森本貴幸、31歳。

 2004年に彼が15歳で記録したJ1最年少出場、J1最年少得点。そして同年、16歳での最年少Jリーグ最優秀新人賞。Jリーグ全体での最年少出場、得点記録は久保建英に破られたものの、J1での記録はこれから先もしばらく更新されることはないだろう。

 その存在は小学生の時から有名だった。筆者は東京ヴェルディU-12に所属していた当時の彼のプレーを間近で見たことがある。

「モリ(森本)はマジで怪物だった」

 一緒にプレーしていた同級生も話す通り、完成された体格、重戦車のような推進力、そしてミサイルのようなシュート。小学生の中に高校生が、いや大人が混じっているような、まさに規格外のストライカーであった。このまま順調に育ったら、必ず日本の将来を担う存在になる。そう感じた。

アルディレス「自分を見失っちゃだめだ」

 その予感通り、Jリーグでのデビューはまさに、鮮烈そのもの。並み居るJリーガーを相手に堂々と、時には凌駕してしまうプレーの数々に、すぐに15歳のストライカーには「怪物」「和製ロナウド」といった異名が付けられる。そして、決定力不足が叫ばれて久しかった日本サッカー界は沸きに沸いた。

 しかし、突然の環境の変化は少年にとっては重荷でしかなかった。「お父さんのような存在だった」という東京ヴェルディの監督、オズワルド・アルディレスも「絶対に自分を見失っちゃだめだ」と森本に話していたが、いつしか彼は周囲が求めるプレーを追い求めるようになった。

「15歳で別世界に来て、勝手に周りが騒がしくなってきて。自分がやりたいプレーではないのに、周りの要求にも応えなきゃいけないという葛藤は常にありました」

カターニャのオファーにすぐ「行きます」。

 結局、Jリーグでプレーしたのは2年半程度。彼は18歳で単身セリエAのカターニャへ渡る。

「それまでもプレミアやブンデスから、練習参加のオファーがあったんです。でも正式なレターが届いたのはカターニャが初めてでした。あの頃は、とにかく新しい環境で挑戦したかったので、オファーが来てすぐに『行きます』と返事をしました。僕が小学校の頃はヒデさんがセリエAで活躍するのをテレビで観ていたし、大好きだったトレゼゲがユベントスでバリバリ点取ってたし、そのリーグで出来るのが嬉しかったです」

「怪物」とも「和製ロナウド」とも呼ばれることのないシチリアの田舎町に、森本はすぐに順応する。

「生活も1人で、当時はスマホもないし、ネット環境も悪かったし、日本の情報なんて入ってこないですよ。でもようやく落ち着いて、自分だけの世界でやっていける、という感覚がありました。日本代表でもない18歳の若僧なのに、チームメイトも輪に入れてくれたし、町の人もすごい声かけてくれるし、本当に幸せでした」

ローマから奪ったゴールで人生が一変。

 森本が移籍した当時のカターニャは、セリエAに23シーズンぶりに昇格したばかり。それから降格することなく、8シーズンもの間セリエAに残留し続けることになる。

 カターニャ最良の日々、そこに森本はいた。7シーズン(1シーズンのみ、ノバーラにレンタル移籍)で挙げたセリエA通算19ゴールは中田英寿に次ぐ日本人歴代2位である。

「特にカターニャのホームで3-2で勝ったローマ戦(2008年12月21日)。この試合での2得点は転機になりました。あのシーズンの前半は出場機会が少なくて、後半はセリエBのチームにレンタルされることが、ほぼ決まっていました。それでこの試合が終わったら、という最後の試合でスタメンで使われたんです。そこで2点取って、しかもローマに勝った。そこから監督の評価が一気に上がりました。後半戦はほぼスタメンでした。結局シーズン7得点。あの試合で、やっぱりゴールという結果がすべて、ということに改めて気づかされました」

親友もいる、第2の故郷になった街。

 現地のテレビ番組では時折、当時を懐かしむように森本が紹介されることもあるという。

「カターニャには本当に親友と呼べる存在もいて、日本でやった結婚式にも呼びましたし、当時のチームメイトともたまに連絡をとりあっています。当時のプリマヴェーラのキャプテンは、今もカターニャでプレーしています。僕にとってはもう、あそこは第2の故郷。今、子供が3人いるんですけど、いつか子供たちを連れていきたいです。『ここが俺がやってたところだよ』って」

 現在、森本はJ2のアビスパ福岡でプレーしている。取材前日に行われた天皇杯、清水エスパルス戦はフル出場したものの、ゴールは奪えなかった。機会に恵まれずとも、フリーランを繰り返し、決定的なパスに備える。すべてはゴールのために。

 かつてのように、森本の動向にメディアが騒ぐ時代は過ぎたかもしれない。「育成失敗」と時に囁かれることもあるかもしれない。しかし森本が惑わされることは、もうない。

 目の前の試合でゴールを挙げることがすべて。セリエAの屈強なディフェンダーを相手にした毎日は、森本をすっかり笑顔の似合う大人にしていた。

(「Number Ex」寺島史彦(Number編集部) = 文)