世代別代表の経験もなければ、ガンバ大阪でまだ定位置を取りきってもいない21歳にとって、8月最初の1週間はあまりにも激動の日々だった。

 2日のヴィッセル神戸戦で試合終盤にピッチに送り出されると、その2日後に立っていたのはアウェイのJ3リーグ、ヴァンラーレ八戸戦のダイハツスタジアム。2種登録のユース組4人とともにスタメンに名を連ねた食野(めしの)亮太郎を待っていたのは、世界屈指のビッグクラブからの誘いだった。

「Nice to meet you」

 決まり文句で挨拶する食野に、「Welcome to Manchester City」と返したのはペップ・グアルディオラである。ヴァンラーレ八戸相手にフル出場したわずか数日後、食野はマンチェスター・シティの一員になっていた。

 シティかぁ……。

 オファーを聞いた瞬間、驚嘆に似た思いが胸をよぎった食野ではあったが、プレミアリーグの移籍ウインドーが閉まるのはイギリス時間の8日17時。「話が来てから決断するまで2日あったかどうか」(食野)というタイトなスケジュールの中、21歳は海を渡ることを決意する。

移籍デッドラインわずか6分前。

 サッカーの母国でピッチを駆ける前に、食野は駆け込みでの契約に向けて文字通り奔走した。

 メディカルチェックを終え、クラブ関係者のメルセデス・ベンツに乗せられ、マンチェスター・シティのクラブ施設内を爆走。階段を駆け上がって、契約書が待つ部屋に飛び込み、サインした瞬間、時計は16時54分を示していたという。デッドラインまで残されていたのはわずか6分だった。

「施設が大きすぎて、移動に時間がかかるんです。すごくバタバタでしたがホッとしました」と苦笑した食野だったが、まさに窓が閉まる直前に欧州サッカー界に飛び込んだ格好だ。

松波強化部長が明かした本音。

 ガンバ大阪がジュニアユース時代から手塩にかけて育ててきた俊英は、プロ3年目の今シーズン、ブレークの気配を見せていた。

 近い将来、主力として活躍することを期待されていた生え抜きを失うことになったクラブにとって、今回の移籍劇は「黒船襲来」に似たインパクトを与えるものだった。

「亮太郎の一件は想定外。これから台頭してくれるというところでの移籍だったので、クラブとしては痛い」

 こう本音を明かすのは松波正信強化部長である。

 Jリーグにおける選手育成の先駆者でもあるガンバ大阪のユースで育ち、トップデビューを経て欧州クラブに移籍したのは食野を含めると計9人。アーセナルに渡った稲本潤一を皮切りに、現監督の宮本恒靖(ザルツブルク)や安田理大(フィテッセ)、宇佐美貴史(バイエルン)らが海外に羽ばたいた。

 彼らに共通するのはトップチームで活躍した後、日本代表に登り詰めていることだ。

 唯一、移籍の時点で、日本代表の肩書きを持っていなかったのは2017年、フローニンゲンに旅立った堂安律だが、堂安はU-20ワールドカップでその存在を世界にアピール済み。ガンバ大阪でレギュラーでもなく、世代別代表の経験もなかった食野は、クラブにとってまさに「想定外」の移籍例となった。

「黒船」が日本を狙っている。

 ただ、「黒船」がやって来るのには確かな理由が存在する。

 あくまでも欧州サッカー界に詳しい関係者からの伝聞、と断った上で松波強化部長は言う。

「アフリカからの獲得が頭打ちになってきたという中で、アジアのマーケットが注目されている、その中でも日本が注目されていると聞いている。クラブとしてのリスクマネージメントも考えていかないといかない」

シティにとっては育成の選手。

 プロ3年目の食野は、既に年俸に上限がないA契約には移行していたが、その額は1000万円にも及ばない金額。必然的に移籍補償金の額も高額には設定されておらず、マンチェスター・シティは1億2000万円程度での獲得に成功している。

「僕らの評価と向こうの評価は違う。シティにとっては育成の選手みたいな感じて見ている。いいところがあるから連れて行こう、みたいな感じ」と話すのはガンバ大阪の育成部門の礎を築いた上野山信行取締役だ。

 言葉は悪いが、豊富な資金力を持つ欧州の名門にしてみれば「当たれば儲けモノ」的な意味合いも持つのかもしれないが、もちろんマンチェスター・シティは思いつきで食野に白羽の矢を立てた訳ではなかった。

「強化部だけで17人ぐらいいて」

 食野は言う。

「現地に行った時に、自分をスカウトしてくれた強化部の方と話をしたんですけど、今強化部だけで17人ぐらいいて、その人たち全員が僕の試合の映像を見てくれていた」

 鮮烈なインパクトを残した5月11日のサガン鳥栖戦のドリブルシュートも含めて、マンチェスター・シティは彼のプレーを細かくチェック。さらに、チームが前線に宇佐美やパトリックを新たに獲得したことで、食野の出場機会が減りつつあったことも把握していた、とある関係者は言うのだ。

 実際、関東圏にあるJリーグクラブの強化関係者もこう言い切る。

「シティにはアジア地区のスカウティングを担当している日本人がいる」

 プレーはもちろんだが、選手が置かれているチーム内の立ち位置まで丸裸にされつつあるのが今のJリーグなのである。

 ガンバ大阪U-23が参戦するJ3リーグでは今季、2種登録のユース組を積極的に起用する、というのは昨年末に松波強化部長が掲げていた方針だ。若手の育成で手腕を発揮している森下仁志監督のもと、既に新世代のホープがJ3リーグで存在感を見せ始めている。

 だからこそ、クラブが着手すべきは原石の保護であることを松波強化部長も認識する。

「唐山(翔自)も世代別の代表に選ばれているし、中村(仁郎)もいる。J3に出ているとDAZNで見られるので色々と注目されているとも聞いている」

アヤックスが興味を示す逸材の名は。

 今年10月にブラジルで行われるU-17ワールドカップでも日本代表の主力として期待される16歳の唐山は、食野のJラストマッチとなったヴァンラーレ八戸戦で2ゴール。9月1日の福島ユナイテッド戦ではJリーグ史上最年少でのハットトリックを達成した。

 また中村は、7月21日のセレッソ大阪U-23戦でJリーグ史上3位となる15歳10カ月29日でデビューを果たしている。久保建英に似たセンスを持つレフティは、16歳11日で迎えた福島ユナイテッド戦で2得点1アシストと大暴れ。股抜きあり、ノールックパスあり、そして鋭いシザースからのJ3初ゴールと中村の持ち味が凝縮された90分だった。

 本来であれば、いずれガンバ大阪のトップで主力を担うべき才能たちではあるが、彼らの目は既に世界に向いている。デビュー戦後、中村はこう目を輝かせた。

「(スタイル的に)一番近いのは久保建英選手。もっと、あの人に近づけるように頑張りたいです」

 アヤックスは2年前から中村への興味を示していたというが、松波強化部長も唐山や中村に関しては、18歳を待たずしてプロ契約することも今後は検討するという。

ネックとなる新卒の年俸制限。

 もっとも、若手の海外流出に対して、いちクラブが策を講じるのは限界があるのも事実である。ネックとなるのはJリーグ規約・規程集にある新卒選手に対する年俸制限だ。

 アマチュアからプロ契約する際のC契約で上限は460万円。規定の出場時間を満たし、年俸制限がないA契約に移行しても初年度は670万円と天井が定められているのだ。

 健全なクラブ経営を目的に1999年に定められた規約ではあるが、育成環境も移籍事情も当時とは異なる。C契約で縛られている若手に対しては、自ずと設定できる移籍補償金も低額とせざるを得ないのが現状だ。

「なんとかしてよ。ABC(契約)があるから、安くなるんやで、と原(博美Jリーグ副理事長)君には言ったけどね」と上野山取締役がこぼすのも無理はない。

 グアルディオラは食野にこうアドバイスを送ったという。

「常に野心を持て、それが大事だ」

 今後も若者は次々と海を渡る、野心を持って。歴史的にみても、外圧でしか変化できない国である日本だが、Jリーグも今、変化の時を迎えている。

(「JリーグPRESS」下薗昌記 = 文)