「頑張ったという点では、今年のクレーコートで一番の試合でした。ずっとトライし続けたから」 元女王ビクトリア・アザレンカ(ベラルーシ)とのフルセットの激闘を制して3回戦進出を決めた大坂なおみが、満足そうに振り返った。 第1セットは1-5のスタ…

「頑張ったという点では、今年のクレーコートで一番の試合でした。ずっとトライし続けたから」

 元女王ビクトリア・アザレンカ(ベラルーシ)とのフルセットの激闘を制して3回戦進出を決めた大坂なおみが、満足そうに振り返った。

 第1セットは1-5のスタートになった。大坂はミスが早く、アザレンカがポイントを重ねた。

 アザレンカのプレーはアグレッシブで、なおかつ丁寧だった。フォアハンドのダウン・ザ・ライン、すなわち大坂のバックハンド側に高い弾道の重いトップスピンを打ち込み、大坂の返球が甘くなるのを待ち構えた。まさに小兵の奈良くるみが多用するような組み立てだ。ハードヒッターのアザレンカが大坂を警戒し、対策を練ったことが見てとれる。

 大坂に強打を許しても、スライスを使って粘った。脚を使い、腰を落とし、ボールを打つたびに声を出し、元女王が現女王の大坂に食らいついた。

 序盤に大きく離された大坂が、まったく慌てなかったことにも驚かされた。大坂にとっても「どうしてスロースタートになったのか分からない」という不本意な立ち上がりだったが、態度や表情、そのプレーにも変化はなかった。

 このセット、4-5まで追い上げる間に大坂が追撃態勢を整えた。結局、セットは落としたが、この時点で情勢はほぼ互角だったと見る。

 第2セットも簡単には進まなかった。第4ゲームでブレークポイントを逃した大坂は、第5ゲームで逆にブレークを許し、2-4まで追い詰められた。

 1回戦ではあと2ポイントで敗退のピンチがあったが、今度はあと2ゲームという土俵際。さらに第7ゲームでは、落とせば2-5になるブレークポイントもあった。

 ところが、こうした窮地にも、逆に大坂がプレーのクオリティーを上げた。

 大坂が言う。

「あるときから、スコアは関係なく、1ポイントずつやっていこうと考えた」

 よく走り、思い切りよくラケットを振った。経験の少ないクレーコートだったが、ハードコートの全米や全豪でのプレーにも遜色のない動きの速さ、ショットの精度だった。

 ポイントを落とした大坂が、背後のフェンスの方に体を向けた。記者席から見えるその表情がよかった。ラケットのストリングスに視線を落とし、集中しようと努めている。ネガティブな感情がしっかり抑制されているのが分かった。

 イージーミスに思わず「きゃっ!」と叫び声を上げる場面もあったが、感情を解き放つと、次の瞬間に気持ちを切り替えた。四大大会を2度制し、つらい敗戦もいくつか経験した21歳が、感情を完全にコントロールしていた。

 一方、トップギアで試合に入ったアザレンカも、終盤までプレーのレベルが落ちなかった。さすが元女王だ。2016年12月の出産を経て現在のランキングは43位とやや低迷しているが、ポテンシャルは当然高く、勝負をあきらめないガッツは一級品だ。

 まさしく、グランドスラムの第2週に披露されるような、高レベルの打ち合いが続いた。しかし、新旧女王のバトルを制したのは大坂だった。

 アザレンカは「頭を使ったプレーができました。いいところにボールを入れることができたし、アグレッシブに戦うことができました。よく動けたし、相手を押し込むことができたと思います」と自身のプレーを少しも悔やんでいない。そのうえで、「ただ、チャンスで押し切ることができなかっただけ」と敗因を語った。

 大坂のコメントからも冷静にゲームを進めたことが分かる。

「私のプレーは常に落ちなかったと思います。彼女のプレーがよかっただけです。彼女が疲れてくるのを待っていました」

 昨年の全米オープン優勝以降、大坂は「嵐が過ぎるのを待つ」ことを覚えた。1回戦でもこの2回戦でも窮地を乗り越え、メンタルの強さを発揮した。今の彼女は精神的に充実し、たいていのことなら持ちこたえられるように見える。

 勝利者インタビューでは、コートを指差しながら「あっちでもビビリ、こっちでもビビっていました。感情的になってしまいました」と苦笑したが、どうしてどうして、女王らしい落ち着いた試合運びだった。

 大坂は今季のクレーで一番の試合、と振り返ったが、この相手に、この舞台で、ということも考え合わせれば、キャリアの中でもベストの試合の一つに数えていいだろう。

(秋山英宏)

※写真は「全仏オープン」での大坂なおみ

(Photo by Tim Clayton/Corbis via Getty Images)