インディカー・シリーズ第15戦ゲイトウェイで今季2勝目を挙げた佐藤琢磨 インディカー・シリーズ第14戦ポコノでの1周目に発生した多重アクシデントは、佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)ひとりが引き起こしたものではな…



インディカー・シリーズ第15戦ゲイトウェイで今季2勝目を挙げた佐藤琢磨

 インディカー・シリーズ第14戦ポコノでの1周目に発生した多重アクシデントは、佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)ひとりが引き起こしたものではなかった。

 ポジションを争った3台のマシンは、高速走行で作り出される乱気流と、路面の継ぎ目を埋めるシーム剤による影響を受けて接触し、後続の2台を巻き込んだ。競争の激化が進んでいるインディカーのレースでは、バトル時のマシンとマシンの間のスペースがどんどん小さくなっている。様々な要素が同じタイミングで働き、3台は絡んでしまった。

 テレビのライブ放送は、アレクサンダー・ロッシ(アンドレッティ・オートスポート)のオンボード映像を使っており、アウト側を走っていた琢磨がイン側に切り込んできたように見えた。それは広角レンズを使っているからだが、批判は琢磨に集中した。しかし、琢磨は自分のラインを保持し続けたと主張。後に公表された琢磨のオンボード映像を見ると、彼の言い分に間違いがないことがわかったが、一度勢いのついた琢磨批判は止まらなかった。

 チャンピオン争いをしているロッシがポイントをほとんど獲れない状況に陥ったため、彼のファンは怒りを爆発させた。そのロッシも自分がラインを保持していたと主張し、「先行するスコット・ディクソン(チップ・ガナッシ・レーシング)のドラフティング(※)を自分だけ手にしようとインにラインを変えただろう!」と琢磨非難を展開した。
※他のマシンの直後を走行することで空気抵抗が小さくなり、スピードが増す状態

 それに同調するドライバーも現れた。ロッシのイン側を走っていたライアン・ハンター-レイ(アンドレッティ・オートスポート)は、「自分の外の2台(ロッシと琢磨)の接触が発端で、自分は関与していない」とアピール。彼がアウト側へとじわじわマシンを寄せていったことは多くの映像で明らかだったが、それは自分が走り続ける権利を持つレーシングラインだったと主張した。

 残念だが、叩きやすいところが叩かれた。アメリカのレースで、チャンピオン争いをしているアメリカ人ドライバーがクラッシュ。アメリカに挑戦しているドライバー、琢磨が犯人扱いをされた。「ロッシをクリアしたと思った」という彼のコメントの一部分は、”ミスジャッジしてラインを下げた”と曲解された。

 週が明けてから、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの代表が、インディカー本部にチームのテレメトリー・データとオンボード映像を提出し、琢磨が左=ロッシの側にステアリングを切ったのは接触が発生した後だったという説明を行なった。

 結局、心配されていた琢磨へのペナルティが課されることはなかった。琢磨は潔白。接触は不幸にも起こってしまったレーシングアクシデントという裁定が下された。

 だが、ポコノの翌週に開催されるシリーズ第15戦ゲイトウェイでは、琢磨に大きなプレッシャーがのしかかった。もしこのレースでアクシデントを起こせば、批判の真っ只中に逆戻りをさせられるからだ。

 そんな状況でも、琢磨は予選5位に食い込んだ。「チームが自分をサポートしてくれている。それは本当に嬉しいし、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングというチームを誇りに思う。今回の一件でチームの一体感は強くなった」と琢磨は話していた。

 レース前のドライバー紹介でも、琢磨には多くの激励の声が飛んでいた。ファイティングスピリットを強く感じる走りを見せるドライバーとして、琢磨はアメリカで多くのファンを獲得しているのだ。彼らは「批判に負けるな!」「アグレッシブに戦え」と声援を送っていた。

 今回はナイトレース。照明を浴びながらのスタートに、琢磨は慎重に臨んだ。そこをジェームズ・ヒンチクリフ(アロウ・シュミット・ピーターソン・モータースポーツ)が突き、インに飛び込んできた。琢磨の右にはポコノで絡んだハンター-レイがいた。ヒンチクリフがバランスを崩して琢磨に接触し、琢磨はハンター-レイにヒット。先頭グループの混乱は2レース連続の多重クラッシュになりかけたが、2人がどうにかマシンをコントロールしたことで最悪の事態は避けられた。

 しかし、琢磨は1周で13番手まで大きくポジョションダウン。その後のマシンのハンドリングの悪さから早めのピットストップを行ない、1周遅れの最下位にまで落ち込んだ。

 先週のポコノで今年初勝利を挙げたばかりのウィル・パワー(チーム・ペンスキー)とセバスチャン・ブルデイ(デイル・コイン・レーシング・ウィズ・ヴァッサー・サリヴァン)という2人の大ベテランがマシンのコントロールを突然失って、クラッシュするなど、非常に難しいレースとなったゲイトウェイ。そんななかで、ルーキーのサンティーノ・フェルッチ(デイル・コイン・レーシング)が目覚ましい走りを見せていた。

 しかし、ブルデイのアクシデントで出されたフルコースコーションは、ピットタイミングをずらしてチャンスを待っていた琢磨ら4人に味方した。琢磨、トニー・カナーン(AJ・フォイト・エンタープライゼス)、エド・カーペンター(エド・カーペンター・レーシング)、そしてポイントリーダーのジョセフ・ニューガーデン(チーム・ペンスキー)は、最後のピットストップを終えてもトップグループに残り続けることができた。

 残り50周を切ってトップに躍り出た琢磨は、カナーンを突き放し、勝利に向けて突っ走った。ところが、タイヤが急激に磨耗してペースダウン。2番手にポジションを上げたカーペンターがみるみる差を縮めてきた。

 タイヤを労わりながら、間隔をチェックしながら、琢磨は残り周回数でカーペンターの攻撃をいかに退けるかを考え続けた。ファイナルラップ、2台はテールトゥノーズになったが、琢磨は巧みなライン採りで相手に並びかけることをさせず、バックストレッチからターン3、そしてターン4を回った。ゴールの直前、アウト側からカーペンターがアタック、2台は並んでゴールラインに飛び込んだ。そして0.0399秒の差で琢磨がウィナーとなった。

 スタート直後に接触に遭い、周回遅れの最後尾まで転落した琢磨だが、クリーンに、スマートに戦い続けてレースの折り返し点を迎える前にリードラップに復活。2、3、4回目のピットストップを全部フルコースコーション中に行なう作戦も的中し、248周のレースの188周目にトップに躍り出た。刻々と変化する路面コンディションに合わせ、レース中にマシンセッティングを変更。レース後半戦のスピードを高く保てたことで、大きなポジションゲインを実現した。

 1シーズン2勝は自身初。そしてキャリア5勝目はショートオーバルでの初めての勝利となった。初勝利は2013年ロングビーチのストリート、2勝目が2017年のインディ500=スーパースピードウェイ、3勝目は2018年のポートランド=常設ロードコース、今年のバーバーでの4勝目もロードコース。琢磨はこれでインディカー・シリーズにあるコースバリエーションすべてで優勝したこととなった。

 インディカー・シリーズは、どんなコースでも速いドライバーを決めるもの。コースを選ばず速く、アメリカ人が最も大きな敬意を払う”万能ドライバー”に琢磨はなったのだ。全コースバラエティ制覇は、テニスやゴルフのグランド・スラムに匹敵する快挙だ。

 しかも、その勝利を琢磨は苦境の中で記録した。濡れ衣を着せられても強く反論がしにくい立場にあった彼は、クリーンに戦い、センセーショナルな大逆転優勝を記録することで批判を封じた。最後のカーペンターとのバトルも清々しいものだった。逆境を跳ね返しての劇的勝利。こんなことができるドライバーはそうそういない。

「ほとんどのメディアが僕をフェアに扱ってくれた。嫌な気持ちになったこともあったが、チームをはじめとして多くの人たちがサポートをしてくれた。ゲイトウェイの熱心なファンは、僕をずっと応援し続けてくれた。チームは結束し、順位を落としてもあきらめないで頑張ってくれた。ピット作業も速かった。僕を支えてくれたこれらの人々全員に、なんとお礼の言葉を言ったらいいのか……」

 感激した様子の琢磨は、「残る2戦でも好成績を挙げて、ランキングを1つか2つ、上げたい!」と話した。

 ラジエーター破損でディクソンは20位。ポイントトップからは70点差となり、6度目のタイトルは厳しくなったかもしれない。ロッシもレース展開が裏目に出て13位。ランキングは3番手に下がり、トップとのポイント差は46点に広がった。まだ逆転は可能だが、このところの勢いのなさが気にかかる。

 一方、今年のインディ500ウィナー、シモン・パジェノー(チーム・ペンスキー)は5位フィニッシュでランク2番手に浮上。トップを行くニューガーデンとは38点差だ。次戦ポートランドでの結果次第で、チーム・ペンスキーのドライバー2人が最終戦でタイトルを賭けた一騎打ちを繰り広げることになる。

 果たしてニューガーデンはこのまま逃げ切れるのか。彼は「3レース続けてうまくいかなかった我々としては、それを忘れて残る2戦に臨むだけ。アタックする姿勢を、幾らかの注意深さとともに保つことが必要だと思う」と語っている。