oosakanaomi190902.jpg 鳴動するアーサー・アッシュスタジアムの中心で、勝者の大坂なおみは泣いていた。また、敗者のココ・ガウフも泣いている。大坂のアスリートとしてだけでなく、ひとりの人間としての慈愛あふれる行動が、スタジア…



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 鳴動するアーサー・アッシュスタジアムの中心で、勝者の大坂なおみは泣いていた。また、敗者のココ・ガウフも泣いている。大坂のアスリートとしてだけでなく、ひとりの人間としての慈愛あふれる行動が、スタジアムで2人を見守る約2万人のニューヨーカーの心に共鳴し、テニス史上稀に見る選手と観客の愛に包まれた--。

 USオープン(全米)3回戦で、第1シードの大坂なおみ(WTAランキング1位、8月26日づけ/以下同)は、ワイルドカード(大会推薦枠)で初出場のココ・ガウフ(140位・アメリカ)を、6-3、6-0で破り2年連続でベスト16進出を決めた。

 21歳大坂と15歳ガウフの試合は、大会第1週の最大の目玉といっても過言ではなかった。元世界ナンバーワンで、グランドスラム23勝を誇るセリーナ・ウィリアムズが、「本当に楽しみな試合になりそうね。もちろん見たいと思っているわ。女子テニスの未来といえる対戦だと思う」と述べていたほどだった。

 大坂は、出だしから非常に高い集中力でプレーを展開。動きにキレがあり、グランドストロークもスピードがあってボールがバウンドしてから伸びていた。これは対戦相手が強敵になればなるほど、高い集中力を発揮する大坂特有の本能ともいえるもので、それだけ大坂がガウフの実力を認めている証左でもあった。

 一方でガウフは、俊敏なフットワークで大坂の強打についていき、スライスを織り交ぜてボールの軌道を高くしたり、ペース変化を試みつつ、甘いボールが来たら15歳とは思えない冷静かつ大胆なプレーでウィナーを打っていった。

 第1セットでは2人がハイクオリティーなテニスを披露し、サービスブレーク1つ差で大坂がセットを先取した。

 だが、第2セットに入るとガウフは、第1セットからフルスロットルでプレーしていた反動から、ミスが目立つようになる。USオープンのメインドローで初めてプレーし、厳しい戦いを勝ち抜いて3回戦に進出したガウフが、体力的に厳しいのは仕方のないことではあった。

「彼女(大坂)が驚くべきプレーをしました。ポイントをコントロールするのが私にとってはハードでした。私よりウィナーを決めてきましたし、ラリーをコントロールするのも大変でした」

 対照的に「今日はリターンがサーブよりよかった」と振り返った大坂は、第2セットでリターンミスが一度もないという女王にふさわしいテニスを展開して、経験の差をガウフにまざまざと見せつけた。

 試合後の握手を終えて大坂は、前代未聞の行動に出る。ガウフのベンチに歩み寄って、一緒にオンコートインタビューを受けることを勧め始めたのだ。ガウフは、自分が人前で涙を見せるタイプの人間ではないと断った。だが、大坂は、「シャワーで泣くよりもいい」と説得し続けて、ついにガウフが大坂と一緒にインタビューに応じることを承諾した。

「オンコートでは最悪の敵であっても、オフコートではベストフレンドであるのがアスリートの定義だと私は考えていますが、彼女(大坂)は今夜それをやってくれたんだと思う。もちろん負けてがっかりはしたけど、あの瞬間を体験できてよかった。すばらしい瞬間だったので、なおみに感謝したい」

 大坂にもUSオープンで涙を流した苦い経験がある。初出場の2016年大会と2017年大会でいずれも3回戦で惜敗して、試合後の会見であふれる悔し涙を止めることができなかった。そんな自身の経験を踏まえ、「彼女(ガウフ)はまだ若いのに、多くのこと成し遂げていることに気づいてほしい」という大坂なりの気配りであった。

 ただ、オンコートインタビュー中に、ガウフだけでなく大坂も泣き始めたことは、年下のガウフにとっても予想外のことだった。

「なぜ彼女(大坂)が泣いているのかわからなかったわ。あなたは勝ったのに、って(笑)」

 自分も一緒に泣いてしまうのは、いかにも心優しい大坂らしいエピソードではあったが、大坂はガウフの潜在能力をもちろん認めている。

「彼女(ガウフ)は、試合での動きがすごくいい。すごくいいサーブも打てる。彼女が上達していくのがとても楽しみです」

 そして、向上心の塊のようなガウフは、いつか大坂に追いつき追い抜きたいと目を輝かせ、しっかり次の戦いを見据えている。

「今日学んだことを活かしていかないといけない。彼女(大坂)は、現在トップにいます。そのレベルに、そしてトップ10になるために私がすべきことはわかっています」

 今後も2人の対戦は、何度も実現していくだろう。次はもっと上のラウンドで、そして、近い将来にはグランドスラムの決勝で対決する可能性もあり得る。

「もちろん何度も対戦していくことになるでしょうね。彼女(ガウフ)はすごく若いですから。彼女はとても知的な選手のようです。次に対戦する時は、彼女はさらに成長しているだろうと何の疑問もなく自然に思えるんです。彼女の力が接近してくることは、必ずしも望んでいないけど、皆さんにとっては楽しみなことなんでしょうね。もしグランドスラムの決勝で対戦することが起こったなら、私たち2人にとっては、とても大きな思い出になるでしょう」

 大坂とガウフのライバルストーリーは、今始まったばかりだ。

 4回戦で大坂は、第13シードのベリンダ・ベンチッチ(12位・スイス)と対戦する。2人の対戦成績は大坂の0勝2敗で、2019年シーズンにWTAインディアンウエルズ大会とWTAマドリード大会で敗れている。

 ベンチッチも大坂も共に1997年生まれ(ベンチッチは3月生まれで22歳、大坂は10月に22歳)で、ベンチッチは、スイスの偉大なレジェンドで元世界ナンバーワンのマルチナ・ヒンギスも認める才能の持ち主だ。大坂より先にトップ10入りをして、2016年2月には自己最高の7位を記録している。だが、2017年春に左手首の手術をして5カ月間の戦線離脱を余儀なくされ、一時はWTAランキングが300位以下に落ちていたものの、見事なカムバックを果たしたのだった。

「彼女(ベンチッチ)と対戦する時は、いつも私にとっては大きな挑戦です。彼女は決してあきらめない。私にとっては、本当に難しい試合になるでしょう」

 おそらく大坂がUSオープン2連覇を達成するために乗り越えなければならない最大のヤマ場になるかもしれない。