日本史上初の快挙だ。 世界水泳の競泳の3日目、松元克央が男子200m自由形決勝で日本記録を更新する1分45秒22で銀メダルを獲得した。五輪、世界選手権を通じてこの種目、日本人初のメダル獲得の快挙だ。自己記録を更新して、200mバタフラ…
日本史上初の快挙だ。
世界水泳の競泳の3日目、松元克央が男子200m自由形決勝で日本記録を更新する1分45秒22で銀メダルを獲得した。五輪、世界選手権を通じてこの種目、日本人初のメダル獲得の快挙だ。
自己記録を更新して、200mバタフライで銀メダルを獲得した瀬戸大也
日本中で自由形を専門とする選手たちに、夢を与えるレースだったと思う。
松元は前日の準決勝で自己ベストを更新し、1分45秒56の4位タイで決勝進出。準決勝で宣言どおりに狙って自己ベストを出したところに、彼の好調さと勝負強さを感じていた。
迎えた決勝、私も歴史的瞬間が訪れることを予感しながら見ていた。
強豪が揃うレースの中、松元は前半の100mを準決勝より0秒59上げる50秒91の2位でターンする。100m~150mで力を貯めるのが松元のレースパターンだが、この日もここで一旦ペースを落とし、準決勝と同じ27秒8で様子を見る。そこから一気にラストスパートで最後の50mを全体でも2番目に速い26秒50でまとめ、見事銀メダルを勝ち取った。
松元が銀メダルを取れた要因は、スピードと持久力の両方を持ち合わせていることだ。
松元は100mでも48秒52というレベルの高い記録を持っているからこそ、前半を50秒台で折り返せる。持久力を活かしたラスト50mのスパートも、今シーズンは高地トレーニングも行ない強化してきた。
ケガの功名もあった。もともとクロールのストロークに左右差があるタイプで、負荷のかかっていた右肩を今シーズン始めに痛めてしまう。治療のためトレーニング開始は約2カ月遅れたが、それを機に左右の筋肉をバランス良く使うトレーニングも導入した。結果、ストロークの左右差もなくなり、泳ぎのバランスも良くなった。
片手ずつ動かす背泳ぎやクロールでは、ストロークの左右差をなくすことは重要で、左右差がなくなれば1ストローク中の速度変化が小さくなり、結果、平均速度も上がってくるのだ。
結果はすぐに表われ、トレーニング開始が遅れたにも関わらず、4月の日本選手権で自己記録を更新した。
自由形の難しさは、競泳種目の中でいちばん速い種目であり、世界中のスピード、パワー自慢が集まる競争が激しい点にある。それはエントリー数を見ても明らかだ。
人数が多い分、予選、準決勝、決勝と勝ち進むうえで、必要となるタイムもレベルが高くなる。自由形とバタフライの両方をやっていた私の感覚でいうと、バタフライは予選で余力を持って泳げるが、自由形はいつも予選から全力、という感じだった。つまり予選から速いタイムで泳げる、スピードとタフさの両方求められるのだ。
私ももともと自由形が専門の選手だった。初出場のアテネ五輪で自由形とバタフライの両方に出場し、400m自由形では決勝に残ったが、世界の自由形のレベルの高さを実感した。同時に、五輪でメダルが獲れない悔しさも味わい、それ以降、よりメダルに近い200mバタフライに重きをおくようになった。
200mバタフライでは世界選手権でも五輪でもメダルを獲ったが、自分が子どものころから大好きだった自由形で、五輪や世界選手権でメダルを獲りたいという夢はいつまでも心の片隅にあった。
リオデジャネイロ五輪ではバタフライでの出場を逃した分、4×200mフリーリレーでメダルを獲ることに全力をかけた。最後のオリンピックで、自分の原点である自由形で、信頼できる後輩たちとメダルに挑戦できたことは幸せだった。
リオでメダルを獲れたことで、自由形の重たくて分厚い扉を一つ開けることができたとは思っている。それから3年、まさかこんなに早く自由形短距離の個人種目でメダルを獲る選手が現れるとは、思ってもいなかった。来年の東京五輪、松元がこの種目でメダルを獲得すれば、自由形個人種目では60年ぶりの快挙となる。
今大会、松元はまだ4×200mリレーも残っている。この種目でもチームメイトと共に奮闘してほしいし、今後200m自由形、さらに4×100mリレーも含めて、日本の自由形を牽引していってほしい。日本の自由形が今後どこまで強くなれるのか、非常に楽しみだ。
4日目は、日本のキャプテン、瀬戸大也が連日のメダル獲得をもたらしてくれた。
男子200mバタフライ決勝、瀬戸は自己記録を更新する1分53秒86で銀メダルを獲得した。
なかなか1分54秒の壁を突破できなかった瀬戸だが、ついに1分53秒台に突入し、順位も前回大会よりひとつ上げた。
レース展開はハンガリーのクリストフ・ミラークとロンドン五輪の金メダリスト、チャド・レクロスが前半を52秒台で入る高速レース。それに引っ張られる形で瀬戸も前半から速いラップを刻む。
瀬戸は150mのターンをミラーク、チャド、イタリアのフェデリコ・ブルディッソに次いで4位の1分23秒44で回る。最後の50mは30秒42と流石に少しペースが落ちたが、もっとペースの落ちたチャド、ブルディッソを抜いて銀メダルとなった。
瀬戸がこの異常に速いレース展開の中で粘り切れた理由は、約2年間、どんなレースでも常に前半から攻めるレースを、個人メドレーでもバタフライでも徹底して続けてきたことだろう。その度に「後半バテるかもしれない」という恐怖と戦うことになるし、実際に前半から攻めることによって、必然的に後半は体が苦しくなり追い込まれる。それに耐えることは何よりのトレーニングになっていたはずだ。2年間の地道な努力が実を結んだ瞬間だった。
一方、ハンガリーのクリストフ・ミラークは、1分50秒73と驚異的な世界記録を樹立した。
以前の記録は、”水の怪物”マイケル・フェルプスが、2009年の世界選手権で記録した1分51秒51だったが、これはいわゆる高速水着時代のもの。しかし、10年間破られなかった記録を、いとも簡単に0秒78更新した。2位の瀬戸に3秒の差をつける圧倒的なタイムだ。
前半の100mの52秒88という入りも驚異的だが、後半の100mのラップタイムが57秒85で、後半の100mだけで瀬戸よりも2秒速い。
ミラークは100mバタフライでも50秒62というすばらしいタイムを持っており、今大会は100mバタフライ前回大会チャンピオンの、ケイブ・ドレセルとの対決も楽しみだ。
身長190cm、リーチ200cmの19歳の身体はまだ筋量も少なく見えるし、今後まだまだ記録を伸ばしそうだ。とんでもない選手が出てきた。
世界水泳の競泳の日程は折り返しを迎え、残り4日間となった。日本は現時点でメダル2つと苦戦が続いている。何より寂しいのは自己記録を更新している選手が少ないことだ。
厳しい派遣標準記録を突破してきている選手たちばかりだからこそ、自己記録を更新した選手は、決勝進出やメダル獲得など目標達成につながっている。原点に立ち返り、まずは自分の記録を更新することに集中してもらいたい。それができなければそもそも勝負のステージにすら立てないのだ。
今日は男子200m平泳ぎに、世界記録保持者の渡辺一平が登場する。瀬戸大也の200m個人メドレー決勝も行なわれる。連日のメダル獲得に期待したい。自己記録を更新できれば、目標を達成することができるだろう。