レース本番を前に、フリープラクティス(公式練習)が行なわれたこの日、室屋義秀は黒いパーカーのフードを頭からすっぽりとかぶり、寒さに震えていた。「ハンガーにいると、体が冷えちゃうから、お茶でも飲んで温まろうかと思って」 現地時間6月15…
レース本番を前に、フリープラクティス(公式練習)が行なわれたこの日、室屋義秀は黒いパーカーのフードを頭からすっぽりとかぶり、寒さに震えていた。
「ハンガーにいると、体が冷えちゃうから、お茶でも飲んで温まろうかと思って」
現地時間6月15日、16日に、レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ第2戦が行なわれたロシア・カザンは、その期間中、目まぐるしく天候が変化した。
開幕戦に続き、第2戦も制した室屋
photo by Armin Walcher / Red Bull Content Pool
各チームが現地入りしたときには、気温30度を超える酷暑に見舞われながら、フリープラクティスが始まると一転、15度程度までしか上がらず、寒風が吹きつけた。
また、レースが始まってからも、予選日こそ穏やかな天候に恵まれたものの、レース日当日は、厚い雲がレーストラック上空を覆い、時折雲の隙間から太陽が顔を出したかと思えば、突如激しい雨が降り出すこともあった。
カザンのレーストラックは、ただでさえ直線部分が少なく、旋回が続く難コース。そこに天候の変化が加われば、パイロットの悩みはさらに膨らむ。レースに臨む各チームには、さまざまな状況を想定し、コースの攻略作戦を立てておく必要があった。
結果から言えば、室屋は開幕戦に続いて第2戦も制し、チャンピオンシップポイントを2位と9差の53ポイントにした。開幕戦とは異なり、予選でのポイント獲得こそならなかったものの、レース全体を通じてバラつきのない安定したフライトは際立っていた。
果たして、難コース攻略のポイントはどこにあったのだろうか。
見た目にわかりやすいのは、最後のフラットターン(水平方向の大きなターン)である。ゲート15、16と通過した後、Uターンするように大きく旋回して180度方向を変え、フィニッシュゲート(ゲート15と同じゲート)へ向かっていく。その速さによって、大きくタイムが変わってくるというわけだ。
実際、予選でトップに立ったミカ・ブラジョーは、ここで限界ギリギリの完璧なフラットターンを決め、このセクターだけで、他のパイロットたちに0.5秒前後の差をつけている。
また、室屋にしてもファイナル4のフライトでは、「あそこは目一杯攻めた。インコレクトレベルになるギリギリで通過しているし、Gもペナルティギリギリまでかけた」。その結果、「0.2秒くらい稼いだ。その分がなかったから、勝っていなかった」。
その一方で、可能な限りの最短距離でターンし、タイムを稼ごうとするパイロットが多かったゆえ、ゲート16通過時にインコレクトレベル(水平に通過しない)やオーバーG(最大重力加速度制限の11Gを超える)のペナルティも多発した。
室屋のファイナル4にしても、まさにペナルティと紙一重。肉眼では、その瞬間、インコレクトレベルだったように見えたほどだ。
なるほどゲート16のフラットターンは、タイム短縮のカギではある。だが、そこでのタイム短縮は常にペナルティのリスクと背中合わせであることを考えると、そこにフォーカスすることは、安定して勝ち上がるためには得策ではない。
ならば、本当のカギはどこにあったのか。
「とにかくポイントは、(ゲート)3から4」
室屋がフリープラクティスを前に紅茶をすすりながら、あるいは予選のあとに話した時にも、何度か口にしていたのが、そんな言葉だった。
その意味を、室屋はこう説明する。
「たとえば、ゲート5をどういう角度で通過してシケインに向かうかで、シケインでのスピードの乗りが時速10kmくらいは変わってくる。でも、実はそのために重要なのが、ゲート3から4をどう飛ぶか。それ次第でゲート4から5も変わってくるし、ゲート5からシケインも変わってくる。だから、3から4をいかにうまく飛ぶか。そこで全部が決まってくる」
室屋によれば、「そこでのラインの取り方が、ほんの2、3mズレるだけで、タイムが1秒くらい変わってくる」。だから、「かなり繊細なコントロール」が求められた。
しかも、予選からずっと同じ方向に吹いていた風が、ラウンド・オブ・14からラウンド・オブ・8の間に、180度向きを変えた。それにより、ゲート3から4の間では、「それまでは外側に膨らむ風だったのが、内側に押される風になった」と室屋。「内側に入ってしまうと、タイムが落ちてしまうので、同じラインをキープするための微妙なさじ加減がかなり難しかった」。
だが、そうした条件の変化に対応しながら、室屋がこの難コースを攻略していったことは、結果にも表われている。室屋は予選も含めた各ラウンドで、驚異的なスーパーラップこそ記録しないものの、確実に相手を上回るタイムで勝ち上がっていった。
とりわけ、室屋の安定感が際立っていたのは、ラウンド・オブ・8だった。
前述したようにフライト直前に風向きが変わり、新たな風の状態で飛ぶのは、ラウンド・オブ・8が初めて。つまりは、ぶっつけ本番だった。しかも、相手は予選トップのブラジョー。室屋は「ミカはフリープラクティスからずっと速かったので、ここは一発勝負でタイムを出しにいこうと思った」。
すると、ブラジョーがインコレクトレベルのペナルティを2度も犯すなど、バタついたフライトに終始したのとは対照的に、室屋がラウンド・オブ・8全体でトップとなるタイムを記録した。
室屋は巧みな技術で機体を操り、逆方向に変わった風のなかでも、カギとなるゲート3から4の間でベストラインを外すことはなかった。
「今回のレースのなかで一番厳しかった」という”事実上の決勝戦”を制した室屋は、完全に勢いに乗った。ファイナル4では「ミスのない100点のフライト」で、2位のマット・ホール以下を抑えると、2戦連続で表彰台の真ん中に駆け上がった。
2連勝を飾ってポイントランキング首位をキープ
photo by Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool
ゲート3から4を制するものがレースを制す――。室屋は、そして室屋が所属するチーム・ファルケンは、鮮やかに難コースの攻略ポイントを探り当て、それを確実に実行して見せた。
すると、この日はずっと気まぐれだった天候も、最後は室屋を祝福してくれた。表彰台のあるレースエアポートは、レース終盤は雨模様だったにもかかわらず、表彰式が始まると、にわかに西日が差し込んだ。
まるで、その瞬間を待っていたかのように、優勝カップを掲げる勝者を自然のスポットライトが明るく照らし出していた。