こぼれそうな笑みをたたえる18歳は、カリフォルニアの刺すような陽射しを透過させ虹色に輝く”優勝の証(あかし)”に、初々しく腕を回した。 その重さで有名なバカラ製のクリスタルトロフィーには、歴代優勝者たちの名が刻…

 こぼれそうな笑みをたたえる18歳は、カリフォルニアの刺すような陽射しを透過させ虹色に輝く”優勝の証(あかし)”に、初々しく腕を回した。

 その重さで有名なバカラ製のクリスタルトロフィーには、歴代優勝者たちの名が刻まれている。キャロライン・ウォズニアッキ(デンマーク)、ビクトリア・アザレンカ(ベラルーシ)、シモナ・ハレプ(ルーマニア)……それら世界1位経験者が並ぶなか、もっとも新しく記された名前が、大坂なおみ。



大坂なおみの1強時代が来ると思われていたのだが......

「去年はなおみが優勝して、その横に私の名が刻まれるなんて……まるでシンデレラストーリーね!」

 2019年の新女王は、ほほを紅潮させ声を弾ます。今年、4大大会に次ぐ格付けのBNPパリバ・オープン(インディアンウェルズ)を制したのは、世界的には無名に近いルーマニア系カナダ人選手のビアンカ・アンドレスク(カナダ)だった。

 昨年のこの大会で大坂が優勝した時、多くのメディアは「Out of nowhere」のフレーズを好んで用いた。直訳すれば、「何もないところから」「どこからともなく」となるだろうか。実際には、テニスファンや識者の間ですでに次期女王候補と目されていた20歳を「何もないところ」と評するのは、やや失礼な話ではある。

 だが、まだツアー優勝がなかった当時44位の戴冠は、あまりに突然でセンセーショナルだったのも、また事実だ。その後、全米オープンを、そして今年に入り全豪オープンをも制して世界1位へと駆け上がった大坂の足取りは、シンデレラのそれになぞらえるにふさわしかった。

 1年前……大坂がインディアンウェルズを制したことを、アンドレスクは日本で知った。当時ランキング200位台だった彼女は、日本で開催される賞金総額25,000ドルの下部大会に、3大会連続で出場していたからだ。

 本人の言葉を借りれば、「テニス的にも、フィジカル面でもどん底」にいた時期。それでも、多彩なショットを操るエネルギッシュな17歳の姿は、日本の大会関係者に「ポジティブで礼儀正しく、とてもいいテニスをする選手」との印象を残していた。

 日本で上昇への足がかりを掴みつつあったアンドレスクは、自分より3歳年長の大坂がトロフィーを抱く姿に、「大きな刺激を得た」と言う。

 もちろん、当時の彼女がいた場所とインディアンウェルズのセンターコートには、とてつもない距離があった。だが、13歳の頃から瞑想を習い、自身の成功する姿を「映像的にイメージする」ことを慣わしとしていた彼女には、バカラのトロフィーの横で微笑む自分を想像することに、さしたる矛盾はなかったはずだ。

 全豪オープンを制した大坂が世界1位にも座した時、多くの人々は「大坂時代の幕開け」との言葉を口にした。だがそれは、「大坂の躍進を起点とした、彼女を中心とする新時代の幕開け」と表現するほうが正しいかもしれない。

 新星の出現や無名に近い苦労人の躍進は、選手間でも話題にのぼり、ロッカールームやプレーヤーズラウンジの空気を波立たせる。現在開催中のマイアミ・オープンでも、アンドレスクの試合を多くの選手たちがモニター越しに見ていたというが、同様の視線は、昨年の大坂が浴びたものでもあるだろう。

 アンドレスクは大坂の躍進に「大きな刺激を受けた」と言ったが、その刺激に心身を賦活(ふかつ)させられたのは、何も彼女だけではない。

 インディアンウェルズで大坂を破ったベリンダ・ベンチッチ(スイス)も、間違いなくそのひとり。大坂と同期で、15歳の頃から女王候補と目されながらもケガに苦しめられた早熟のエリートは、自分が何者だったかを思い出したかのように、先月のドバイ選手権で数々の上位勢を破り、4年ぶりのツアータイトルを手にした。

 さらに、現在の女子テニス界には、71位のアナスタシア・ポタポワ(ロシア)を筆頭に、200位内に4人の17歳選手が名を連ねる。若手不在と言われた時代は、もはや過去。大坂も、「奇妙な感じね。私が17歳の時には、どの大会でも最年少だと言われたのに」と、自らの経験を時の移ろいに重ねた。

「なんだか、年寄りになった気分」

 そう自嘲気味に笑う大坂は、現在のテニス界の趨勢(すうせい)と、そこにおける自身の現在地を次のように述懐した。

「まだ”子ども”とも言える選手たちが活躍していることは、私に刺激を与えてくれる。彼女たちは、恐れを知らない。それはすばらしいことよね。私から見たら、彼女たちは『新世代』で、その出現は喜ばしいこと」

 1年前、「どこからともなく」出現し、頂点へと駆け上がった大坂の衝撃は、それまでテニス界を構築していた既成概念やイデオロギーを揺るがし、生じた亀裂からは新しい力が一気に流入した。

 新世界のフロントランナーである大坂は、追われる立場となることを歓迎している向きがある。それは、新たな挑戦こそが自身を高めてくれることを、確信しているからだ。