真夏の日差しが降り注ぐなか、「富来旗」とも呼ばれる大漁旗が揺れる釜石のスタジアムは、大きな歓喜に包まれた。 7月27日に行なわれたワールドカップ前哨戦「パシフィック・ネーションズカップ(PNC)」の開幕戦。1万3千人とほぼ満員でスタジ…

 真夏の日差しが降り注ぐなか、「富来旗」とも呼ばれる大漁旗が揺れる釜石のスタジアムは、大きな歓喜に包まれた。

 7月27日に行なわれたワールドカップ前哨戦「パシフィック・ネーションズカップ(PNC)」の開幕戦。1万3千人とほぼ満員でスタジアムが埋まるなか、ラグビー日本代表は東北のファンに「勇気を与える」(リーチ マイケル)べく、ホームにフィジー代表を迎えた。



フィジーからトライを決める松島幸太朗

 会場となったのは、昨年8月に誕生した岩手・釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアム。東日本大震災の津波で被災した小中学校の跡地に、W杯のために新設された。

 釜石は、日本選手権7連覇を達成した新日鐵釜石(現・釜石シーウェイブス)の本拠地であり、「ラグビーの街」として知られている。この地で初めて、日本代表のテストマッチが行なわれることになった。

 キャプテンのFL(フランカー)リーチは試合前日、日本代表が釜石で試合を行なうことの意義や、釜石の人々がどんな苦労をしてきたかを口にした。さらに、「震災からの船出」の意味を込めて船の帆をモチーフにしたスタジアムの白い屋根膜を指差し、「(船出を意味する)釜石のスタジアムは(これからW杯を戦う)日本代表のイメージにも重なる」とも語った。

 対戦するフィジーは、ランキングで日本よりふたつ上の世界9位。昨年の秋には、フランス代表も下している。

 だが、SO(スタンドオフ)田村優の決意は固かった。「外国人選手も東北で(試合を)やる意味を理解してくれた。(釜石で)何かインパクトを残したかった」。その言葉どおり、日本はフィジーを上回る力強いプレーを見せたのである。

 前半からゲームを支配し、前半だけで4トライを奪取。後半もフィジーに押し切られることなく、34−21で快勝した。2016年の秋にジェミー・ジョセフHC(ヘッドコーチ)が就任して以来、ランキング上位に勝ったのは初の出来事。過去3勝14敗と苦手としていた相手から、実に8年ぶりに白星を挙げた。

 フィジー代表と言えば、7人制代表がリオ五輪で金メダルを獲得したように、どこからでもつないで変幻自在にトライを獲ってくるラグビーが強みだ。アンストラクチャー(陣形が整っていない状態)からの攻撃は世界一と称され、「フィジアンマジック」と呼ばれている。当初、リーチは「(日本もキックを蹴る)アンストラクチャーラグビーでチャレンジする」と言っていた。

 しかし、フタを開ければ違った。ジェイミー・ジャパンは代名詞とも言えるキックを封印し、パスとランでボールを継続するラグビーで挑んだのだ。それが、見事にハマった。前半8分のWTB(ウイング)福岡堅樹のトライも、ボールを継続するなかで相手が反則を犯し、その後のモールが起点となった。

 前半12分には、フィジー代表に得意のカウンターからトライを献上してしまう。だが、選手たちはすぐさま話し合い、当初に立てた戦略を修正することにした。バックスのディフェンスを統率するCTB(センター)中村亮土はこう振り返る。

「試合前は、自陣から蹴っていこうと話していた。だが、やっぱり(フィジーの)驚異のアタックを受けて、自陣でもボールキープしていこうと。その結果、試合中のコミュニケーションもよくなった」

 すると、8−7で迎えた前半19分から、すばらしいトライが立て続けに2本生まれる。まずは、SH(スクラムハーフ)茂野海人からWTB松島幸太朗にパスが渡り、そのまま中央にトライ。ゴールも決めてスコアを15−7とした。

 そして2分後、この試合一番のトライシーンが生まれる。

 ラインアウトを起点に、ボールを右から左に、そして左から右へと展開。するとその時、右サイドにはラインアウトを投げたHO(フッカー)堀江翔太、No.8(ナンバーエイト)アマナキ・レレィ・マフィ、そして松島が張っている形となった。

 そのシチュエーションを、田村は見逃さなかった。すかさずマフィにロングパスを通し、その後、マフィ→堀江→松島とオフロードパス(タックルされながらも味方につなぐパス)がつながる。そして最後は、CTBティモシー ラファエレがトライを決めた。

 前半31分も、ボールを継続するラグビーで加点する。この日が25歳の誕生日だったFL(フランカー)姫野和樹がモールからトライを奪取、スコアを29−7とし、格上フィジーを攻守で圧倒した。

 試合後、ジョセフHCはキックを封印したことについて、こう語る。

「フィジー代表相手にボールをキックして、チャンスを与えたくなかった。一方で、我々はボールキャリーもよかった。ひとりの選手を例に挙げるならば、(FL姫野)和樹は他のプレーヤーのサポートや接点でしっかりと働いていた。これも宮崎の合宿の成果だ」

 そして、もうひとつの勝因はディフェンスだろう。ジェイミー・ジャパンは強豪相手に善戦してはいるものの、ウェールズ代表戦やイングランド代表戦では30失点以上していた。だが、フィジー代表戦では相手を3トライ、21失点に抑えたことが大きい。

 日本代表はフィジー代表と比べ、平均身長で5cm低く、平均体重も5kg以上軽い。そんな相手をどう止めるか、リーチいわく「人生で一番つらかった」地獄の宮崎合宿で練習を重ねた。オフロードパスを出させないように相手の腕をかかえるようにタックルしたり、自陣のゴール前ではふたりがかりで相手の上半身にタックルする「ダブルショルダー」で止める練習も行なった。

 激しいディフェンスによって、自陣のゴール前では相手のノックオンを何度も誘った。また、後半15分の松島のトライの前も、ラファエレの前に出る激しいタックルでチャンスを掴んだものだ。「ディフェンスがよかった。(100点中)85点くらい」。ディフェンスリーダーの中村はそう語る。

 7カ月ぶりの実戦復帰となったキャプテンのリーチに、「チームとして一番成長できた点」について聞くと、後半21分にトライを奪われて34−21となった直後の行動にあったと言う。「どちらに転ぶかわからない状況になった時、リーダー陣が固まってチームの方向性をしっかり決めることができた」。

 この試合では、初キャップとなったFLピーター・ラピース・ラブスカフニがゲームキャプテンを務め、同じく初めて桜のジャージーに袖を通したLO(ロック)ジェームス・ムーアもフル出場で身体を張った。また、社会人2年目のPR(プロップ)木津悠輔も初キャップを獲得し、38歳のベテランLOトンプソン ルークも2年ぶりに代表復帰を果たすなど、選手層はさらに厚くなったと言える。

 PNCは残り2試合(トンガ戦@8月3日、アメリカ戦@8月10日)。W杯仕様の新ジャージーを着た日本代表は、釜石の地で好スタートを切った。