2015年のF1復帰以来、初めてホンダが優勝の目の前までやってきた。 第6戦・モナコGP決勝は、ルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)を先頭とした4台の息詰まるテールトゥノーズの戦いになり、2位を行くマックス・フェルスタッペン(レッド…

 2015年のF1復帰以来、初めてホンダが優勝の目の前までやってきた。

 第6戦・モナコGP決勝は、ルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)を先頭とした4台の息詰まるテールトゥノーズの戦いになり、2位を行くマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)がハミルトンたった1台を抜けば優勝。遠すぎて想像することすら難しかった「優勝」という2文字が、まさしく目の前の現実的な可能性として存在していたのだ。



フェルスタッペンはハミルトンを必死で追いかけたのだが......

 フェルスタッペンは、ピットストップ時のアンセーフリリースと危険走行で5秒加算ペナルティを科されており、ただ抜いただけで優勝できたわけではない。しかし、ミディアムタイヤを履いて苦しむハミルトンのペースを見れば、5秒以上引き離すことは決して不可能ではないどころか、十分に可能なことだった。

 戦況を見守っていたホンダの田辺豊治テクニカルディレクターも、そのことを脳裏に思い描いていたようだ。

「早い段階で抜いていれば、その可能性はあったと思うんです。ただ、序盤はハミルトンもタイヤの状況がそれなりによかったので、抜かせませんよね。タイヤの状況を見れば、マックスのほうがよかった。早めに抜けていれば、5秒くらいのギャップは行っちゃったかもしれません」

 事前の予想どおり、モナコでメルセデスAMGは圧倒的に速かった。

 しかし、決勝では11周目のセーフティカー導入でミディアムタイヤを履き、残り60周を走りきるという戦略ミスを犯した。その結果、ハミルトンの左フロントタイヤは滑ってグレイニング(※)が発生し、表面がザラザラになってグリップ力を失った。それを最後まで保たせるために、ハミルトンは大幅にペースを抑えて走らざるを得なかったのだ。

※グレイニング=タイヤ表面のゴムがささくれて、サメ肌のような状態になること。

 そのため、ハミルトンの後ろにはフェルスタッペン、セバスチャン・ベッテル(フェラーリ)、バルテリ・ボッタス(メルセデスAMG)が数珠つなぎで続くことになった。

 ハミルトンを抜きさえすれば優勝をもぎ取ることができるということは、目の前でハミルトンの走りを見ているフェルスタッペン自身が一番よくわかっていた。

「ルイスはグリップがなくて、かなりタイヤをマネジメントしていたし、ある段階でタイヤを壊してしまってペースが落ちていた。抜くことさえできれば、僕たちのほうがかなり速いということはわかっていた。だから、ルイスにプレッシャーをかけ続けて、ミスを誘ったんだ」

 当初は抑えて走っていたフェルスタッペンも、抜くためにプッシュに切り替えた。5秒加算ペナルティが決まり、抜かなければ4位まで落ちてしまうことが確実だったからだ。

「ペナルティを受けることがわかってから、プッシュをし始めたんだ。ルイスは最初からかなりペースを抑えて走っていたけど、僕がプッシュすれば彼もプッシュせざるを得なくなるし、それによって彼のタイヤを苦しめることができるからね。それこそが、僕にとって彼を抜く唯一の方法だった」

 とくに、ミラボーからフェアモントヘアピンでペースを抑えてタイヤを守るハミルトンに、フェルスタッペンが急接近する。しかし、ポルティエを曲がってトンネルの全開区間に入ると引き離され、ヌーベルシケインでオーバーテイクを仕掛けるまでには至らない。

 残り10周を切ったところで「モード7」という通常のレースモードよりもパワフルなパワーユニットのセッティングに切り替えるが、メルセデスAMGもオーバーテイクボタンを使用することで防御するよう、ハミルトンに許可する。残り2周でフェルスタッペンがインに飛び込むのが遅すぎて、両者が接触して際どいところでクラッシュを回避するという場面もあった。

 最高速は両者ともにほぼ同等だったにもかかわらず、そうなってしまったのは、フェルスタッペンはヘアピンとポルティエの脱出で思うようにスロットルを踏み込むことができず、次の全開区間に向けて引き離されてしまったからだ。

 それは、トルクマップの選択ミスが影響していた。

「彼はターン5~6でかなりゆっくり走っていたからヘアピンではかなり接近できたけど、ターン8を立ち上がったところではもう引き離されてしまっていたから、選択肢はそう多くはなかった。残り数周になったところでオーバーテイクを試してみようと飛び込んだけど、うまくいかなかった。ピットストップ時にトルクマップを戻すのを忘れて、スタートマップのまま走ることになったので理想的な状況ではなかった」

 通常、ターボエンジンはドライバーがスロットルペダルを踏み込んだ時に、その開度とトルクの出方に差異が出る。それをナチュラルにトルクが出ていると感じられるような”味付け”をするのが、トルクマップだ。

 しかしピットイン時には、スタート発進時にどんなスロットル開度でも最高のトルクが出るようなトルクマップを用意しておき、それを選択する。言い換えれば、スロットルを踏めば常に最大トルクが出る、オンオフスイッチのような状態になるマップだ。

 フェルスタッペンは発進直後に、ピットレーンでボッタスと交錯して接触。そんな混乱のなかで、トルクマップを元に戻すのを忘れたまま、ピットアウトしていってしまった。コース上でのトルクマップ変更は許されていないため、そのまま走り続けるしかなかった。

「詳しい数字は言えないけど、かなり通常とは異なる(トルクの出方をする)マップだからね。(スロットルペダルを踏んでいくと)急にパワーが出るような感じになるんだ。最初の数周は、かなり手こずったよ」

 そんなトルクマップに数周で適応し、周囲が異変に気付かないほど乗りこなしてしまうこと自体が驚異的なことだが、限界ギリギリのところまで攻めてオーバーテイクを仕掛けるという局面においては、そういったハンディキャップが少なからず響いてしまった。

 結果、フェルスタッペンは2位でチェッカードフラッグを受け、5秒加算ペナルティで4位に後退してしまった。ピエール・ガスリーは3グリッド降格ペナルティで中団に飲み込まれていたが、堅実な走りで挽回して5位。

 そしてトロロッソ・ホンダ勢も、ドライバーたちが「今季初めて」と口を揃えるスムーズな週末を過ごして7位・8位に入り、ホンダ製パワーユニットを搭載する4台のマシンすべてが入賞を果たした。これは、ウイリアムズ・ホンダとロータス・ホンダで1−2−3−4フィニッシュを果たした1987年イギリスGP以来のことだ。



今年のモナコGPの主役は間違いなくフェルスタッペンだった

 しかし、モナコで速かったからといって、それに慢心しているようなチームではない。ハミルトンと直接対決をしたフェルスタッペンは言う。

「今日は僕らのほうが速かったけど、それはメルセデスAMGが間違ったタイヤを履いたからだ。それだけで2秒は遅くなっていた。もし、彼らが正しいタイヤを履いていたら、彼らのほうが速かったはずだ。フェラーリのストレートの最高速を見れば、カナダでは間違いなく彼らのほうがコンペティティブだろう」

 ホンダの田辺テクニカルディレクターも続ける。

「予選と今日の結果を見れば、表彰台は狙えたと思います。しかしパッケージとしては、フェラーリと2番目を争うという意味で『2.5番目』という感じです。マックスとピエールを足して2で割れば、フェラーリ2台と比べて同等か、パッケージとしては下だったかもしれません」

 初めて目の前に優勝という現実的な可能性を感じられたのは、ホンダにとって大きな成長となるだろう。トロロッソの浮上による4台完走4台入賞は喜ばしいことだが、レッドブルはメルセデスAMGが犯したミスにつけ入り、優勝を奪い取ることができなかった。厳しい現実も見せつけられた。

 ホンダの優勝は、もうすぐそこまで来てはいる。だが、その頂点までの最後の一歩は、決して容易な一歩ではなさそうだ。