情報の少ない未知の選手との初対戦は、相手のランキングや戦績を問わず、常に難しいものだと多くの選手が声を揃える。それが相手の地元……それも、「時々異常なまでにエキサイトする」と錦織圭も警戒心を抱く、フレンチオープンでの対戦なら、なおのことだ…

 情報の少ない未知の選手との初対戦は、相手のランキングや戦績を問わず、常に難しいものだと多くの選手が声を揃える。それが相手の地元……それも、「時々異常なまでにエキサイトする」と錦織圭も警戒心を抱く、フレンチオープンでの対戦なら、なおのことだ。



大きなミスもなく全仏オープン初戦を突破した錦織圭

「サーブがよくて、ストロークもしっかりしている選手だと思いますが、ある程度の情報しかなくて……」

 それが、初戦に挑む前の錦織の状態。相手の得意なポイントパターンや、ボールの質はわからず、あとは試合のコートで探っていくしかなかった。

 情報の少ない選手との対戦の難しさについては、やはり今大会の1回戦で初対戦の選手と戦ったロジャー・フェデラー(スイス)も、次のように語っている。

「ボールの重さや、相手の得意なパターンを知っていることは、常に助けになる。初対戦の選手との試合が難しいのは、相手がいいプレーをした時、それがラッキーショットなのか、それとも実力なのかがわからない点だ」

 だからこそ、試合の立ち上がりで相手の実力を見極めることが重要になるのだと、百戦錬磨の37歳は言った。

 相手のいいプレーを、実力か否か見極めるのが重要というのは、その逆でも当てはまることだろう。

 錦織がフレンチオープン初戦で対戦したカンタン・アリス(フランス)の場合は、立ち上がりからミスが多かった。

 22歳のアリスは、長身から打ち下ろすサーブと、強烈なストロークを武器にジュニア時代に活躍した、フランステニス界のかつての新星。その潜在能力は侮れないものの、同時に、ここ数年のランキング的には伸び悩みが見られるのも確かだ。

 その相手に錦織は、序盤から快調に飛ばしゲームを重ねた。

 相手は時折フォアの強打で才能の片鱗を輝かすも、そのプレーが続かない。対する錦織はベースラインから下がらず、とくに鋭いバックで矢継ぎ早に攻めたて、機を見てはネットに詰めてボレーやスマッシュで仕留める。

 身びいきで知られるフランスのファンが地元選手に声援を送る間もなく、第1セットは29分。またたく間に、錦織が奪取した。

 第2セットに入っても、その流れに変化はない。少なくとも錦織が5-1とリードするまでは、相手に反撃の気配も見られなかった。

 だが、続くゲームで長いラリーをアリスが粘り勝った時、沸き立つ観客とともに、試合の風向きに微かな変化が生まれ始めた。

 それまでネットを叩いた相手のバックは、ライン際を捉えるようになり、錦織のドロップショットにも鋭く反応していく。ようやく見せ場を作り出したアリスのプレーに呼応して、いつの間にか9割ほど埋まったコート・スザンヌ・ランランの客席からは熱狂の声が上がり、ゲーム間にはウェーブが2周、3周とスタンドを巡る。

 第3セットの最初のゲームでは2本のダブルフォルトもあり、錦織がこの試合初めてのブレークを許した。相手の実力がまだ見極めきれぬなか、与えたリードに、嫌な思いが胸をよぎりもしただろう。

 ただ、その後も試合が進むなかで、錦織の目には、アリスのいいプレーは「そんなに続かない」ことも見えていた。相手に攻められるのは、「自分の球が浅くなり始めてから」であると感じ、フォアでボールを深く打ち込むことを心がける。ブレーク合戦となった第3セットも、精神的にも余力を残す錦織が、最後は相手のサーブコースを読み切り、リターンからのポイント連取で勝利を掴み取った。

 6本を数えたダブルフォルトや、とくに第3セットでやや落ちたファーストサーブの確率など、細かい修正点はなくはないだろう。

 それでも、未知の地元選手を6-2、6-3、6-4で破ったその試合を、錦織は「反省点は、ほぼなかった。今日の試合は、ここまでのクレーの2カ月間のなかでも、すごくよかった」と、強い手応えと自信を口にした。

 試合時間は、2時間--。ここから先、まだまだ続くだろう長い戦いを考えた時、体力温存や自信獲得などさまざまな意味において、錦織圭が、まずは快調なスタートを切った。