ロジャー・フェデラー(スイス)がレッドクレーを走り回る。それは、新鮮な光景だった。2016年の全仏オープンは腰痛のため欠場、翌17年と18年は「芝コートシーズンに備えたい」として、クレーコートシーズンをまるまるスキップした。全仏出場は4年ぶ…

ロジャー・フェデラー(スイス)がレッドクレーを走り回る。それは、新鮮な光景だった。2016年の全仏オープンは腰痛のため欠場、翌17年と18年は「芝コートシーズンに備えたい」として、クレーコートシーズンをまるまるスキップした。全仏出場は4年ぶりとなる。

 テニス界のレジェンドには申し訳ないが、全仏のフェデラーと言えば、クレーコート・キングの異名をとるラファエル・ナダル(スペイン)に挑み、敗れていく姿が最も印象に残る。だからこそ、常勝ナダルの4回戦敗退という“好機”を生かした2009年の初優勝(そして、今のところ唯一の優勝)は感動的だった。

 そのフェデラーが今また赤土の上に立っているのは、なにか不思議な光景だった。一度引退した選手のカムバックに立ち会ったような感慨があった。

 感慨は当人にも同じようにあったようだ。フェデラーは4年ぶりに出場する感想をこう述べている。 「戻ってこられてうれしいよ。ここ3年間は出られなかったわけだし、人生で何らかの機会を逃してしまったときに、それを取り戻すことができれば余計にうれしいものだよ。今回がまさにそうだ。パリに戻れて本当にうれしい」

 故障の16年は別にして、17年と18年は、みずから欠場を選んだ。プレースピードが身上のフェデラーにとって、球足が遅くラリーが長くなるレッドクレーはベストのサーフェスではない。30代後半の肉体に、心身の粘りが必要なクレーは負担が大きい。十分な調整期間をとって出場、優勝した17年全豪オープンの成功体験も、クレーコートシーズンをスキップして芝への調整に充てた理由の一つだろう。

 それでも、隣国のスイスでテニスに親しんだフェデラーには、全仏への深い思い入れがある。ジュニアの頃からの目標だった全仏の初優勝を、こう振り返る。

「いつしか僕もこの大会の一部となり、10年前には優勝することができた。夢がかなった瞬間だった」

 全仏の初優勝により、生涯グランドスラム(四大大会全制覇)を達成。その思い出の地に戻りたいという強い思いが今大会の出場を決断させたのだ。

 必ず勝てるという自信を持って臨んだわけではない。

「自分自身に小さなクエスチョンマークが付いている。自分ではいいテニスをしていると感じているが、本当のトップ選手に立ち向かうにはそれで十分なのか、そこまでは分からない」

 故障明けで17年全豪に臨んだときと似た感じだという。十分な準備はしてきたが、だからといって勝てるという確信はなく、一戦一戦がチャレンジとなる。だからこそ、「エキサイティングなトーナメントになる」と、挑戦を楽しむつもりだ。

 出足は快調だ。1回戦は1時間41分、この日の2回戦は1時間36分で、いずれもストレート勝ちを収めた。

 ファーストサーブ時のポイント獲得率は76%、セカンドサーブ時も75%と、サーブでゲームを支配。一度もブレークを許さず、3セットともワンブレークで制した。

 3セットで4度のブレークポイントを握り、そのうち3度を成功させる勝負強さ。「それが作戦なんだ。いや、冗談」と、記者たちの前でニヤリと笑った。

 力の差がある相手ということもあり、ドロップショットにサーブアンドボレー、(打球方向を見ずに打つ)ノールックショットまで織り交ぜるカラフルさだった。

 球足が遅く、長いラリーが多くなるクレーだからこそ、フェデラーのこんな技巧が見られるのだ。もちろん、相手の粘りで自分の思い通りに組み立てられない場面もある。だが、それを含めてクレーの戦いを楽しんでいるように見える。

 狙うのは10年ぶりのタイトルだ。1968年のオープン化(プロ解禁)以降、四大大会で初優勝から10年の時を経てV2を果たした選手はいない。数々の記録を打ち立てたレジェンドが、また新たな歴史を作るのか。シード順通りに勝ち上がれば、準決勝でナダルと当たる。まだ果たしていない、ナダルを倒して全仏制覇という夢をかなえるか。

(秋山英宏)

※写真は「全仏オープン」でのフェデラー

(Photo by Ibrahim Ezzat/NurPhoto via Getty Images)