男子プロテニス協会(ATP)は3月5日、クリス・カーモード氏の会長職を今年一杯で解くと発表した。賞金の大幅増額などプロ選手の待遇向上に尽くしたカーモード氏だが、選手会代表であるノバク・ジョコビ…

男子プロテニス協会(ATP)は3月5日、クリス・カーモード氏の会長職を今年一杯で解くと発表した。賞金の大幅増額などプロ選手の待遇向上に尽くしたカーモード氏だが、選手会代表であるノバク・ジョコビッチ(セルビア)ら改革派からの攻撃を受け、内紛とも言うべき状態にあった。退任は今年末の任期満了時となる。

♦︎ジョコビッチ、革新を求める

これまで二期を務めたカーモード氏の更新見送りは、ジョコビッチら10人から組織される選手会の意思を受け、ATPによって正式決定された。選手会では6時間以上に及ぶ協議の末、投票を実施。カーモード氏の会長継続を見送るようATPに進言することが決定した。ATPはこれを受けて更新見送りを発表。カーモード氏は、年内をもって会長職を退く。

選手会代表のジョコビッチによって退任へ導かれたとの見方が主流だ。BNPパリバ・オープン開催中の3月7日、選手会代表のジョコビッチは短い記者会見を開催。個人的な立場の表明は差し控えると述べたものの、組織に変革をもたらす必要性を以前から訴えていた。現状のATPには欠点があり、十分に選手の利益が確保されていないというのが彼の主張だ。現行制度では議案の票決の際、選手会と大会側が各3票を握っているため、同票の末に会長が最終決定権を行使することが多々見られる。

さらには収益分配の面でも不満があった、とTennis誌は分析。NBAでは選手に50%が分配されるが、ATPの場合は約20〜25%に留まる。四大大会では7〜8%に過ぎないとの推測も。賞金の増額を訴えるジョコビッチは、過去に全米オープンのボイコットと男子選手による組合の設立を支持していたという報道も出ている。

賞金を巡っては、選手会のバセック・ポスピショル(カナダ)もジョコビッチに同調。ESPNによると、今年1月にはランク50位から100位の選手にメールを送信し、選手の利益を優先できるCEOの選出に向けて行動するよう呼びかけていた。

♦︎現会長の支持派も多く

しかし、カーモード氏を擁護する意見も根強い。ポスピショルによる一斉送信メールに対し、スタン・ワウリンカ(スイス)は返信。ここ5年間で事態は良い方向へ向かっていることに気付くべきだ、と激しい文調で反論した。

さらに選手会による投票実施前に、選手会メンバー外のラファエル・ナダル(スペイン)やロジャー・フェデラー(スイス)などに意見を求めるべきだったとの指摘も出ている。とくにフェデラーは前選手会代表という立場だ。これについてジョコビッチは、意見があるなら彼らの方からアプローチがあっても良かったはずだ、と釈明した。

そのナダルは、退任発表の翌日にコメントを発表。長期間じっくりと実績を作ってきた自身のキャリアになぞらえ、短期間で物事をコロコロと変えることは好きではないと述べている。実績が出る前に解任となれば、テニスという競技の改革に支障が出ると述べ、選手会による決定を批判した。一方、フェデラーの態度はナダルよりも消極的。自身が何を述べても結果は変わらないだろうと述べており、ESPNによると、政治から距離を置きたいとの立場を示している。

ナダルについてはnews.com.auも、ジョコビッチら革新派に対する批判の急先鋒であったと解説。カーモード氏は優れた仕事をしており、留任に値するとナダルは述べている。さらに同サイトは、フェデラーは中立ではなく、ナダルと同じ立場だと捉えているようだ。会長支持派だったからこそ選手会との関わりを避けていたと見る。フェデラーは立場の表明を避けているものの、近年のテニス界のあり方を賞賛。会見では、現職の会長が任期を終える一方で、今後のプランが示されていないことにも疑問を呈した。解任発表後にフェデラーは意見を同じくするナダルを滞在先に招き、コーヒーを飲みながらテニスの将来について意見を交わしたと報じられている。

ほかにもワウリンカの元コーチや、アンディ・マレー(イギリス)の母であるジュディ・マレー、そしてグレッグ・ルゼツキー(イギリス)など、カーモード氏の退任決定を惜しむテニス関係者は数多い。

♦︎メディアは冷ややか

今回の解任劇を、驚きを持って受け止めているのはTennis誌。つい最近までは続投するという見方が大勢を占めていたと述べ、事態の急激な変化を強調している。穏やかな繁栄の時代を取り仕切った人物だった、とカーモード氏の功績を振り返る。退任決定を受け、ATPは安定性よりも騒動と仲違いを選んだようだ、との手厳しい意見を同誌は記事内で述べている。

ほかにもカーモード氏の引退を惜しむメディアは多い。一連の出来事を舞台裏で起きている戦争だと表現するnews.com.auは、カーモード氏の引退決定というずさんな幕引きとなった、とATPの決定を暗に批判している。

さらにGuardian紙も、意味のないクーデターだ、とバッサリ。カーモード氏の後継には誰の名も挙がっておらず、テニスという競技にありとあらゆる混乱をもたらすことになる、と同紙は懸念している。実はカーモード氏の体制の下、とくにランクの低い選手たちの賞金は改善してきた。たとえばウィンブルドン初戦敗退選手の場合、その金額は氏の在任中に66%も向上。賞金額に満足していないのはエリート選手だけではないか、と同紙は疑問を呈している。

カーモード氏の実績についてESPNは、任期中に賞金を増額したほか、ネクストジェネレーション・ATPファイナルズと2020年からのATPカップを創設したと紹介。他メディアも含め、実績ある会長の退任を惜しむ声が多く聞かれる。

(テニスデイリー編集部)

※写真は選手会代表のジョコビッチ(Leonard Zhukovsky / Shutterstock.com)