「ランキングが低いほうが……」 そこまで言うと、彼女はフッと自嘲的な笑みを漏らし、しばし言葉を切った後にこう続けた。「これって、とんでもないことよね? 私は世界2位で、それを”低いランキング”なんて言ってるんだから」世界2位としてウインブル…

「ランキングが低いほうが……」

 そこまで言うと、彼女はフッと自嘲的な笑みを漏らし、しばし言葉を切った後にこう続けた。

「これって、とんでもないことよね? 私は世界2位で、それを”低いランキング”なんて言ってるんだから」



世界2位としてウインブルドンに臨む大坂なおみ

 今年1月の全豪オープン優勝で世界1位に上り詰めた大坂なおみは、その地位に約5カ月君臨し続けた。

だが、在位中は苦しい戦いが続き、ウインブルドン前哨戦のネイチャーバレー・クラシック(バーミンガム)も2回戦で敗退。大坂が早々に去った同大会を、先の全仏オープン女王のアシュリー・バーティ(オーストラリア)が制した時、両者のランキングは入れ替わった。

 大坂の世界1位連続在位は、21週。彼女が、2位の地位をごく自然に「低いランキング」と述べたのは、1位であることがすでに心身に染みつき、同時にその肩書がいかに大きな呪縛となっていたかを物語ってもいるだろう。

「1位であることのストレスやプレッシャーは、私の想像をはるかに凌駕していた」と、大坂は今になって告白する。

 全仏オープンを第1シードで迎えることを切望した彼女だが、その地位は、極度の緊張と眠れぬ日々を21歳の若い女王にもたらした。

全仏オープンの3回戦で敗れた時は、「10段階で100」という深い落胆に陥るも、同時に「ほっとしている。これでようやく、プレッシャーから開放される」と本音もこぼした。全仏では会見時の表情も固く、いつものユーモアあふれる発言も封印気味。

 それから、3週間後。

「フレンチオープンでの私は、会見であまり話すこともできなかった。みんな、寂しかったでしょ?」

ウインブルドン開幕を控えた会見で、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 大坂の表情が柔らかくなったのは、矛盾した物言いのようだが、ウインブルドンの芝のコートに彼女が苦手意識を抱いていることも一因だろう。

「現時点で、芝は私にとって一番難しいサーフェス(コートの種類)。初めてプレーしたのが16歳の時だし、1年でたったの3週間しかプレーする機会もない。今でも毎日が勉強だし、他のコート以上に脳を働かせないといけないと感じる」

 ランキングや実績にそぐわぬ初々しさを言葉ににじませる彼女は、質疑応答の文脈とはやや離れ、この日の練習時に感じたことを自ら語りだした。

「今日、思ったことがあって。マディソン・キーズ(アメリカ)と練習してた時に、『彼女ってすごい才能!』って思ったの。マディソンは、難しいことをいとも簡単にやってのける。その時にあらためて気づいたのが、私がグランドスラムで優勝できたのは、人より努力したからだということ。

 人々が私のことをどう思っているかはわからないけれど、私は天性の才能に恵まれたタイプではない。私はハードワーカー。それが今日、学んだことだった」

 24歳のキーズは現在16位で、2017年の全米オープン準優勝者。両者は似たプレースタイルと見なされ、何かと比較されることも多かったが、そのキーズとの練習を通じ、大坂は「自分の原点」に立ち返ったと言った。

 具体的には、自信を持って放ったサービスリターンを、キーズに事もなげにコーナーに打ち返された時に感じたという。「芝のコートで、どうポイントを組み立てるか」に頭を悩ましている彼女の目に、相手のその姿はなおのこと、天与の才と映ったのだろう。

 そしてだからこそ、「自分は努力しなくてはいけない」との覚悟を新たにした。

 テニスにおいて、生まれ持った才能やセンスが重要だと言われるプレーに、「スライス」がある。その真偽はともかくとして、逆回転がかかりバウンド後に低く滑るこのショットが、芝で威力を発揮することは確実だ。

 そして、バーミンガム大会の2試合で、大坂の対戦相手はいずれもスライスを多用してきた。相手選手のコーチが、「スライスが効果的だ。もっと使っていこう」と指示したように、大坂がスライスに手を焼いていたのは、誰の目にも明らかだ。

 敗れたユリア・プチンツェワ(カザフスタン)戦も、スライスを無理に打とうとしては、ミスを重ねた末の敗戦。試合後の大坂は、「まともに自分の考えを話せる状態ではなかった」ため、罰金を承知のうえで会見を欠席したほどに、深く落胆した。

 その失意の敗戦から、わずか10日後……。迎えるウインブルドン初戦で、大坂はプチンツェワと再戦する。だが、その短い時間は、いくつかの重要な変化と教訓を大坂にもたらした。

 2位になることで、「想像をはるかに上回る重圧」から解き放たれた。

「自分は才能型ではなく、努力型だ」との立脚点を再認識もしている。

 一度上り詰めた頂点から、少しばかり視線を下げて目にする新たな景色のなかで、彼女がどのような戦いを見せるのか? それは、多くのファンやテニス関係者にとっても、興味深く楽しみなチャレンジになる。