ペンシルベニア州のポコノレースウェーで開催された2019年インディカー・シリーズ第14戦ABCサプライ500で、1周目にトップグループの5台が絡む多重クラッシュが発生した。 1周目のターン1とターン2の間で、ライアン・ハンター-レイ(…

 ペンシルベニア州のポコノレースウェーで開催された2019年インディカー・シリーズ第14戦ABCサプライ500で、1周目にトップグループの5台が絡む多重クラッシュが発生した。

 1周目のターン1とターン2の間で、ライアン・ハンター-レイ(アンドレッティ・オートスポート)、アレクサンダー・ロッシ(アンドレッティ・オートスポート)、佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)の3台が絡んでイン側の壁にヒット。それに後続のジェームズ・ヒンチクリフ(アロウ・シュミット・ピーターソン・モータースポーツ)、フェリックス・ローゼンクヴィスト(チップ・ガナッシ・レーシング)も巻き込まれた。



第14戦ポコノで、1周目のクラッシュによりリタイアとなった佐藤琢磨

 ローゼンクヴィストのマシンは浮き上がってアウト側のキャッチフェンスにぶつかり、琢磨のマシンはハンター-レイのマシンの上に裏返しになって止まった。ローゼンクヴィストは背中などに痛みを訴えたが、緊急性はないと判断されて、空路ではなく陸路で病院へ搬送。精密検査後、すぐさま「問題なし」とされて解放された。幸い琢磨にもケガはなかった。

 ポコノでは昨年も多重アクシデントがあった。ターン2でハンター-レイのイン側にロバート・ウィッケンズが飛び込み、2台は並んだまま超高速コーナーに進入して接触。ウィッケンズの車は完全に宙へと舞い上がってキャッチフェンスに激突した。ウィッケンズは高速から急激にストップした衝撃で脊髄を損傷し、下半身麻痺となった。さらに2015年には、ターン1で発生した単独クラッシュで飛び散った破片がジャスティン・ウィルソンの頭部に当たり亡くなるという事故も起きている。

 近年のインディカーのダウンフォース発生量だと、ポコノのターン2をサイドバイサイドでクリアするのは難しい。しかし、それが可能だとトライするドライバーはいる。

 去年の場合、ウィッケンズはイン側にポジションしていたことも手伝い、パスが可能、もしくはそのままラインをホールドしてターン2を走り抜けられると考えた。しかし、ハンター-レイの頭にあったのは、「ターン2で2台並走は不可能」ということ。明確に先行していた彼は相手が引き下がるものと決めてかかり、走行ラインをイン側に下げ、接触は起こった。

 一方、マシンの破片がヘルメットを直撃したウィルソンの死亡事故は、非常に確率の小さい不運によるもので、ポコノ以外のコースでも、オーバルでなくても起こり得る。

 今回、2年連続の多重アクシデントとあって反響は大きかった。テレビのライブ放送ではロッシのオンボード映像が流されており、ロッシは琢磨側にステアリングを切っていなかった。その映像では、琢磨のマシンがロッシを抜き切る前に左に動いたようにも見えた。搭載されているのが広角レンズであるため、両サイドのマシンは画面の中央に向かって進んでいくように映るのだ。

 解説者で元チャンピオンのポール・トレイシーは「佐藤がロッシ側に降りた」と即座に断言。さらに、タイトル争い真っ只中のランキング2番手のロッシが、「去年あのようなアクシデントがあったのに、琢磨がどうして今回あのようなドライビングをしたのか理解できないし、受け入れられない。500マイルレースの1周目に、あのスピードで2台に向かってラインを降ろしてくるなんて恥ずべき行為で、頭にくる。このせいでタイトルを逃すことになるかもしれない」とまでコメントしたため、琢磨に対する批判の声は高まった。

 トレイシーは、「佐藤は1レース出場停止ぐらいのペナルティを受けてもいい」とまで言い、主催者のインディカーは「避けられる接触を起こした者」との判定を琢磨に対して下した。

 これに対して琢磨は抗議し、「私はロッシ側に降りていない。ロッシとハンター-レイが上がってきた」との主張を証拠映像とともにツイッターに上げた。すると、ファンからは非難の声が寄せられ、ロッシも「ディクソンのドラフティング(※)を独り占めしようと降りてきたのはそっちだろ!」との反論をツイート。ちょっとした炎上状態になった。
※他のマシンの直後を走行することで空気抵抗が小さくなり、スピードが増す状態

 ロッシのツィートが感情的なのは、タイトルを争う身でポイントを稼げなかったから仕方がない面もある。アメリカ期待の若手チャンピオン候補が相手であるから、琢磨の分が悪いのも確かだ。しかし、だからと言って、琢磨が罪をすべて被らせられる道理はない。

 潔白を証明すべく、琢磨は自らのマシンに搭載してあったオンボードカメラの映像も提供、自分がステアリングを切らずにアウト側にポジションし続けていたことをアピールした。その映像では、琢磨のマシンはコースの継ぎ目のシーム剤の線、アウト側の壁と平行に走り続けている。

 インディカーは11のアングルから事故を検証したというが、納得がいかない琢磨は、再審査と、避けられたアクシデントを起こしたドライバーという汚名の返上を要求した。また、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングは走行データをチェックし、「接触が起こるまで琢磨が左にステアリングを切っていないとテレメトリーデータは示している」とのリリースを出し、事故の発端が琢磨のドライビングではなかったと訴えている。

 シーズンも終盤戦になると、主催者からは「タイトルコンテンダーとのバトルはいつも以上に慎重に」というアドバイスが全ドライバーに対して出される。しかし、それはタイトルコンテンダーに常に優先権を与えるという意味ではない。今回、ターン1の立ち上がりで両側からごぼう抜きにされる事態を招いたのは、誰の目にも明らかなロッシのミスだった。

 アンドレッティ・オートスポートは、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの主張に対する反論を出していない。彼らもデータを検証しているはずだが、不都合なものしか見つからなかったのかもしれない。泥仕合を避ける意向もあるだろう。その辺りの真相はわからない。世間のムードは琢磨批判に向かったままなので、静観をしているのかもしれない。結果的に、琢磨はスケープゴートになってしまっている。

 シリーズチャンピオンになること4回、インディ500でも3勝しているダリオ・フランキッティが、「アンドレッティ・オートスポートの2台がラインを上げていった(琢磨の側に寄っていった)」と言ってくれたと、琢磨はレース後に話した。

 だが、「琢磨がラインを下げたから接触は起きた」と断定的に書いているメディアは多く、フランキッティの声としては、「2台が一方へ、もう1台が反対側へ動いて接触は起こったように見えた。マシン同士は数ミリしか離れていないから、あのようなアクシデントは起こる。そして、ドライバーたちの見解がそれぞれ異なるのも理解できる」というコメントを掲載しているところもあった。

「ステアリングを切っていない」と主張している2人が接触したのは、マシン群の巻き起こすタービュランス(気流の乱れ)、路面のうねりや継ぎ目によって、彼らのマシンが僅かにラインを変えたからだろう。そうであればレーシングアクシデントだから、どちらか一方が責めを負うべき性格のものではない。インディカーは琢磨への誤った裁定を取り消すべきだろう。

 フェンスの修復、コースの清掃のためにレースは45分間ほど赤旗で中断。再開されると、200周のうちの128周をしたところで雨が降り始め、それが豪雨に変わったことから、フルディスタンスを戦うことなくレース成立となった。

 ウィル・パワー(チーム・ペンスキー)が今季初優勝。ポコノでの3勝目は、自身にとっての13年連続の優勝ともなった。2位はランキング4番手につけて6度目のタイトルを狙っているスコット・ディクソン(チップ・ガナッシ・レーシング)。3位は今年のインディ500ウィナーで、2度目のタイトルを目指してランキング3番手につけているシモン・パジェノー(チーム・ペンスキー)だった。

 ポイントリーダーのジョセフ・ニューガーデン(チーム・ペンスキー)は5位でのゴールとなった。ニューガーデンとロッシのポイント差は16点から35点に広がったが、ランキング上位5人のポイント差は縮まった。残るは3戦だ。

 インディカーとポコノは、来シーズン以降のレースを開催し続ける契約を更新していない。ニューヨークに近い開催地であるポコノの代わりとして、ワシントンDC近くのリッチモンド(ショートオーバル)をカレンダー入りさせるとの噂もある。シリーズ復帰から7年で3回目の大きなアクシデントが発生したことで、ポコノでのレースは今回が最後となるかもしれない。