すさまじい風だった。トッププレーヤーが、これだけボールを打ち損なったり、コートでたたらを踏んだりする光景は目にしたことがない。いつぞやの錦織圭(日本/日清食品)−ジョーウィルフリード・ツォンガ…

すさまじい風だった。トッププレーヤーが、これだけボールを打ち損なったり、コートでたたらを踏んだりする光景は目にしたことがない。

いつぞやの錦織圭(日本/日清食品)−ジョーウィルフリード・ツォンガ(フランス)戦では、フィリップ・シャトリエコートの施設の一部が風でこわれて落下、けが人も出た。そんな事故こそ起きなかったが、あの日をはるかに上回る試合への影響があったのではないか。

車いすテニスの女子シングルス準決勝を戦った上地結衣(日本/エイベックス)は「ローランギャロスでプレーして、こんなに赤土が舞う日はなかった」とあきれた。風がレッドクレーを巻き上げるのがやっかいなのだ。

スタジアムコートならともかく、小さなコートは観客の全員が風に吹かれ、砂にまみれての観戦になる。大相撲の「砂かぶり席」ならいいが、赤土の粉をかぶってもうれしくない。鼻やのどの粘膜をやられるし、なにしろ目を開けていられない。しかも時折、雨がまじった。筆者は中綿ジャケットに野球帽で防備、じっと我慢の観戦だった。

サーブのトスがぶれるのは当然のこと。ストロークでも、高い弾道のショットが風を食らえば大飛球になってしまうし、逆風なら勢いを失って止まる。針の穴を通すコントロールもなにもあったものではない。相手のボールは予測不可能の動きを見せる。伸びてきたり止まったり。子供の頃からラケットに親しんできた選手たちが、ボールとの距離感を狂わせた。

昼過ぎからの準決勝を戦ったロジャー・フェデラー(スイス)は言う。

「こういうコンディションでの練習など、やろうと思ってもできない。マインドセット、そして、足を動かすことに尽きる」

もっとも、そのフェデラーにしても、珍しくフラストレーションをため、コートの外にボールを打ち出し、警告を受けた。こういう環境下では、とにかくフラストレーションが溜まるのだ。永遠のライバル、ラファエル・ナダル(スペイン)との試合が一方的になり、風のいたずらは余計、かんに障っただろう。

ただ、心が乱れたのは一瞬だった。

「僕は受け入れた。コンディションはお互いさまだ。彼(ナダル)のほうが僕より風を受けなかったというのなら話は別だけど(笑)。難しかった、でも、受け入れた。今日は彼が信じられないようなプレーをしたんだ」

王者フェデラーは、うまく行かない自分のプレーを受け入れ、クレーコート・キングの隙のないプレーを受け入れ、3セットを戦い終えた。

心構えと言えば、上地はさすがだった。

「ここまでの風とは思ってなかったですけど、それはだれのせいでもないですし、だれでもいらいらすると思うので、落ち着いて味方につけたら有利に働くのかなと思い、いつもこういうコンディションのときは臨んでいます」

なるほど、若くして大成する選手は違う、と感心した。一方、国枝慎吾(日本/ユニクロ)はこの風とあまり仲よくできなかった。

「風をどう味方につけるか、っていうところで、彼のほうが頭よくやったかなと思います」

風でショットがぶれないように、トップスピンを強く効かせたボールで左右に振ってきた対戦相手ゴードン・リード(イギリス)をほめた。

夕方からの男子シングルス準決勝第2試合に登場したノバク・ジョコビッチ(セルビア)も風に悩まされた。

第1セットを簡単に落とし、次のセットを取り返したが、第3セットも先にブレークを許して1-3。黄信号とは言わないが、ピンチの芽が顔を出した。ところがここで雨脚が強くなり、主催者は回復が見込めないとして打ち切りを決定、翌日に順延となった。

ジョコビッチは、精神的には持ちこたえている様子だったが、悪コンディションに嫌気がさしていたことは間違いない。試合中にスーパーバイザーを呼び、何ごとか訴える場面もあった。

打ち切りが決まると、ジョコビッチは即刻、会場をあとにした。その姿を地元の放送局がとらえた。男子シングルス第1シードは、風に悩まされ、そして、雨に救われた。

(秋山英宏)

※写真は「全仏オープン」でのジョコビッチ

(Photo by Quality Sport Images/Getty Images)