初戦であたる相手としては、いささか不気味ではあった。 第6シードで1回戦免除の錦織圭は、大会4日目の2回戦がマドリード・オープンの初陣。対するウーゴ・デリエン(ボリビア)は、予選を含めすでに3勝をこのコートで手にしている。マドリードO…

 初戦であたる相手としては、いささか不気味ではあった。

 第6シードで1回戦免除の錦織圭は、大会4日目の2回戦がマドリード・オープンの初陣。対するウーゴ・デリエン(ボリビア)は、予選を含めすでに3勝をこのコートで手にしている。



マドリードOPのシングルス初戦を難なく突破した錦織圭

 ボリビア出身の25歳は、今季の出場大会はマイアミ・オープン以外すべてクレーという、典型的な赤土のスペシャリスト。コートへの慣れや、ここ数日間の実戦密度、そして勢いや失うもののない強みなど、錦織を苦しめかねない要素は、パッと思いつくだけでも片手の指が埋まるほど挙げられた。

 その初顔合わせにさらなる不確定要素を添えるように、この日のマドリードは朝から強風が吹きすさぶ悪天候。錦織らがコートに足を踏み入れるのと前後して雨も降り始め、水を含んだ赤土が鮮やかなオレンジから土気色に変色するなか、試合はデリエンのサーブで幕を開けた。

 それら番狂わせの因子が揃っているかに思われた試合だが、いざ始まると際立ったのは、錦織の強さである。

 立ち上がりは無理せず深いボールをコーナーに打ち分けてミスを誘い、3ゲームあたりからは客席のどよめきを呼ぶ強打やネット際に沈めるドロップボレーを放ち、一気に引き離しにかかった。試合開始から30分も経たぬうちに、ゲームカウントは5−1に。コート上に広がる光景は、世界7位と109位のランキングが、そのまま実力差であることを映すようだった。

 だが、試合を支配しながらも、錦織は心のどこかで、相手の力は「こんなものじゃないだろうな」と思っていたという。この微かな躊躇(ちゅうちょ)が、開き直りに近い相手の逆襲を呼び込んだのだろうか。

 デリエンは錦織のボールが少しでも甘くなれば、唸り声をあげ、強打をコーナーぎりぎりに叩き込んだ。いつのまにか、強風が雲を押し流した上空には青空ものぞき、乾き始めた赤土がボールを高く跳ね上げていく。

「跳ねるサーフェスで、彼のボールがどんどん重くなっているのを感じていました」と言う錦織は、相手に傾く流れをせき止めきれず、ゲームカウントは5−5に。それでも、続くゲームを6度のデュースの末にブレークし、第1セットをからくも錦織が取りきった。

 第2セットは立ち上がりから、互いにがっぷり四つに組んでの力勝負。攻守が激しく入れ替わるネット際の妙技の応酬に、声援を二分するスタンドも熱を帯びる。

 そのつばぜり合いから機先を制したのは、第9ゲームをブレークした錦織だ。その直後のゲームを落としたのは、本人いわく「自分の詰めの甘さ」だったが、続くゲームを再びブレークすると、最終ゲームは1ポイントも落とさずストレートで試合を締めくくった。

 冒頭で、錦織の初戦は大会4日目だと書いたが、実はこれは正しくはない。今大会での錦織はシングルスに先立ち、フアン・マルティン・デル・ポトロ(アルゼンチン)と組んだダブルスで1回戦を突破していた。

 現在8位のデル・ポトロは、昨年10月にひざをケガし、このマドリードが7カ月ぶりの実戦。そのデル・ポトロとダブルスを組んだのは、復帰を手助けしたいとの思いもあったのか?

 そう問われた錦織は、「20%くらいはありました」と答えた。12〜13歳の頃から知る長身の1歳年長者は、錦織が「僕のなかでは上の存在」と畏敬の念を向ける選手。度重なる手首のケガからデル・ポトロが復帰した時にも、錦織は「引退も考えただろうし、復帰はうれしい」と胸のうちを明かしていた。

 戦いの場に帰還した盟友がいれば、コートを去る先達もいる。元世界2位のダビド・フェレール(スペイン)はマドリードの2回戦敗退を花道に、約20年のキャリアに幕を引いたのだ。

 昨年8月の時点ですでに発表されていたフェレールの引退プランを耳にした時、錦織は「最近で一番ショックな出来事かも」と、悄然と口にした。

「彼が自分を、小さい頃から育ててくれたというか……」と言うほどに、ある種の恩義を抱いた存在であり、「年齢こそ違いますが、自分にとって一番のライバルであり、模範であり、目指すべき選手だった」のだ。それら、数々の名勝負を繰り広げてきたライバルたちの人生の交錯は、今年30歳を迎える錦織の胸に、ある種の覚悟と自覚を植えつけもしただろう。

 その錦織が3回戦でラケットを交えるのは、34歳のスタン・ワウリンカ(スイス)。28歳で初のグランドスラムタイトルを手にしたやや遅咲きのハードヒッターは、錦織が2014年以降、毎年1度は顔を合わせ、哀歓入り交じる数々の名勝負を演じてきたライバルでもある。

 ベスト8より早いステージで両雄が当たるのは、過去にわずか2度を数えるのみ。テニス界が時代の転換期を迎えるなかで、ふたりは11度目の対戦を、7年ぶりに赤土の上で迎える。