「それは、現状に対して不平不満を言う代わりに、受け入れる術(すべ)を見つけられるようになったことじゃないかしら?」 昨年までと比べて、クレーコートでのプレーでよくなった点とは? BNLイタリア国際での会見でそう問われた大坂なおみは、迷いなき…

「それは、現状に対して不平不満を言う代わりに、受け入れる術(すべ)を見つけられるようになったことじゃないかしら?」

 昨年までと比べて、クレーコートでのプレーでよくなった点とは?

 BNLイタリア国際での会見でそう問われた大坂なおみは、迷いなき口調で明言した。



西日を浴びながらベスト8進出を果たした大坂なおみ

 赤土のコートが最も難しい点を、彼女は「バウンドが一定ではなく、イレギュラーが多いこと」と、過去に何度も口にしてきた。クレーの大会ではたとえ同じ会場でも、コートによって表面の砂の量や地面の硬さなどが微妙に異なる。あるいは同じコートですら、その日の気象状況などによって刻一刻と性質が変化する。

 そのようなクレーコートの気難しさに、かつての大坂はフラストレーションを溜め、プレーを乱すこともあった。だが、今はその現実を認めることで、結果を手にしつつある。

「クレーコートシーズンは”不可避”。逃げるわけにはいかないから」

 彼女はそう言うと、「今日は小難しい言葉を使ってみたわ」と、いたずらっぽい笑みをこぼした。

 彼女が「不平を言う代わりに、現実を受け入れた」のは、一日に2回戦と3回戦の2試合を強いられた今大会のスケジュールに対しても同様だ。

 大坂の2回戦が組まれた大会4日目のローマは、朝から降り続く雨が夜になっても止む気配はなく、予定されたすべての試合が翌日順延となった。

 朝からラウンジで待ちに待ち、結果的に試合のキャンセルを告げられたのは、夜の7時頃。ホテルに戻り、そして目にした翌日のスケジュールで、大坂は自分の第1試合が、通常の開始時間よりも早い朝の10時に組まれたことを知る。

 その時、彼女の胸に湧き上がった最初の感情は、「10時開始に対する不満であり、失望」であった。

 だが、彼女は、別の側面に目を向けてみる。「早く始まったほうが、夜遅くまで試合をするよりもはるかにいい」と自分に言い聞かせ、翌朝のセンターコートに足を踏み入れた。

 2回戦の対戦相手のドミニカ・チブルコバ(スロバキア)は、高く弾むスピンや低く滑るスライス、そしてネット際に沈めるドロップショットなどを操り、イレギュラーの多い赤土の特性を武器に変えるクレー巧者だ。両者は1週間前のマドリード大会でも戦ったばかりで、その時にも大坂は相手の緩いボールに苦しめられた。

 今回の対戦でも、大坂はチブルコバの多様性に揺さぶられる。立ち上がりでブレークを許し、打ち合いで支配しながらもミスでポイントを落とす場面が幾度かあった。

 その大坂を、最終的に6−3、6−3のスピード勝利に導いたのは、12本のエースを叩き出したサーブ。そして彼女は、数時間後に始まる3回戦に向け、「調子のよかったサーブを、次の試合にも持ち込もう」と、ここでも明るい側面に目を向ける。食事を済まし、身体を休め、短めのウォームアップをこなしながら、彼女は「ツアーレベルでは初めて」という一日の2試合目に備えた。

 チブルコバ戦を終えた約6時間後に始まったミハエラ・ブザルネスク(ルーマニア)戦でも、大坂は盤石のパフォーマンスを発揮する。1試合目の戦闘モードを途切れさせまいとするように、冷徹とも言えるほどに落ち着いた表情のまま、次々と鋭いサーブを打ち込んだ。

 第1セットでは、ファーストサーブが入った時のポイント獲得率は、実に100%を記録する。ストローク戦でも、サウスポーから打ち込まれる相手の攻撃的なショットに余裕をもって追いつくと、無理なく深いボールを打ち返し、気まぐれな赤土のコートを支配した。

 試合終盤では、スマッシュをフェイントにドロップボレーを打つ余裕のプレーも披露。歓声と西日を浴びながら、大会第1シードはベスト8に悠然と歩みを進めた。

 自分では変えようのないものを受け入れ、勝ち進んだその先で大坂が手にしたのは、今大会終了時の世界1位のポジションである。それは「フレンチオープンで第1シードになりたい」と公言し、時にはそのプレッシャーにも直面してきた彼女が、自らの手で掴み取ったひとつの夢だ。

「これで、ここから先は1試合ずつに集中していける」

 あらゆる「不可避」を乗り越えた若き女王が、頂点へと焦点を定める。