはどんな大会でしたか。

「戦えていたという印象があります。ただ、このワールドカップのすごい記憶はやっぱり、ケガですね」

――大会前、エースの大畑大介さんがアキレス腱を断裂しました。

「初戦のオーストラリア戦(●3-91)で、(佐々木)隆道がケガを負い、勝ちに行ったフィジー戦(●31-35)でもSH(スクラムハーフ)が2人とも負傷してしまって…。(吉田)朋生が足をつって、代わりに入った矢富(勇毅)もすぐにケガしたんです。これから、追い上げようという時、SHが2枚、いなくなった。フィジーがバテていたので、テンポを上げようとしても、(ボールを)素早くさばくハーフがいなくなって。プライス(ロビンス)が替わりにやったんですが、ハーフを経験したこともないブライスも慣れていないこともあって、(大西)将太郎がうまくサポートしてさばいてくれてたけど、攻撃のリズムが上がらないまま終わってしまいました」

――不運でしたよね。私も取材していて悔しかったのを覚えています。2007年大会のジャパンは、箕内さんが2003年大会で感じた「ラスト20分」のタフさが増していました。監督がJK(ジョン・カーワン)です。

「2003年大会の向井さん(昭吾)から、萩さん(萩本光威)、エリサルド(ジャン=ピエール)、そしてJKになったんです。JKが監督に就任して大会までは約9カ月、実際の準備期間は半年くらいですね。JKはタックル時に有効な日本人の体格(低さ)と俊敏さを活かしながらチームづくりを進めていました」

――JKジャパンのスローガンは何でしたか。

「武士道です、武士道。JKが武士道の本を読んで感銘を受けて、日本代表に落とし込んだんです。たしか7つの徳目(義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義)があって、選手をグループ分けしてそれぞれについて考えさせて発表しました。ロッカールームとかミーティングルームに紙に書いて貼ってあったな」

――箕内さんのグループの徳目は。

「全然、覚えてないです。12年前ですから」

――ジェイミー・ジョセフ(JJ)ヘッドコーチも「サムライ魂」ですから、オールブラックス出身のヘッドコーチは古来の精神性が好きなのでしょうか。

「日本のチームとしてどこに自分たちの拠り所を置くのか、自分たちは何者なのか、そういうチーム作りのやり方は今も昔も変わらないのかもしれません。特に外国人コーチだからこそ、感じる部分があるのでしょう」

――武士道の効果はどうでしたか。

「7つの徳目にこだわって、自分たちが何かをするということに対して、自分たちで決めて実践していくことになったんです。自分たちで決めたからにはやらなければいけない。僕は非常によかったのかなと思います」

――JKは、チームのプライドを大事にしましたよね。ウェールズ戦の前、相手がメンバーを落として来たら、JKから自筆の手紙をもらいましたよね。<ウェールズは日本をリスペクトしていない。必ず相手をスマッシュし、武士道精神を見せてやれ!>と。

「ありましたね。僕は少し、相手がメンバーを落としてくれてラッキーみたいなものもあったんですが。ま、それが20%、なめられているなというのが80%ですから。JKはよく、日本のプライドと言っていましたが、一番プライドが高かったのはJKですよ、やっぱり。自分のやることに対してプライドをすごく持っていて、それを選手とか、他のスタッフに植え付けようとしていたんです」

――代表チームのプライドを示す出来事はありませんか。

「チームのアティチュード(態度)が悪い時はすごく怒っていました。ワールドカップ前の最後の試合がポルトガル戦だったんです。国と国の試合ですが、練習試合みたいに選手の入れ替えが自由な試合でした。試合会場に行く前のホテルでのミーティングが始まる前に、雰囲気よくないな、試合に集中できていないなと思った瞬間でした。JKがストレッチポールを手に前に出てきて、それを振り回して大声で怒鳴ったんです」

――ストレッチポールって。

「ほら、タックルダミーの柱みたいなもので、背中でゴロゴロするやつです。オレが注意しないといけないのに、JKが怒ったんです。すごい剣幕でした」

――チームの目標は、フィジー戦、カナダ戦の2勝だったんですよね。

「僕は、”たら・れば”は言いたくないので。勝てなかったのは事実ですから」

――フィジー戦に勝てなかった理由は? 4年前の13-41からスコアは接近しました。

「ラスト20分から最後のワンプレーまで追い上げました。あとワントライだったんです。ラストワンプレーで勝てるかどうかまで来れたというのは、4年間の成長を感じました。代表というか、日本ラグビーとして。トップリーグの4年間があって、選手たちの経験がありました。ただ、あと少し。勝てなくて、勝ち切れなくて、悔しかった」

――あの大会、JKは2チーム制を採用しました。

「初戦のオーストラリア戦から2戦目のフィジー戦まで中3日でした。オーストラリア戦の23人、いや当時は22人かな。フィジー戦に出るメンバーがオーストラリア戦のリザーブに入っていましたが、ケガした隆道の代わりにマキリ(ハレ)が入ったくらいで、あとは変えませんでした。それほどまで(選手を温存)して、フィジー戦には勝ちにいったんです」

――たしか2チーム制には賛否がありました。

「もちろん、そのことについて否定的な意見があったのも知っています。でも、前回のワールドカップで中3日のスケジュールを経験していたし、しかも優勝候補のオーストラリア戦での疲労を考えると、2チーム制にして良かったと思います。2勝という明確な目標と最初の2試合に向けて全選手が早い段階からそれぞれ準備することに集中できた。ワールドカップに向けてチームが同じ方向を向くことができていました」

――最後のカナダ戦(△12-12)、最後の最後、トライをとって、大西将太郎選手の同点ゴールで追いつきました。劇的でした。

「いや、僕は正直、終わった後、喜べなかったですね。連敗を止めたというので、ホッとしたのはありましたが、僕は勝てなかった悔しさが大きくて。当時の映像を見ても、全然、喜んでなくて。結構、他の選手は喜んでいたのですが、試合後、パッと見たら、僕以上に悔しそうな顔のやつがいました。ザワ(小野澤)でした」

――カナダ戦で特に覚えているプレーはありますか。私は、箕内さんが相手のトライをインゴールでからだごと防いだシーンなんですが。

「トライセーブですね、あれはもう必死でした。僕は、後半の相手のトライです。ペナルティーをとられて、全員がフッとスイッチがオフになった瞬間、キックパスでワイドにトライをされてしまった。そのシーン、すごく覚えています」

――2007年大会を一言で言うと。

「JKが来ての9カ月でした。その間、オールブラックスのスキルコーチが来たりして、コーチングスタッフも世界を意識した発言が増えてきました。どこで世界のトップを目指すのか。フィットネスかどこなのか。やっと世界レベルの代表強化にキャッチアップすることができたのかなって。(世界の強豪の)しっぽがちょっと見えた感じでした」

――その後、選手もスタッフもレベルが上がっていきます。さて、ことしの日本代表はどうでしょうか。

「リーチ主将も言っている通り、強化の進んでいる方向は間違いありません。ただ、あまり試合に出ていない(控え組の)選手はどうなんでしょうか。主力のケガとかで、(選手の)組み合せが変わった時にちょっと不安なのかなって。課題は、そこぐらいでしょうか」

――注目ポイントは。

「開幕戦を迎える際の精神状態は、気になるところですね。ホームでのワールドカップです。今まで以上に注目を集める中で、いつも通りのプレーをできるか、精神状態を保てるのかがポイントになるでしょう」

――ベスト8まで行けそうでしょうか。

「3勝1敗はいける。ただ、アイルランド、スコットランドと、短期間にその両方に勝つのは厳しいのかなと。どちらかには勝てるでしょう。アイルランドには、セットプレーでボールをしっかりキープする。まずはスクラムです。マイボールは確保して、攻撃の機会をイーブンにした状態で、あとは前に出るディフェンスですね。相手は裏にキックを蹴ってくるでしょうが、しっかりキック処理をすることが大事になります。いずれにしろ、ラスト15分、20分が勝負になりそうです」

――そういえば、リーチ・マイケルも2大会連続の主将です。

「リーチは根が真面目で、考えすぎるところがあるので、もうちょっとリラックスしていいのかなと思います。自分のケガもあって、大変でしょうが。彼のパフォーマンスでチームの状態も全然変わってくると思うので、ここからは自分のパフォーマンスにより重点を置いた方がいいのかなと。ま、キャプテンがというより、チームにはしっかりしたリーダーズグループがあるので、崩れることはないでしょう」

――箕内さんは2007年大会直後、チームをワインに例え、熟成度が足りなかったと言いました。今の日本代表は。

「今回はJJ(ジェイミー・ジョセフ)の4年の前に、エディ(ジョーンズ氏)の4年もあります。だから、トータル8年の熟成期間です。もうビンテージですね」

――この日本大会でラグビー界がどう変わるのかも、見ものです。

「僕としては、ワールドカップが終わった後がどうなるのかが気になるところです。次の2023年ワールドカップはフランスです。前回のフランス大会が2007年だから16年ぶりとなります。フランスは前回のワールドカップの後、リーグが大きくなって、人気が出てきました。日本も、2035年にまた、ワールドカップを開けばいい。それくらい、日本ラグビーに何かを残さないと、ワールドカップをやる意味がないんです。ワールドカップが一過性なもので終わってしまう。キャッチコピーで”一生に一度だ”って言っていますが、僕から言わせると、”16年後も”なんです」