4月20、21日に大阪市・ITC靱テニスセンターで行われた国別対抗戦、フェドカップ・ワールドグループ(WG)2部プレーオフで日本はオランダを4-0で破り、2部残留を決めた。 初日、日本はシン…

 4月20、21日に大阪市・ITC靱テニスセンターで行われた国別対抗戦、フェドカップ・ワールドグループ(WG)2部プレーオフで日本はオランダを4-0で破り、2部残留を決めた。

 初日、日本はシングルスで2連勝、土居美咲、日比野菜緒とも非の打ち所のないプレーで相手を寄せ付けなかった。勝負は下駄を履くまで分からないという常套句もあり、ましてチーム戦では、一つ歯車が狂えば雪崩のように坂道を転げ落ちることもありうる。しかし、個人的には2-0の時点で日本の勝利を確信し、関心は別のところに移った。初日に出場機会のなかった奈良くるみを土橋登志久監督がどう使うか、である。

 主催者のITF(国際テニス連盟)が今年試験的に採用した規則では、各チームは選手を5人まで登録できる。組み合わせ抽選の時点で、奈良は出場する4人の枠から漏れた。開幕時のWTAランキングでは土居美咲が104位、日比野菜緒が112位で、奈良は169位。シングルスの2枠は上位の二人が占めた。ダブルスは、ペアとしてフェド杯日本歴代1位タイの9勝を挙げていた青山修子/穂積絵莉が順当に登録された。

 奈良はランクこそ3番目だが、自己最高32位の実力を持ち、チーム戦のフェド杯では特に頼れる存在だ。過去にフェド杯のシングルスで挙げた11勝は日本の歴代7位タイで、今回のメンバーでは最多となる。2月に行われたWG2部1回戦のスペイン戦では、最終日、土居に代わってシングルスに出場、勝利を挙げた。結局、日本はここから逆転を許したが、この時点では2勝1敗と先行した。

 フェド杯での奈良は、どんな状況で登場しても安定したプレーができて、勝ち星がほしいときに確実にチームに1勝をもたらす選手だ。

 土橋監督によれば、開幕時、「土居も日比野も奈良もベストの状態、だれが出てもおかしくなかった」という。シングルスの2枠から漏れた奈良は、対戦がもつれたとき、あるいは土居、日比野に疲労や故障が生じたときに登場するスーパーサブの位置付けだった。初日が2-0の結果となり、勝利が近づいた。ここで土橋監督はどんな選手起用を見せるのか。開幕前の「5人全員で戦い抜く」という監督の言葉をそのまま受け取れば、選手交代もあり得る、と思われた。

 結論を言えば、最終日のシングルスには土居が登場、苦しみながらも勝利を収めた。これで奈良の出番は消滅した。3-0で日本の勝利が決まり、規程により次のシングルスは行わず、ダブルスで青山/穂積が勝って4-0で対戦を終えた。

 日本チームの中には、土居に代えて奈良の起用を押す声もあったという。コートに登場した土居の右足には、太ももからふくらはぎにかけて広範囲にテープが巻かれていた。この日の朝、違和感に気づいたという。予防のためのテーピングで、試合後、本人は「外見よりは問題ない」と苦笑したが、100%の状態でなかったのは確かだ。ならば、万全の状態の奈良を送り出す選択肢が浮上したのは当然だろう。

 しかし、「(選手交代は)流れを切るので嫌だった」と土橋監督は土居を選んだ。ドクター、トレーナーに意見を求め、最後は本人から「絶対できます」の言葉を引き出しての起用だったという。

 奈良は結局、チームに帯同し、練習を行っただけでツアーに戻る形になった。必要な戦力であるとして招集され、出番なしに終わった選手の気持ちとは、どんなものだろう。

 奈良はチーム入りを打診されてから1週間ほどして、ようやく参加の意思表示をしたという。代表入りは、それくらい難しい選択だった。

 今の169位というランキングでは、四大大会では予選からの出場となる。次の全仏は難しくても、ウィンブルドンや全米は、できればランキングを上げ、本戦から出たい。ツアーは北米のハードコートシーズンから欧州のクレーコートシーズンに切り替わる節目の時期で、クレーに向けて調整を重ねておきたい。そんな微妙な状況で、奈良は代表入りの要請を受けた。

 ハードスケジュールに追われる選手がフェド杯に参加する難しさは、当然、チームの首脳陣も理解している。その上での代表招集、選手起用である。土橋監督は、出番のなかった奈良についてこう話している。

「試合に出られなかったのは、本人にとって悔しさと同時に良い刺激にもなったかとも思っている。(登録が)5人体制になって、どうしても出られない選手が出てくる。それも含めてオファーした。(チームに)入ってからは消化してもらい、納得してもらっていると思う。そういうことができる選手だと思っている。次の機会があれば、ぜひ力を借りたい」

 選手はチームの力になりたいと考え、代表入りを決めた。監督は、勝つために、心を鬼にしてその選手をベンチに置いた。その選択が最善と思われたからだ。おそらく奈良が出ても勝っていただろう。だが、監督はランキング最上位の土居に2試合を任せた。大学テニスを含め、チーム戦を知り尽くした土橋監督の采配には、なんというか、凄味があった。

 監督と奈良との信頼の深さを読み取ることもできる。呼ばれたのに使ってもらえなかった、個人戦に出ていればポイントも取れたかもしれない--そんな思いを、奈良であれば、まるごと飲み込んで力に変えてくれると、土橋監督は信じて決断したのだろう。

 とはいえ、監督も選手も、少なからず葛藤はあったに違いない。心の深部にある様々な思いと折り合いをつけるのは難しかったはずだ。彼らの内面で、表舞台には決して表れることのない、しかし、壮絶な闘いがあったことは想像に難くない。(秋山英宏)

※写真は「フェドカップ」ワールドグループ2部1回戦での日本代表(Photo by Atsushi Tomura/Getty Images)