低い弾道で広角に打ち分けられるボールが、13度ネット上を飛び交った後、錦織がストレートに放ったバックハンドのショットは、わずかにサイドラインを逸れていった--。 ツアーきってのストローカーによる、助走も様子見もなしの、激しい打ち合いでの幕…

 低い弾道で広角に打ち分けられるボールが、13度ネット上を飛び交った後、錦織がストレートに放ったバックハンドのショットは、わずかにサイドラインを逸れていった--。

 ツアーきってのストローカーによる、助走も様子見もなしの、激しい打ち合いでの幕開け。そしてこの攻防がそのまま、その後の試合展開を予言するかのようでもあった。



ストレート負けでベスト4進出を逃した錦織圭

 錦織圭とディエゴ・シュワルツマン(アルゼンチン)は、過去3度対戦し、そのすべてを錦織が制している。それでも4度目の対戦に挑むシュワルツマンは、「3試合ともに接戦だったし、僕はすべての対戦でセットを奪っている。彼に勝てると信じていた」と言った。

 それに……と、170cmの小柄なファーターは続ける。「昨日、圭は僕よりもかなり長く試合をしていた」。

 天候不順による順延のために、多くの選手が一日で2試合を戦ったローマ・マスターズの2、3回戦。その翌日に行なわれた準々決勝は、いかに前日の疲労から回復するかの戦いでもあった。

 シュワルツマンは、錦織のほうがはるかに長い試合を戦ってきた、と言った。だが実際には、前日の2試合に費やした時間は、錦織が3時間20分で、シュワルツマンは3時間13分。両者にほとんど差はない。

 それでもシュワルツマンには、体力面で自分が有利だとの強い思いがあったのだろう。そのうえで彼は、「しっかり守りながらも、攻撃的な姿勢を貫き、与えられたチャンスはすべて取りにいく」と自分に言い聞かせ、錦織戦に挑んでいた。

 シュワルツマンが抱いていた自信は、コート上の姿からもほとばしる。快速を飛ばしてあらゆるショットに食らいつき、甘いボールは全力でクロスに打ち込むと、すぐさまオープンコートへと展開した。

 その相手の気迫に押された錦織は、なかなか反撃の機を見つけられない。打ち合いで守勢にまわり、またたく間に5ゲームを連取された。

 それでも、サービスゲームを簡単にキープし、ゲームカウント1−5とした時に、流れに微かな変化が生まれる。

「5−0とした時点で、おそらく圭は第1セットを捨て、すでに第2セットに気持ちを切り替えているだろうと思ってしまった」と、シュワルツマンが述懐する。

 対する錦織も、「彼のボールが飛んでこなくなり、自分のプレーができはじめた」ことを感じていた。鋭いリターンで攻め、ブレークに成功した時、流れは明らかに反転する。今度は錦織が4ゲーム連取し、ついに相手の背を捉えた。

 しかし、4−5で迎えたサービスゲームで、のちに錦織が「すごくもったいなかった」と悔いる場面が訪れる。

 デュースから、2本連続でおかしたミス。勢いが止まり、第1セットを落としたことで、シュワルツマンに冷静さと攻撃的なプレーを取り戻す機を与えてしまった。

 第2セットのターニングポイントとなったのは、錦織サーブの第5ゲームの、最初のポイントだったろう。試合立ち上がりを彷彿させる激しい打ち合いの末に、13本目のショットを錦織がネットにかける。その後の錦織は、シュワルツマンの波に飲まれるように疲れの色を見せはじめ、最後はダブルフォルトで試合に幕を引いた。

 自分と似たタイプの選手に敗れたショックは、錦織にしても小さくはなかっただろう。錦織はかつてシュワルツマンのことを、「彼と練習するのは好きです。ストロークが長くなるので、自然といい感覚をくれる」と評したが、それは、相手にしても同じだったかもしれない。

 過去の敗戦から戦い方を学び、自信を得ていたシュワルツマンは、「錦織のような偉大な選手に、彼が得意とする大会で勝てたことをうれしく思う」と、初のマスターズ1000ベスト4進出を喜んだ。

 一方の錦織は、「今はどの選手も強くなってきて、楽な試合が前よりなくなってきている。そういう点では、みんなにとってタフな状況ではあります」と、年々レベルが上がり競争が激化するツアーの現状を痛感している。下からの突き上げも肌身で感じ、「なかなかいい試合が続かない」とのもどかしさも抱えながら、彼は「気持ちを切り替えていくしかない」と自分に言い聞かせた。

 今の最大の懸案事項は、「なかなか気持ちよく打ててない時もある」というフォアハンド。その感覚を取り戻すには、「しっかり練習して、自信をつける」しかないことも自覚している。

 その感覚と自信を取り戻すには、どれほどの時間を要するだろうか……?

 直近の最大の目標であるフレンチオープンの開幕は、約1週間後に迫っている。