舞台をヨーロッパに移してから、丸9年が経過した。

 いちいち感慨にふけるタイプではないが、川島永嗣にとっては一応の節目となる“ヨーロッパ10年目”の開幕だ。舞台はリーグアン。フランスに渡って4年目の戦いはすでに幕を開けている。

 ストラスブールと2年間の契約延長を発表したのは、7月22日のことだった。その数日前に彼と会い、「来季もフランスで」と聞かされて少なからず驚いた。フランスで3年目の昨季は、第3GKの座からほとんど一歩も動けなかった。リーグ戦の出場はわずか1試合に限られた。しかしコパ・アメリカではしっかりとその存在感を示していたから、日本のクラブが獲得に動いているというニュースを聞いて「いよいよ」と思い込んでいたのである。

「可能性が1%でもあるなら」

 川島はその言葉をヨーロッパ10年目を迎える理由とし、「頭おかしいですかね?」と笑った。

 36歳。ポジションはたった1つしかないGK。ヨーロッパ、特に5大リーグのマーケットにおいてはいまだに評価が安定しない日本人プレーヤーにして、フランスでは3枠しかない“外国人枠”を勝ち取った男だ。

 この10年、川島はピッチの最後尾に立ちながら、最前線で日本のサッカーを引っ張ってきた。そんな男の、今の言葉に耳を傾けてほしい。

成長の「邪魔」となった経歴。

――前回会ったのはちょうど1年前。ワールドカップのベルギー戦から9日後の7月12日でした。

「あれから1年ですね」

――どうでした? この1年。ざっくりした聞き方ですけれど。

「まず、W杯が終わって、次に向かうために気持ちの整理をしなきゃいけないと思っていました。新しいチームを探しながら、休んだり、トレーニングをしたりする中で、やっぱり自分は高いレベルを目指したい、W杯以上のものを経験したいと思った。その気持ちは変わらなかった。それが、あのW杯を通じて出した答えでした」

――以前からそういう話を聞いていたから、昨年夏のストラスブール加入はとても嬉しかった。ちゃんと評価してもらえたんだと。

「まあ、いろんなことがありましたけどね。去年の夏もいろいろと考えたし、考える中で、むしろ邪魔だなと思ったんですよ。自分の経歴みたいなものが。W杯に3回出場したとか、ヨーロッパで何年やってきたとか。そういう過去の経歴が、これからもっと成長したいという自分の思いを邪魔することがあると思って。

 たとえば、試合に出られない時に『W杯に3回も出た自分が、所属チームでベンチにも入れない状態になる理由はどこにあるんだろう』とか、そういうことを本気で考えてしまうことがあるんです。でも、はっきり言って、W杯に3回出た過去と、試合に出られない現在の関係性はゼロですよね。今、その瞬間に自分が勝ち取るかどうか。それだけの問題だから」

――そういう考え方をしたくないというのが、もともと持っている川島選手の姿勢ですよね。

「はい。だからそういうつもりじゃなかったけれど、やっぱり、心のどこかで、過去の自分に頼っている自分がいたんじゃないかということに気づいて。だから、本当にそういうものをなしにして前に進めるのか。進めないんだったら、その先はないんだろうなって」

――前に進もうと思ったからストラスブールを選んだ。

「はい」

昨季リーグ戦出場は最終節のみ。

――でも、結果的には、1年間を通じてほとんど公式戦のピッチには立てなかった。

「チームの調子は良かったし、カップ戦でも勝っていたから自分の立場が好転するタイミングがなかったんです。ただ、焦りはなかった。そういう状況でも、自分自身がサッカーを通じてどうやって喜びを得るかという問題だったから、逆に気持ちを充電していました」

――初めてフランスに渡った時、メスで試合に出られなかった時期とは少し感情が違った?

「どうだろう。わからないです。もちろん悔しさはありますよ。メンバーに入れない。その状況が変わらない悔しさはある。ただ、メスの時もそうだったけれど、そういう状況に左右されずに、自分自身がやるべきことをやる。それは、試合に出ていても、そうじゃなくても変わらないから」

――結局、リーグ戦の出場は最終節の1試合のみ。その時点で、“その先”についてはどう考えていたんでしょう。

「シーズンが終わる頃、チームには残ってほしいと言われていました。あとは自分次第。ただ、その時点では自分がどうしたいのか、自分でも100%の答えを出せていなかったから、『考えさせてほしい』という形にしてもらっていたんです」

「代表に対する思いは特別」

――それからすぐに、コパ・アメリカに出場する日本代表に呼ばれました。この1年で大きな変革期を迎えた代表に対して、ヘンな言い方だけれど、「自分たちの時代が終わってしまう」という寂しさはなかった?

「いや、でも、日本代表ってそういう場所ですから。メンバーが変わるのは当たり前。自分の立場が変わるなんていつでもあり得ること。そういう意味で、僕は自分が日本代表であることに固執したくないし、そうなりたくない。むしろ、もっと早く世代交代するべきという思いもありました。

 ただ、日本代表として出場するW杯を“トップレベル”とするならば、ああいう場所で、ひとりのGKとしてやりたいことは僕にもある。たとえストラスブールで試合に出られなくても、自分自身が成長することを考えてやってきた結果として呼ばれたのなら、それほど嬉しいことはない。そういう感覚でした。やっぱり、代表に対する思いは特別なものですから」

――年齢とか、立場とか、そういうものに関係なく。

「変わらないですよね。前にもそういうことがあったけれど、自分に対する“見られ方”や“言われ方”なんて、チームの中に入ってしまえばまったく気にならないんです。僕もそうだし、たぶんオカ(岡崎慎司)もそう。ベテランだから経験を伝えるなんて当たり前のことだし、選手としてそこにいる以上は自分が試合に出るために戦う。日本代表という特別な場所で最高のパフォーマンスをするという最大の目的は、絶対に変わらない。一番大切なのは、そこですよね。その気持ちが変わらないから、呼ばれたら行く。

 そもそも、経験なんて1回話しただけで伝わるわけないじゃないですか。もしそれが一番の仕事なら、選手としてそこにいる必要はないですよね」

メンバー外でも、自分を見失うことはない。

――ピッチに立つ感覚については? ウルグアイ戦、エクアドル戦の仕事ぶりは見事でした。

「ストラスブールの最終節もそうだったけれど、特別な感情はなかったですよ。スタンスは変わらない。というか、その時に持っている以上のものは出せないから」

――5月のブログでは「試合に出るためだけに努力してきたつもりはない」と書いていました。

「“だけ”ではないですよね。試合に出ることは、選手として直接的な目的の1つです。ただ、僕の中では試合に出ることは当たり前のことで、『自分は夢を追いかけるから』と試合に出ないままでいいわけじゃない。

 僕は今でも、試合に出るのが当たり前という感覚で毎日を過ごしていますよ。だからこそ、1試合に出たところで感慨に浸ることもないし、感情的になるようなことじゃない。

 メンバーを決めるのは監督だけど、その瞬間瞬間にどういう決意をするか、どういう覚悟を持つかは完全に自分次第じゃないですか。自分自身を決めるのは自分。監督じゃない。だからたとえ試合に出られなくても、自分自身を見失うことはない。

 もちろん、シーズン中に何度も監督と話をしました。それでも、毎週のようにメンバー外を告げられてましたけど(笑)」

「36歳日本人GK」に対する欧州での評価。

――コパ・アメリカが終わってすぐに、Jリーグのクラブが獲得に動くというニュースもありました。正直に言うと「そうだよな」と思っていたので、「ストラスブールに」という連絡をもらった時は、そりゃあもうびっくりしました。

「いや、正直、考えました。真剣に。この年齢で、このタイミングで、ちゃんと評価してもらって、いいチャンスだと思った。

でも、やっぱり、後悔したくなくて。やり切れるところまでやり切って、それで終わりたいと思ったんです。今までだって、キレイな道を進んできたわけじゃないから」

――ヨーロッパに残るということは、つまり、また、出場機会が限られる可能性が高い環境に身を置くということでもありますよね。川島選手は、ヨーロッパのマーケットで“日本人GK”が公平に評価されることの難しさを十分すぎるほど理解している。実際に、移籍市場のゴタゴタでは心が壊れそうになる経験もした。単純な疑問として、「それなのにまだヨーロッパで?」と思いました。

「それまでずっと試合に出ていなかった選手が、1つでも試合に出ると『また試合に出たい』と思いますよね。それは、選手としての純粋な思いとして僕にもある。でも、ただ試合に出るためとか、目先のことだけを考えて判断するのは自分らしくないというか、自分的に正しくない気がして」

――よくわかるけれど、重ね重ね、このタイミングでそう言えるところがすごいなと。

「俺、頭おかしいですかね?(笑)

 自分の夢を追いかける上で、転機とか、大きな判断を求められるタイミングって必ずあると思うんですよ。ずっと夢を追っていて、そこにたどり着ける可能性が1%あることを確信して、挑戦を続けてきたとする。今までその1%に懸けてやってきたのに、その可能性を、自分の決断でゼロにしていいのか。そういうことなんです。

 どうなるかなんて、わからないんですよ。もう年齢なんて関係ないし、自分でも気にしてない。とにかく可能性がゼロになるまでやればいいじゃんというだけで、36歳になったから、1年間ずっと試合に出られなかったからという理由で、自分から可能性をゼロにすることはない。

 でもね、知ってると思いますけど、この年齢で、GKで、日本人で、ヨーロッパでクラブを探すのって本当に簡単じゃないんですよ。今回ストラスブールが2年契約を提示してくれて、クラブからの信頼もすごく感じたというのもあります。だって、自分は外国人選手ですから」

川島がヨーロッパに留まる理由。

――フランスのいわゆる“外国人枠”は3つしかない。メスでも、1年前にストラスブールに加入した時も「なんで第3GKにその枠を使うんだ」というサポーターからの厳しい声がありました。メス時代はその状況からレギュラーポジションを勝ち取ったわけだけれど。

「やりたいことは変わらないし、自分が向き合うだけです。失うものはないと思って挑戦してきたからこそ、そういう自分でいられなくなるんだったら、自分が心から楽しむことはできない。自分が心から挑戦を楽しめなかったら、最高のものを作って、人に感動してもらうことなんてできない。だから、まずは自分自身が自分らしくありたい。そこが変わらないから、まだヨーロッパにいるんです」

――1年前に会った時はW杯の直後で、あんなに悔しそうな人を見たことがなかった。そのエネルギーの変わらなさに、また今日も驚いてます。

「これからのキャリアのストーリーを描ける年齢ではないし、選手って、いつ終わりが来てもおかしくないものですから。でも、どんなことでも“終わり”は必ず来る。思い切り挑戦できる時間だって限られているからこそ、心からこの挑戦を楽しみたいんです。こうやって挑戦できている自分は、やっぱり幸せだと思います」

(「欧州サッカーPRESS」細江克弥 = 文)