「錦織圭とジョー=ウィルフリード・ツォンガ(フランス)の対戦」で、多くのファンが思い出すのは、ローラン・ギャロス(全仏オープン)のセンターコートで行なわれた、4年前の準々決勝戦だろう。ツォンガとの9度目の戦いを制して3回戦進出を決めた錦織圭…

「錦織圭とジョー=ウィルフリード・ツォンガ(フランス)の対戦」で、多くのファンが思い出すのは、ローラン・ギャロス(全仏オープン)のセンターコートで行なわれた、4年前の準々決勝戦だろう。



ツォンガとの9度目の戦いを制して3回戦進出を決めた錦織圭

 当時のツォンガはランキング15位で、一方の錦織は、前年から描く急勾配の成長曲線の先端を走る世界5位。全盛期の躍動感にやや陰りを見せ始めていた30歳のツォンガは、急成長の季節を謳歌する25歳の錦織をホームで迎え撃った時、なりふり構わず、本来の彼とは異なる戦い方を選んだ。

ネットにも果敢に出る超攻撃テニスを身上とするツォンガが、ベースライン後方に下がり、じっくり長いラリーに持ち込む。とくに彼の弱点とされるバックハンドでは、スライスを多用してミスを減らし、逆に錦織のミスを誘った。

 また、赤土を巻き上げる強風も、試合をかき乱す因子となる。戦前に想定しただろう策とあまりに異なる展開に、錦織は「こんなに自分を見失ったのは、久しぶり」と、試合後にまつげを伏せた敗戦だった。

 その日から流れた4年の年月は、ふたりの境遇や力関係に、さらなる変化をもたらしている。

 29歳になった錦織は、手首のケガによる半年の戦線離脱を経ながらも、約5年にわたりトップ10に定着している。対するツォンガは、ひざのケガで262位まで落としたランキングを82位にまで引き上げ、完全復帰の道なかばだ。

 互いに試練を経験しながらも、それぞれの求める地点を目指す両者の行路は、今年再び、ローラン・ギャロスのセンターコートで交錯した。

 試合開始時にまばらだった客の入りは、ツォンガの現在の立ち位置を、そのまま映していたかもしれない。それでも、個々の声量と熱量の高いフランスのファンは、情熱的な声援を元世界5位の背へ送る。

 その、かつていた地位に少しでも近づこうとする34歳は、彼の武器とテニスをまっすぐ錦織にぶつけてきた。隆起した上腕をしならせ、フォアの強打を全力で左右に打ち分ける。錦織の返球が浅くなると見るや、ネットに詰めてボレーやスマッシュを叩き込む。

 そのようなツォンガのプレーを、錦織は「あまり(全盛期と)変わらない。フォアは強烈だし、攻め方はトップレベル。球が浅くなると油断できないのは、他の選手よりも恐怖というか、プレッシャーは感じます」と述懐した。

 ただ、それは換言すれば、錦織が過去8度の対戦で5度の勝利を掴むカギとなった、「ツォンガ攻略法」が有効だということだ。

 ツォンガのバックハンドは、フォアに比べ、明らかに威力も精度も落ちる。そのバックを重点的に攻めつつ、なおかつ単調にならぬよう、フォアサイドにも深く重いボールを打ち込むのが王道の策。ただ、第1セット終盤は、「バックに集め過ぎたところもあったし、自分の球に伸びもなくなった」がために、相手のバックサイドに打ったボールを、回り込まれてフォアで叩かれた。

 錦織が第1セットを失った時、徐々に数を増やしたセンターコートの観客は一層ヒートアップし、ツォンガの背を押していく。だが、相手に一気に傾きかねないその流れを、錦織は柔らかなロブでせき止め、相手のお株を奪うフォアの強打で反転させた。第2セット最初のゲームをブレークすると、そのままこのセットを奪取。

 第3セットは先にブレークを許したが、続くゲームでひとつの転換点が訪れる。

 サーブに入ろうとするツォンガが、声援が静まるのを待つ間に規定の25秒が経過し、この試合2度目のタイムバイオレーションを取られ、ファーストサーブを失ったのだ。かくして得た相手のセカンドサーブのチャンスを、錦織は逃さない。

「申し訳ないが、このチャンスを生かしたい」

 そう思った錦織は、フォアでリターンウイナーを叩き込み、即座にブレークバックに成功。その後も要所で鋭いリターンを決めた錦織が、4−6、6−4、6−4、6−4のスコアで3時間2分の戦いを制した。

 冒頭で触れた4年前の対戦が今も語り草なのは、錦織劣勢の第2セット終盤、大型スコアボードを覆う金属板が剥落し、試合が約40分中断されるアクシデントが発生したことも大きい。この中断の間に頭を整理した錦織は、再開後にはプレーを立て直し、一方的に見えた試合をフルセットの死闘に持ち込んだのだ。

その4年前の珍事に比べれば些細なアクシデントではあるが、今回の対戦での2度のタイムバイオレーションとそれに続くブレークは、この試合のひとつのターニングポイントだったかもしれない。

「あそこが、試合のカギだったか?」

くだんの場面について問われたツォンガは、しかし淡々と答えた。

「いや、それは違う。この試合の『カギ』は、レベルの高さだ。圭は立ち上がりから、すばらしいプレーをしていた。非常にハイレベルな試合だった。そして僕は、このような高いレベルの試合を長いことしていなかった。僕は持てる力をすべて出したが、今日は圭がよすぎた」……と。

 4年の年月は、さまざまなものを変える。当時はまだ若手の部類だった錦織も、今やベテランの領域に足を踏み入れた。

 ツォンガとの9度目の戦いを制した先の3回戦では、今季ツアー初優勝を掴むなど急成長中の、23歳のラスロ・ジェレ(セルビア)と初対戦する。