最終ラップ最終コーナーで乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負を仕掛けたアレックス・リンス(チーム・スズキ・エクスター)が、マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)を0.013秒差で制し、今シーズン2勝目を挙げた。マルケス(左)とのバ…

 最終ラップ最終コーナーで乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負を仕掛けたアレックス・リンス(チーム・スズキ・エクスター)が、マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)を0.013秒差で制し、今シーズン2勝目を挙げた。



マルケス(左)とのバトルを制したリンス(右)

 MotoGP第12戦・イギリスGPの舞台シルバーストン・サーキットは、高速コーナーや左右に切り返す区間が多く、1周あたりの平均速度はシーズン屈指の高速コースだ。取り回しのよさを武器とするスズキGSX-RRにとっては、長所を存分に活かしやすいレイアウトと言っていい。

 しかし、今回の週末を通じて抜きんでた速さを発揮していたのは、ディフェンディングチャンピオンで今季もタイトル争いを独走するマルケスと、ヤマハ陣営のスーパールーキー、ファビオ・クアルタラロ(ペトロナス・ヤマハSRT)の両名だった。

 クアルタラロは、金曜午前のフリープラクティス(FP)1回目と午後のFP2、そして土曜午前のFP3すべてでトップタイムを記録。マルケスは土曜午後のFP4で高度に安定したレースペースを見せ、さらに午後の予選では圧倒的に速いタイムアタックでポールポジションを獲得していた。

 一方のリンスは、土曜午前のFP3までに少しずつ前進を見せてきたものの、予選は遅い選手たちで行なうQ1に組み込まれていた。しかし、そこで上位タイムをマークしてQ2に勝ち上がり、そのQ2でも着実に仕上がってきた速さを見せながら5番手タイム。決勝は2列目スタートとなった。

 土曜午後のこの段階では、リンスは優勝候補とまでは見なされていなかったのではないか。というのも、この日のリンスの走行後囲み取材で、彼の母国スペイン人ジャーナリスト以外に質疑応答に加わったのは、意外にも私ひとりだけだったからだ。

「フロントローを取れなかったのは残念だけど、ペースはコンスタントで安定しているし、FP4でもユーズドタイヤで調子よく走れた」と述べるリンスに、全コース中でどこかロスをしている区間があるのかどうかを訊ねてみた。

「他のサーキットだと直線やハードブレーキングで不利になるところもあるけど、このコースではとくにないね」と話し、「バイクがよく仕上がっていて、機敏な持ち味を活かしてリズムよく走れている。すべてがうまく噛み合えば、表彰台争いは十分にできると思う」と、自信ありげな表情を見せた。

 とはいえ、優勝争いをできるとまでは、本人も事前には予想をしていなかったようだ。

 決勝日のレース後に「正直なところ、レースで勝てるプランを立てていたわけではなかった。マルクとファビオが自分たちよりも勝つ可能性がありそうだったから」と述べた言葉が、それを如実にあらわしている。

 だが、この日のリンスは強かった。レース序盤を過ぎてマルケスと一対一の対決に持ち込み、マルケスがリンスを前に出して様子を見ようとした時でも、リンスもそれに反応してマルケスを再び前に出すという、したたかで巧妙な駆け引きを見せた。

「コースの後半セクションはマルクがとても速く、自分の弱点を見せたくなかったので、ずっと後ろにつけていたんだ」と、レース後にその作戦を明かし、「でも、最終コーナーは自分のほうが速かった。狙いどおりに最終ラップの最終コーナーで勝負を仕掛けて勝つことができたので、すごくうれしい」と、満足そうにレース展開を振り返った。

 チームマネージャーのダビデ・ブリビオは、狙い澄ましたリンスの絶妙な仕掛けを絶賛した。

「マルケスの後ろにピタリとついて、オーバーテイクが可能な時でも焦らずに、勝負どころをしっかりと見極めて、最終コーナーで一気に仕掛けた。おそらく向こうも、この攻撃は予想していなかったのではないでしょうか。今日のアレックスはクレバーで、すべてをうまくマネージする完璧なレース内容でした」

 第3戦・アメリカズGPは、バレンティーノ・ロッシ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)との直接対決を制した優勝だったが、このサーキットで毎年圧倒的な強さを見せていたマルケスが自滅した結果でもあった。だが、今回のリンスは、その王者マルケスを真っ向勝負でねじ伏せた。ブリビオはその点も高く評価する。

「そう、マルケスとバトルして彼の前でゴールする、この勝ち方を待っていたんですよ。アレックスに心からおめでとうと言いたいですね」

 技術監督の河内健も、「チームとライダーが、本当にいいレースをしてくれました」と破顔した。

「もちろん表彰台争いをする自信はありましたけれども、マルケス選手が予選で非常に速かったし、ヤマハさんは4台揃って非常にいいところに来ていたので、厳しい争いになるだろうという覚悟はしていました。

 アメリカの勝利が棚ボタだったとは言わないですけれども、今日は真っ向勝負で勝てたのだから、非常に価値のあるシーズン2勝目だったと思います。技術者としても、我々の開発してきた方向性は間違っていなかったんだという自信になりました」

 6月にブリビオと話をした際に、チャンピオン獲得の可能性について訊ねると、「今シーズンは難しいと思う。でも、来季はタイトル争いをできる」という返答が戻ってきた。今回のレースを終えて、スズキは最強チームの一角に成長したと言えるかと、あらためて質問してみたところ、「最強の一角、とまでは言えませんよ。ただ、強豪チームのひとつだと胸を張って今は言えるだろうし、我々はずっとそれを目指してきたんです」と、ブリビオは笑顔で答えた。

「今後は毎戦、表彰台争いと、可能なら優勝も狙っていきます。もちろん簡単でないことはわかっていますが、シーズン最後までそこを目指して戦っていきます」

 スズキは2016年のイギリスGPで、活動休止期間を経た参戦復活後の初勝利を挙げており、シルバーストンはこれで2勝目になる。2016年のレースは冷えた温度条件に助けられた側面もあったが、今回は復活後3回の優勝のなかで最も完璧な優勝、と言っていいだろう。