午後の幕開けはジュニアの望月慎太郎だった。男子シングルス決勝の舞台、新装になった1番コートに望月が立った。日本男子が四大大会ジュニアのシングルス決勝を戦うのは初めてだ。この望月、6月に16歳に…

午後の幕開けはジュニアの望月慎太郎だった。男子シングルス決勝の舞台、新装になった1番コートに望月が立った。日本男子が四大大会ジュニアのシングルス決勝を戦うのは初めてだ。この望月、6月に16歳になったばかりで、先の全仏が四大大会ジュニアデビュー戦だった。盛田正明テニス財団のサポートを受け、米国IMGアカデミーでプロを目指す。

スペインの18歳に完勝すると、観客の拍手にお辞儀で応えた。今大会では毎回その姿が見られた。そう言えば、アカデミーの先輩錦織圭も「慎太郎からのインスパイア」で4回戦の試合終了後にペコリと頭を下げた。

記者会見は英語による質疑応答から。大観衆の前でプレーした感想を聞かれると「僕はシャイなので……」と笑いを誘った。アカデミーでは家庭教師について勉強しており、しっかり受け答えした。日本語の質問に移り、日本男子初の快挙について聞かれると、こう答えた。

「快挙なんて実感はなくて、ウィンブルドンに限らず、大会を優勝できたことは自分の成長だと思います」

浮き足立つメディアを尻目に、16歳はあくまでも冷静だ。もちろん、将来に向けて大きな優勝となった。「こういう大会でトップと戦えたり、実際、勝っているのは自信にはなっています。調子に乗るのは絶対よくないと思うので、自信にして、頑張りたい」勝っておごらず。試合も見事だったが、そのあとも素晴らしかった。

車いすテニスの国枝慎吾のシングルス決勝には大記録がかかっていた。単複での四大大会全制覇、すなわち生涯グランドスラムだ。その栄誉まで、残すはウィンブルドンのシングルスのみ。第1セットを先取した国枝だったが、グスタボ・フェルナンデス(アルゼンチン)の「尋常でないレベル」のプレーに屈した。バックハンドの改造など周到な準備で初タイトルを狙ったが、またも夢破れ、「こちらのテクニックもパワーで粉砕されてしまった」と脱帽した。

悔しくないはずはないのだが、国枝はいつものように冷静に試合を振り返った。なぜ、そんなにさっぱりした態度でいられるのか、直球の質問を投げた。

「まず、どんな試合でも全力を尽くしているので、後悔はないかな。もちろん『ああすればよかった』というのはあとに出てくるんですけど、そのときそのときで全力を尽くしているので、握手する瞬間には、ある程度、さっぱりしているといえばさっぱりしてますし, あとは、まだやることがあるな、と冷静にとらえ、前を見なきゃいけないなという思いはあります。もちろん、今週いっぱいは、ふとしたときに悔しさは出てくる。風呂に入っているときに『あーあ』とか、ため息ついたりしますけど(笑)」

敗戦後でもサービス精神を忘れていない。それにしても、「握手する瞬間には」という言葉にはゾクッとした。王者国枝の、王者たるゆえんを垣間見た。

男子シングルス決勝は第1シードノバク・ジョコビッチ(セルビア)と第2シード、ロジャー・フェデラー(スイス)という、レジェンド同士の大一番となった。今大会のトピックスの一つが、最終セットが12-12でタイブレークに入るとするルール改正だったが、最後の最後に新ルールが初めて適用された。

所要時間4時間57分はシングルス決勝での最長試合となった。これまでの記録は、ラファエル・ナダル(スペイン)がフェデラーを破った2008年の決勝。空前絶後の試合と思われたが、11年後にまたもフェデラーがすごい試合を見せてくれた。もちろん、2度のマッチポイントを切り抜けたジョコビッチもすごい。

フェデラーの準優勝インタビューが泣かせた。その前に、進行のスー・バーカーさんとのこんなやりとりから。

バーカー「忘れられない決勝戦になりました」

フェデラー「僕はできるだけ忘れたいけど」

国枝と同じで、王者はサービス精神も旺盛なのだ。敗戦の直後だったが、笑いをとって気分もほぐれたか、口調は滑らかだった。

「ほかの人に『37歳でも、まだ終わっちゃいない』と信じらてもらえる機会を与えられたらいいね。すべて出し尽くし、まだ僕はここ立っている。ほかの37歳もこうであったらいいよね」

このユーモアが、惜敗に泣くフェデラーファンをなぐさめただろう。千両役者、ここにありだ。

望月の試合が始まったのが午後1時過ぎ。ジョコビッチが優勝カップを抱いてコートを出たのが7時20分くらいだったか。筆者にとっても、長く、極めて濃密な午後だった。


(秋山英宏)

※写真は「ウィンブルドン」試合前のフェデラーとジョコビッチ

(Photo by Clive Brunskill/Getty Images)