国内モータースポーツシリーズの最高峰、「スーパーGT」と「スーパーフォーミュラ」。昨年、その両シリーズを同時に制する快挙を成し遂げたのが、30歳の山本尚貴だ。 2010年に国内最高峰カテゴリーへステップアップした山本は、誰もが認める「…

 国内モータースポーツシリーズの最高峰、「スーパーGT」と「スーパーフォーミュラ」。昨年、その両シリーズを同時に制する快挙を成し遂げたのが、30歳の山本尚貴だ。

 2010年に国内最高峰カテゴリーへステップアップした山本は、誰もが認める「ホンダのエース」であり、昨年の強さや安定感は突出していた。


14年ぶりの二冠王者に輝いた

「ホンダのエース」山本尚貴

 TEAM MUGENから参戦したスーパーフォーミュラでは、シーズン全6戦(第2戦・オートポリスは悪天候で中止)のうち3レースで勝利。最終戦・鈴鹿ではニック・キャシディ(KONDO RACING)との死闘を制し、逆転で5年ぶりにシリーズチャンピオンを獲得した。

 スーパーGTでは、元F1王者のジェンソン・バトンと組んでRAYBRIG NSX-GTより参戦。シーズン序盤はスーパーGTに慣れないバトンを引っ張っていった。バトンはレースを追うごとに習熟度を増し、最終戦・もてぎでシリーズチャンピオンを獲得。山本にとってはスーパーGT初のタイトル獲得となった。

 国内最高峰のレースシリーズを両方とも制したのは、史上4人目。日本人ドライバーでは本山哲(2003年)以来ふたり目で、二冠王者の誕生は14年ぶり(リチャード・ライアン/2004年)である。

「目標としていた結果が得られるとは、開幕前は思っていませんでした。『こんなシーズンもあるんだな』というのが本音ですね」

 インタビューの冒頭、山本は昨シーズンの大成功を意外そうに振り返った。過去のシーズンを振り返ると、山本は悔しさばかりを味わってきたという。

 国内トップカテゴリーにデビューした当時、まだ無名に近い存在だった山本は、ときおり存在感あふれる走りを披露しつつも、肝心なところで勝機を逃すことが多かった。若い頃は、レース後に失敗を悔やんで大粒の涙を流すシーンも見られた。

 ただ、そうした失敗のひとつひとつが、今の山本尚貴を作り上げるきっかけになったという。

「レースで経験してきたことのすべてが、今のこの結果に大きく関係していると思います。やっぱり、負けたレースから学んだことのほうが多いですね。

 レース人生を振り返ると、負けたレースがほとんどです。でも、その負けたレースから目を背けずに、『どうして負けたのか?』『なぜ失敗したのか?』としっかり分析してこられたことが、今につながっている。

 人間は、失敗したことから逃げたくなります。そして負けた時、『クヨクヨするなよ』と言う人もいます。しかし僕は、失敗した時や負けたことの中にこそ(勝つための)ヒントがあると思っています」

 その努力の結果、山本はダブルチャンピオンという栄光を勝ち取った。それにより、山本はF1参戦に必要なスーパーライセンスを得るための「スーパーライセンスポイント」の規定値をクリア。F1に参戦の可能性を手にしたのだ。

 スーパーGTの最終戦から2週間後、山本はF1アブダビGPを訪問した。その様子は国内外のモータースポーツメディアで報じられ、F1挑戦への期待の声が高まった。

 当時の状況、そして今の心境について、山本はこのように語る。

「あの時の話をすると、(国内二冠を獲得した後)F1に乗れるチャンスが0%ではなかったので、『そんなチャンスがある身でありながら、わざわざ自分からチャンスを手放すことだけはしたくない』と考え、アブダビGPに行かせてもらいました。まずは、今のF1の世界を知ることが大事だと思ったので。

 やっぱり、F1は特別な世界。あらためて『F1で戦ってみたい』という、レーシングドライバーとしての純粋な想いは強くなりました。結果的にF1のレギュラードライバーのシート獲得は叶いませんでしたが、今でもその想いは持ち続けています。

 F1ドライバーになることが『乗りたい』という気持ちだけでは実現できないハードルの高いステージだということは重々理解しています。また、自分としても『絶対にF1を目指すんだ!』と、そこまで強く言い切れない歯がゆさもあります。

 それは、ここまで築いてきた日本でのポジションや、家族の問題もあるからです。とくに、家族の存在は何物にも代えられない。すごく悩ましい部分ではありますが……2019年はスーパーフォーミュラとスーパーGTで再びチャンピオンを目指すことが大事だと思っています。

 ただ、『F1に乗りたい』という想いの灯(ともしび)が消えることはない。なので、努力は最大限したいと思っています」

 気持ちを切り替えて臨む今季、スーパーGTでは昨年同様にジェンソン・バトンと組んでRAYBRIG NSX-GTをドライブし、スーパーフォーミュラではさらなる高みを目指してDOCOMO TEAM DANDELION RACINGへの移籍を決断した。

 また、山本にとって2019シーズンは、国内最高峰レースにデビューして10年目となる節目の年。今年7月には31歳となり、気つけば自分を慕う後輩たちも多くなってきた。

「僕が21歳でデビューした当時は、道上龍選手や小暮卓史選手が第一線で活躍している時でした。それから10年が経って……今の牧野任祐選手(21歳)や福住仁嶺選手(22歳)が10年前の自分だと考えると、僕が(10年前の)小暮選手のような(若い世代を引っ張っていく)ポジションに来たのかなと。そう思うと……不思議な感覚ですね。

 当時、小暮選手は憧れの人でしたし、誰もが認めるエースドライバーでした。僕もデビュー当時はいろんなことを教わりました。そんな小暮選手が(今シーズンから)GT500クラスからいなくなってしまったのは、すごく残念な気持ちはあります。

 目標とする選手を無心で追いかけてきた10年でしたけど、これからは若手ドライバーに見られる存在になっていく。10年という節目に、新しいステージを迎える感じです」

 ダブルチャンピオンという快挙をひとつの区切りとして、2019年からは「第2ステージの始まり」なのだと語った。

 14年ぶりの国内二冠王者に輝き、F1挑戦の道も垣間見えた。注目度が一層高まった2019シーズンに、山本尚貴は真の強さを証明するため、王座防衛を目指す。