ノバク・ジョコビッチ(セルビア)の苦闘は5日の水曜日から始まった。この日はほぼ1日雨で、待たされたあげく、アレクサンダー・ズベレフ(ドイツ)との準々決勝は翌6日に順延された。ズベレフには勝った…

ノバク・ジョコビッチ(セルビア)の苦闘は5日の水曜日から始まった。この日はほぼ1日雨で、待たされたあげく、アレクサンダー・ズベレフ(ドイツ)との準々決勝は翌6日に順延された。ズベレフには勝ったが、休養日なしで7日にドミニク・ティーム(オーストリア)と準決勝を戦わなくてはならなかった。そして、これも天候不良で第3セット途中、8日に順延となった。

セットカウント1-1、ゲームカウント1-3から、ティームのサービスゲームで再開された。ジョコビッチはブレークバックで追いつくも、結局、セットを落とす。

第4セットは7-5で取り、迎えた最終セットは、1-4とリードを許す。次のサービスゲームがデュースとなったところで、またも降雨で中断。結果的にジョコビッチは雨に救われる形になった。1時間10分後に再開、ブレークに成功して3-4としたときは、そろそろ常勝の王者がペースを握るかと思われた。

ところが最後に笑ったのはティームだった。昨年に続く決勝進出。もう一度、ラファエル・ナダル(スペイン)に挑む権利を得た。

両者はミスが相次ぐ、異様な試合だった。ジョコビッチもティームも、この二人のレベルでは考えられないようなミスの多さだった。

ジョコビッチのアンフォーストエラーは5セットで53本。特に最終セットは19本まで増えた。一方、ティームのアンフォーストエラーは60本。もつれた第3セットは17本、緊張感で腕が振れなくなった第4セットは18本とミスの山を築いた。

1日前のこのコラムで「大演説」をぶったが、強風は選手の大敵だ。とにかくフラストレーションが溜まる。ジョコビッチの崩れたリズムは24時間に満たないインターバルでは戻らなかった。

ストロークでラケットが振り切れない。だから、次善の策というより、やや苦しまぎれにネットを取るのだが、これが失敗だった。第1セットは8回ネットを取って、獲得したのはわずか1ポイント。第3セットは20回で8得点、第5セットは17回で10得点、トータルでは71回ネットに出て35得点と、得点率50%を切る惨憺たる結果だった。

ティームが20回ネットに出て18得点したのと対照的だった。いや、これくらいの得点率がある意味、標準的なのだ。ストローカーの両者にとって、確実にポイントに結びつく状況にしてネットに出るのが常道だ。ジョコビッチがこれだけネットに出たのは、ティームとの打ち合いを避けたという意味合いが強い。さらに言えば、ベースラインでのプレーがしたくなかった、という消極的な理由もありそうだ。

ジョコビッチはベースラインでプレーが決着した183ポイントのうち、自身の得点は90にすぎなかった。ジョコビッチは強風でリズムを崩した前日のプレーに関して「最悪のコンディションだった」と嘆いた。ベストのプレーができる状況ではないとしてスーパーバイザーに相談したが、聞き入れてもらえなかったという。ジョコビッチが続けた。

「彼は『物が飛んできたわけではない』と言った。だが、最初のゲームで傘が飛んできたんだ。傘は飛んできた物ではないとでも言うのだろうか」

それでも「ドミニクは大事なところでいいプレーをした」と相手を称えたのが、王者のせめてものプライドだった。強風下の試合でショットに狂いが生じ、修正が効かないまま試合終了となった。

一方、ティームは勝ちビビリに悩まされた。第4セットは武器のバックハンドの強打が崩れた。明らかに緊張からくるものだ。それでも、地面を這うようなスライスでジョコビッチの攻撃を防ぎ、相手がネットに出てくると思いきりのいいパスを見舞った。ジョコビッチのボレーとの攻防について、ティームはこう話している。

「こんな風の中でボレーやネットプレーをうまくやってのけるのはキツイはずだ。特に風下のときは。だから僕は、(相手をネットに出させるために)球脚が短く、あまり弾まないスライスを打っていった。これはいい作戦だった」

ジョコビッチに自信があれば、誘いに乗ることはなかっただろう。より甘いボールが来るまでベースラインで打ち合ったはずだ。しかし、ジョコビッチにその余裕はなく、ネットに出てはパスを抜かれる場面が続いた。

ただ、試合は簡単には決着しなかった。最終セット5-3でティームはマッチポイントを2本逃す。

「風上でサービング・フォー・マッチだったのだから、落としたのはキツかった。マッチポイントでは受け身になりすぎていた。大きかったのは5-5からのサービスゲームだ。風下だったが、いいプレーでキープできて、また気合いが入った。次は風上からのリターンゲームだったので、チャンスがあると思えた」

緊張感の中、今度は前のセットの轍を踏まなかった。明らかに両者の最高の出来ではなかった。メンタル的にもぎりぎりだった。ジョコビッチは昨年のウィンブルドンから四大大会3連覇を果たし、26連勝中。ティームも昨年の全仏で準優勝、2017年には準々決勝でジョコビッチを破っている。その両者でも、自然条件に邪魔されると、これだけ苦しむのだ。

もちろん、グランドスラムの準決勝だからというのも大きい。会心のプレーではなかったから、こそグランドスラムの怖さ、タイトルの重さと、彼らの思いの強さの伝わる試合となった。

(秋山英宏)

※写真は「全仏オープン」でのジョコビッチ(右)とティーム(左)

(Photo by Jean Catuffe/Getty Images)