3年前の18歳の日……彼女は、まだ何も知らなかった。 当時すでにトップ100ランカーであり、ツアーで最も期待される若手のひとりに数えられながらも、欧州のレッドクレーでのプレー経験はなし。それでも、彼女は欧州遠征に赴く直前まで、「私はフロリ…

 3年前の18歳の日……彼女は、まだ何も知らなかった。

 当時すでにトップ100ランカーであり、ツアーで最も期待される若手のひとりに数えられながらも、欧州のレッドクレーでのプレー経験はなし。それでも、彼女は欧州遠征に赴く直前まで、「私はフロリダのグリーンクレー(砕いた変成岩を使用した、アメリカで主流のクレーコート)でよく練習していた。ハードコートでも私はスライディングが得意だし、レッドクレーはきっと好きだと思う」と、自信を口にしていたのだ。



マドリード・オープン3回戦を難なく突破した大坂なおみ

 だが、実際に初めて赤土に足を踏み入れた時、彼女は「ちょっとなにこれ!」と、半べそをかきそうになったという。

 グリーンクレーと赤土では、ボールの跳ね方が大きく異なる。どんなにハードヒットしても、粗い砂粒に威力を削がれた黄色いボールは、バウンド後に急激に速度を落とした。また、ズルズルと滑る足もとはまるで氷の上を走るようで、ハードコートで得意としたスライディングはまったくと言ってよいほど応用が効かない。

 この”赤土デビュー戦”となった2016年以降、今季を迎えるまでの3シーズンで、大坂なおみのレッドクレー戦績は9勝10敗。いつしか苦手意識が積もったのも、当然と言えば当然だった。

 その彼女が今シーズンは、早くもレッドクレーで5勝を手にしている。唯一の敗戦も腹筋の痛みによる棄権なので、コート上ではまだ負けてはいない。マドリード・オープン3回戦でアリアクサンドラ・サスノビッチ(ベラルーシ)を6−2、6−3で破り手にした白星も、彼女が深めつつある自信と手応えを裏打ちするに十分な快勝だった。

 とはいえ、第1セットの内容は、スコアほどに簡単なものではない。ブレークこそ許さなかったが、自身のサービスゲームはすべてデュースまでもつれている。

 ただ、それらいずれのゲームでも、彼女はサービスで危機を切り抜けた。この日、大坂が決めたエースは9本。ファーストサービスの確率も、69%の高確率を記録した。

「今日の相手はリターンがいい。いいサーブが必要だということはわかっていた」と、彼女は試合を振り返る。同時に「欲を言えば、自分のサーブはもっとよくあるべき」だとも言った。

「ピンチな時ほどいいサーブが打てていたが、そもそもピンチに陥るべきではない」というのが、その理由。以前の彼女は、クレーでは自分の武器であるサーブの優位性が薄れると感じていたが、今はそのような先入観は抱いていないようだ。

 さらに、最近の彼女のクレーでの成長を促す要素を挙げるとすれば、それは、男子の練習や試合を多く見て、時にはトップ選手とボールを打つようにしていることだろう。

「男子選手は、女子に比べて戦略性が高い」と大坂は言う。

「女子は練習ですべてのボールを全力で打つ選手が多いが、男子はコースや球種を多く用いている」と感じ、そのような男子選手たちと実際にボールを打つことで、ラリーの構築法を体得しているところだ。

 そして、今の彼女が何より「よくなっている」と自信を深めているのが、スライディングに代表されるフットワーク。以前は、とくにフォアハンドではボールを打った後に滑ることが多かったが、今はスライディングしながらボールの落下点に入り、余裕を持って自慢の右腕を振り抜けるようになったという。

 その肉体的感性に目覚めたのが、今季のクレー開幕戦となるシュツットガルト大会の準々決勝。最終セットをゲームカウント1−5の危機から追い上げ大逆転勝ちを収めたこの熱戦で、大坂は「ふたりともすごくいいプレーをし、長いラリーで左右に走りまくるなかで、うまくボールに滑り込めた時に『おっ! これは楽しいぞ!』と感じた」のだと言った。

 赤土デビュー戦から3年経った今、彼女は、多くを知っている。

 赤土では、ハードコートのロジックをそのまま持ち込むことができないこと。自分が頼りにしてきた強打や高速サーブが、ハードコートほど効果的ではないこと--。

 そして、それら現実を敗戦の痛みとともに知ったからこそ、今の彼女はレッドクレーで戦う楽しみをも知っている。

 スライティングでシューズを赤く染めるたびに自信の色も深めながら、ベスト8に到達した21歳の世界1位は、さらにその先を目指している。