■スポアナ アスリートレポート■ ■TBSの上村彩子(かみむら・さえこ)アナウンサーが現場で取材した大会でのエピソードや舞台裏、インタビューしたアスリートの魅力や意外な一面などを伝えてくれるこの連載。今回のテーマは、走り高跳びの日本記録…
■スポアナ アスリートレポート■
■TBSの上村彩子(かみむら・さえこ)アナウンサーが現場で取材した大会でのエピソードや舞台裏、インタビューしたアスリートの魅力や意外な一面などを伝えてくれるこの連載。今回のテーマは、走り高跳びの日本記録を13年ぶりに更新した戸邉直人選手(JAL)。筑波大学で研究をしながら、東京五輪で金メダルを狙うアスリートの素顔に迫ります。
先日、走り高跳び日本記録保持者の戸邉直人選手のインタビューに行ってきました!
今年の2月に戸邉直人選手が日本記録を更新した2m35というこの高さ、なかなか想像がつかないと思いますが、電話ボックスくらいの高さと言ったらわかりやすいでしょうか。リオオリンピックだと銅メダル、前回の世界陸上だと金メダル獲得に相当する記録です。
9月の世界陸上ドーハ、そして来年の東京オリンピックでもメダルの期待がかかる戸邉選手、実は私にとって高校の陸上部の先輩。私が1学年下で、戸邉先輩は当時から高跳びで、私はハードル。種目は違いますが、千葉県にある専修大学松戸高等学校の同じグラウンドで一緒に練習していました。
戸邉先輩が高校卒業後も大学で高跳びを続けていたことは知っていましたが、2015年の世界陸上出場選手の中に「戸邉直人」の名前を見つけた時、「あの戸邉先輩? 世界陸上に出るの?」と驚きました。
戸邉先輩は、中学でも高跳びで全国優勝をしていた地元では有名な選手で、高校では3年生のときにインターハイと新潟国民体育大会での2冠を達成! 国体では、現日本高校記録の2m23をマーク。私の通っていた高校は、「全国大会に45回連続出場を果たした強豪校」といえるかもしれませんが、戸邉先輩のような全国区の選手から、私のように高校からいきなり陸上を始めるレベルの選手まで、いろんな力の生徒がいる陸上部でした。
世界陸上での活躍に注目が集まる戸邉直人
photo by AFLO
現在身長194cmの戸邉先輩は、当時すでに190cmあって足が速く、高跳びの練習の合間に短距離選手のトレーニングにも参加していました。現在の100mのタイムはなんと10秒90。そのスピードは高跳びの助走に生かされています。
戸邉先輩は闘志ギラギラ&がむしゃらな陸上部員ではなく、テスト期間で部活が休みの時や自主練の時、ひとり黙々と練習していた姿が印象に残っています。高校時代から自分に足りないものを見つけて、課題を改善する練習メニューを考える能力が秀でていました。自分で考えて、自分で分析をして競技と向き合うアスリートで、その姿勢は今も変わっていません。
「自分で練習メニューを考える時間がすごく好き。筑波大学の陸上部は自分で考えてトレーニングをする。それが自分に合っていると、高校時代に気づいた」と言う戸邉先輩に、走り高跳びの魅力を聞くと、熱く語ってくれました。
「無重力感、浮遊感。それをずっと追い求めている。高く跳べば跳ぶだけ無重力を感じられる。本当にいい跳躍ができると、バーの上で止まっている感覚が味わえる。道具を使わずに自分の足で無重力感を味わえるというのはすごく楽しい」
短距離やマラソンは、競技が終わってから記録がわかる種目ですが、走り高跳びは始める前に「何センチ」と高さが決まっていて、しかもライバルたちの成功や失敗を見たあとに跳ぶこともある。そこにはさまざまな駆け引きもあれば、プレッシャーもある。戸邉先輩は、けっしてすべてが順調に来ているわけではなく、過去には2016年リオ五輪の出場権を逃すなど、悔しい思いもしてきたはずです。
そんな戸邉先輩の体脂肪は4~5%。高跳びのために体重は意識的に絞って無駄はそぎ落としています。筋トレも、たとえば片足の一部を重点的にするなど、強化の必要な筋肉の部位を自分で研究して分析しているのです。
コーチはつけずに、大学で自分自身を研究材料にしてトレーニングを続けて、自分の競技の映像を自分の目で見て、分析してデータを取り、分析結果を根拠にして、問題点を理解したうえで競技と向きあう。2016年に亡くなった大学の恩師・図子浩二先生からは「根拠を持ってやることが大事」とずっと言われていたそうです。
研究室には、踏み切り時の圧力を測るボードなど、たくさんの機器があって、跳躍の時の角度、ひざや股関節の角度や、跳躍の瞬間にかかるGがどのぐらいかなどを計測。戸邉先輩は、そのすべてを使いこなしてありとあらゆるデータを集計していました。
トレーナーやコーチであれば、選手にそうしたデータを伝えて、実践させることが役割になりますが、戸邉先輩は1人で全部をやっている。「むしろそれが好きでやっている。高跳びオタクですね」と、自分で認めています。
「今の自分があるのは、研究をして、そこで読み取ったものを競技にも生かしているから。そこが強みでもあるので、今後もそれを続けていきたい。博士号取得後も研究は続けていて、今後もずっと続けたい」
そう力強く語る戸邉先輩は、海外の選手からは「ドクター戸邉」と呼ばれることもあるそうです。1日のスケジュールは、午前中にトレーニングをして、ランチ後から夜までほとんどデータの分析。「練習の息抜きが研究で、研究の息抜きが練習になっている」と話すほど没頭し、周囲から「そんなにずっと走り高跳びと向き合っていて嫌にならないの?」と言われるそうですが、「いろいろなスポーツで高く跳ぶ動作が必要な種目があるので、他の競技でも自分の研究成果が生かせる可能性がある。やっぱり研究は楽しいし、続けたい」と笑顔でした。
ちなみに、博士号を取得した論文は『走高跳の踏切局面における下肢3関節のキネティクス特性』。そのタイトルを聞いた瞬間、「キネティクス……?」と、私の頭の上にはクエスチョンマークが並んだのでした。さらに、施設のホワイトボードに数式が書き込まれていたので、見せてもらったのですが、正直、まったく理解できず……。
日本記録の2m35を出せた要因について聞いたところ、ポイントは「シングルアーム」と「6歩助走」でした。昨シーズンのゴールデングランプリでは助走が9歩で、ダブルアーム、つまり両手を上げて跳んでいましたが、昨シーズン終盤からさらに上を目指すために、助走を6歩に、そしてシングルアームにフォームを変えました。
「両手のほうが、上方向への推進力は増す」とのことですが、戸邉先輩の場合、踏切手前のところで重心が上に上がっていたため、ロスが生じてしまっていた。それを改善する目的でシングルアームにしたところ、動きがスムーズになって記録が伸びたといいます。
また、助走を9歩から6歩にしたきっかけは、海外遠征の競技場での試合でした。日本の屋外競技場ほど助走が取れないため、歩数を短くせざるを得なくなり、結果的に6歩に。それがハマって好結果につながったこともあり「シングルアームと6歩助走。五輪の1年前に自分に合っている形が見つかって、ホッとした」と視界は良好です。
戸邉先輩の記録した2m35は走り高跳び今季1位の成績で、世界ランク1位(8月20日現在)。9月27日からドーハで開催される世界陸上では、「決勝の舞台で日本記録を更新したい」と意気込んでいます。2m35を出した時、踏み切り位置が近かったことなど、改善すべきポイントがいくつか見えており、「そこをうまくクリアできれば、まだ伸ばせる」と記録更新を狙っています。
この取材の様子は、25日0:00~の『S☆1』でぜひご覧ください! 「世界陸上では、今季の世界最高を出しているワールドリーダーらしい跳躍をしたい」と意気込みを語ってくれた戸邉先輩の活躍に期待しています。跳べ!戸邉先輩!
■プロフィール 上村彩子(かみむら・さえこ)1992年10月4日 千葉県生まれ
【担当番組】TV-『S☆1』土/24:30〜 日/24:00〜 『SUPER SOCCER』日/25:20〜 『フラッシュニュース』金/20:57〜(隔週) 『ビビット(リポーター)』月〜金/8:00〜 『Oh!ベイスターズ2019』 金/26:55〜 RADIO-『BLITZ POWER PUSH』…月〜金 /23:55〜 『千葉ドリーム!もぎたてラジオ』…日 /12:30〜