ビーナス・ウィリアムズ(アメリカ)によく似た子--。 日本のテニス関係者の間でも、彼女はそんな形容句で、早くから知られていた。 2年前の、フレンチオープンのことである。世界各地域の予選を勝ち抜いた18歳以下の少女で競われる、ジュニア部門の…

 ビーナス・ウィリアムズ(アメリカ)によく似た子--。

 日本のテニス関係者の間でも、彼女はそんな形容句で、早くから知られていた。

 2年前の、フレンチオープンのことである。世界各地域の予選を勝ち抜いた18歳以下の少女で競われる、ジュニア部門のワイルドカード予選。その決勝で日本の永田杏里と対戦したのが、スラリと伸びた細い手足と、ポーカーフェイスが印象的なアフリカ系アメリカ人の少女だった。



ビーナスを破って一躍時の人となった15歳のコリ・ガウフ

 プロ顔負けの高速サーブを叩きこむプレーも関係者を驚かせたが、それ以上の衝撃は、彼女が13歳ということだった。当然ながら、まだプレーに粗さはある。時には、成長過程の長い手足を、本人も持て余しているようでもあった。

 試合は、17歳の永田が6−4、6−4で勝利。それでも、「ココ」の愛称で家族等から呼ばれるコリ・ガウフ(アメリカ)は、末恐ろしい13歳として、その存在感を示した。

 この当時、関係者から聞いたガウフの話に、次のようなものもあった。

 試合前の練習やウォームアップでも、彼女は浮かれることも極度な緊張状態に陥ることもなく、淡々と、プロ選手たちのような真剣さと集中力で取り組んでいたという。

 父親はアメリカの大学リーグでレギュラーを張ったバスケットボール選手で、母親は陸上と体操で活躍。そのような環境面でのアスリートの資質もあるだろうか、まだ10代前半の少女のテニスに取り組む姿勢は、それだけで周囲の目をひいたという。

 その4カ月後、彼女は全米オープンジュニアで準優勝すると、昨年のフレンチオープンジュニアでは史上4番目の若さで頂点に。以降は一般のプロ大会にも出場し、わずか1年でランキング200位台にまで駆け上った。

 そして、今回のウインブルドンでは予選の3戦をすべてストレートで快勝し、本戦への切符を勝ち取る。15歳3カ月での予選突破は、グランドスラムがプロに門戸を開いた1968年以降のウインブルドン最年少記録である。

「ウィリアムズ姉妹がいなければ、今の私はいなかった」

 大坂なおみもしばしば口にするこのフレーズは、大坂より6歳若いガウフが語る、彼女の原点でもある。

 幼少期から外見的特徴が似ていることもあり、彼女はビーナスと比較されてきた。プレースタイルも当然のように酷似して、とくにバックハンドを打つ後ろ姿は、ビーナスと見間違うほどだ。

 そんな彼女は10歳の時、セリーナ・ウィリアムズ(アメリカ)のコーチが経営する、フランスの「パトリック・ムラトグルー・テニスアカデミー」の入学トライアウトを受けた。

「僕が今でも、よく覚えているのが……」と、ムラトグルーが当時を述懐する。

「彼女の覚悟と高いアスリート能力、そしてファイティングスピリッツだった。彼女が『私は世界1位になる』と言った時、その言葉を信じることができた」

 それから5年後。15歳で初めてグランドスラム本戦に出場したガウフは、初戦でビーナスと対戦する。

「ココにとってはもちろん、ビーナスにとっても、すばらしい対戦になると思う。だって、私はココを見るたび、ビーナスみたいって思っていたんだから」

 ビーナスの妹のセリーナも、ふたりの運命的な対戦に感慨深気な笑みを広げた。

 39歳の大会最年長者と、15歳の最年少者の注目カードは、会場で2番目に大きいナンバー1コートの最終試合に組まれる。この地で過去5度の優勝を誇る、ビーナスに向けるファンの敬意は絶大だ。同時にガウフに対しても、同等の声援が期待として向けられた。

 1万5千人に迫る観客が暖かな視線と拍手を送るそのコートで、15歳は臆することなく、自らの「アイドル」に立ち向かう。第1セットの第5ゲームでは、快足を飛ばしてビーナスのドロップショットをロブで切り返すという、高いアスリート能力と判断力を示してみせた。さらには、ビーナスの時速190キロ超えのサーブを鋭く切り返し、このゲームをブレークする。

 第2セットも、相手のダブルフォルトに乗じて先にブレークした15歳は、凛とした表情を崩さず、静謐なまでの集中力を維持したまま、フィニッシュラインへと迫っていった。手にした3本のマッチポイントは女王の意地に阻まれるが、4度目のチャレンジで相手のショットがネットにかかる。

 その瞬間、両手で顔を覆い、その場にしゃがみこんだ勝者は、すぐさまネットへ駆け寄り握手を交わすと、握りしめた憧れの人の手を、しばらく離そうとはしなかった。

 金星の余韻に浸ることなく2回戦も快勝したガウフは、3回戦では相手が多用するスライスと遅いペースの打ち合いに戸惑いながらも、2本のマッチポイントをしのぎ、逆転勝利を掴み取る。

 その3日後--。テニスの聖地を舞台としたシンデレラ・ストーリーは、4回戦で元世界1位のシモナ・ハレプ(ルーマニア)に敗れることで、一旦の終止符が打たれた。

「彼女は、どこまでも上に行けると思うわ」

 ビーナスは、ガウフの未来に限界はないと言い、セリーナは「私からの助言なんて何もない。彼女はすでに正しい道を歩んでいる」と、明るい将来を予見した。

 新しい物が好きな周囲は、新星の出現に色めき立つ。だが、地に足をつける若きプロテニスプレーヤーは、自分の現在地を誰よりも理解しているようだ。

「私はまだ15歳。テニスを始めたのは6歳で、まだ自分のテニスを確立すらしていない。この先もっと努力をすれば、どれだけのことが成し遂げられるのか? そのことにワクワクしているの」

 彼女が、未来に対して抱く興奮--。それはこの先しばらく、テニス界全体が共有していく、胸の高鳴りだ。