平成スポーツ名場面PLAYBACK~マイ・ベストシーン 【2011年7月 なでしこジャパンW杯初優勝】 歓喜、驚愕、落胆…
平成スポーツ名場面PLAYBACK~マイ・ベストシーン
【2011年7月 なでしこジャパンW杯初優勝】
歓喜、驚愕、落胆、失意、怒号、狂乱、感動......。いいことも悪いことも、さまざまな出来事があった平成のスポーツシーン。現場で取材をしたライター、ジャーナリストが、いまも強烈に印象に残っている名場面を振り返る――。
PKが決まった瞬間、スタジアムは大歓声に包まれた。最後のPKを決めた熊谷紗希とスーパーセーブを連発した海堀あゆみを中心に、歓喜の輪が広がっていった。

キャプテンを務めた澤穂希が優勝カップを掲げた
2011年、FIFA女子ワールドカップドイツ大会決勝は、劇的な展開の連続だった。強豪アメリカに対して、前半は相手の猛攻撃をしのぎ、耐え続けた。先制は許したものの、なでしこたちは決してあきらめなかった。81分、永里優季のクロスを丸山桂里奈が中央で受け、こぼれたクリアボールを宮間あやが押し込んで同点、延長へと突入した。
104分、アメリカに再びリードを許すも117分には、なでしこの得意とするコーナーキックで追いつくチャンスが訪れた。キッカーは宮間。そのボールは放物線を描きながら、走りこんでいた澤穂希の足元へピタリとはまり、右アウトサイドでゴール。
そして、冒頭のPKへつながる。
2011年、なでしこジャパンは世界一に輝いた。もちろん日本女子サッカー史上初の世界制覇である。この時のなでしこジャパンはアジアですら頂点に立ったことがなく、この世代で臨むワールドカップではグループリーグを突破したことも初めてだった。日本の女子サッカー界にとって、それほど"世界"は遠い存在だった。
「獲るなら今しかない」――当時のキャプテンであった澤は、大会前に宮間にこうこぼしていた。
1996年アトランタオリンピック後、一気に世代交代をして若いチームとなり、そこから何度も世界に跳ね返されながら、少しずつ、そして確実に力を蓄えてきた。世代交代当時から中心にいた澤らは、すでにこの時はベテランの域。チームが爆発的に成長を遂げるタイミングとして、宮間ら若手から中堅へと成長しつつあったこの時期は完璧だった。今でこそ頷けるが、当時はこのなでしこたちに、そこまでの力が備わっているとは到底考えられなかった。
対戦相手は、懸命にドリブルでボールを持ち上がっても、スッポリと体が覆われてしまう巨大な壁にしか見えなかったドイツ、常にヨーロッパでトップを君臨していたスウェーデン、コンタクトプレーで吹っ飛ばされるのを目の当たりにする度、唖然とするしかなかったアメリカ......。
彼女たちから勝利をもぎ取るためのピースを探すのは、難題だった。そんなチームが、この大会では粘りを見せ、倒れても倒れても起き上がってボールに食らいついた。
こうした姿に共鳴するのは日本人特有の美的感覚だと思っていたが、大会が進むにつれ、開催国のドイツの観客が、なでしこのプレーに魅せられていく様を目の当たりにして、固定概念を根本から覆された。それが妙に心地よく感じたことを今でもハッキリと思い出せる。
彼女たちの2011年の活躍は、世界中に衝撃を与えた。"なでしこジャパン"が、日本のみならず世界でも通じる名称となったことには、今でも驚いている。けれど、最も影響を与えたのはそのサッカースタイルだった。
しっかりと組織立てられたパスサッカーをベースに、連動した動きでプレスをかけながら、カバーリングでフィジカルの差を埋めていく。2011年を境に、なでしこが示したスタイルを取り入れる国は確実に増えた。とくにアメリカはいち早く着手していたし、アジアにおいても、日本にできるなら自分たちにもできるはずだと、同じスタイルの戦い方をしてくるチームが増えた。
とはいえ、"連動・連係"は、今でもなでしこジャパンのプレーの中枢にあり、これこそがお家芸。どれだけ似せてこようと、日本のサッカーのコピーは存在しない。他国の追随を許さない......と言いたいところだが、そのクオリティを目指して目下奮闘中である。
現在のなでしこジャパンを率いる高倉麻子監督が手掛けてきたこと――世代交代という観点から見れば、約15年ぶりとも言える大改革だ。前回の大きな世代交代は、それこそ高倉監督の現役時代までさかのぼる。
今では指導者として、また裏方として女子サッカーを支えている世代が、まだ現役として十分に戦える時期でありながら、当時の女子日本代表監督に就任した宮内聡監督は大ナタを振るって、澤世代の選手たちを招集し続けた。
世界から見れば、U-20世代がいきなりフル代表と戦うようなもの。
「難しいことは重々承知していたが、日本女子サッカーにとって絶対に必要なことだと感じていた」と宮内元監督は当時を振り返っている。結果的に見れば、当然のことながら宮内体制では世界レベルで歯が立たなかったが、そこから佐々木則夫前監督までの時代を担ってきたのは、この時に招集されていた選手たちであり、そしてその選手たちが時間をかけてチームに融合させてきたメンバーだった。
そのメンバーが、リオオリンピックの予選敗退で一定の区切りを迎えた。"なでしこジャパン"は新たな段階へ一歩を進めたのである。
高倉監督は就任直後から一部のベテラン選手だけを残し、最大限に若手にチャンスを与え続けてきた。その根底には、世界の舞台で力が出せる若い選手を見出そうとしていたからだ。その目標にしていたのが、今年6月にフランスで開催されるFIFA女子ワールドカップ。就任当初からの目標はここでの世界王座奪還だ。
しかし、昨年4月にチームの中心に存在していた阪口夢穂(日テレ・ベレーザ)が右膝前十字靭帯損傷、内側半月板損傷という大けがで戦線離脱。この時期にありながらチーム作りは難航している。それでも今年に入ってからのアメリカ、ヨーロッパで世界の強豪との5試合で若手は貴重な経験を手にした。
できる限りのことはした。あとは最終メンバー決定後から本大会までに、どこまでチームとしてまとめられるか。世代交代を果たした高倉監督のもと、令和という新しい時代に、的を絞らせない自由なサッカーでなでしこジャパンは再びの世界一を目指す。