BNPパリバ・オープン4回戦、西岡良仁はミオミル・ケツマノビッチ(セルビア)と対戦し、第1セットを4-6で落として第2セットが始まった直後、腰や背中の痛みで途中棄権を決断した。 目には涙を浮かべ、痛む身体を引きずりコートを去る170cmの…

 BNPパリバ・オープン4回戦、西岡良仁はミオミル・ケツマノビッチ(セルビア)と対戦し、第1セットを4-6で落として第2セットが始まった直後、腰や背中の痛みで途中棄権を決断した。

 目には涙を浮かべ、痛む身体を引きずりコートを去る170cmの小柄な背に、客席から温かな拍手が降り注ぐ--。

 その光景は2年前、同じ「コート2」でスタン・ワウリンカ(スイス)を剣ヶ峰まで追い詰め、わずかに勝利に届かずコートを後にした、あの時と重なった。



グランドスラムに次ぐグレードの大会でベスト16進出を果たした西岡良仁

 もちろん、3時間に迫る熱戦だった2年前と、腰の痛みのために第2セット開始と同時に棄権した今回では、状況は大きく異なる。それでも、いかなる時も試合をあきらめず、勝利への可能性をコート上で必死に探し求める真摯な闘争心が観る者の胸を打つ景色は、2年前を想起させた。

 グランドスラムに次ぐグレードのBNPパリバ・オープンで、西岡は第21シードのロベルト・バウティスタ・アグート(スペイン)らを破り、ベスト16へと進出。それは、わずか11カ月前には400位近くだったランキングを、再びキャリア最高に近づく60位台にまで引き上げる結果でもあった。

 2年前の3月末、試合中に左ひざの前十字じん帯断裂の大ケガを追った西岡は、手術と9カ月の戦線離脱を経て、昨年1月に復帰を果たす。だがその間、58位にまで上げたランキングは380位へと落ち、プロテクトランキングを使って出場した大会では、ことごとく初戦で上位選手と当たるドロー運のなさにも泣かされた。

 それでも自分を信じ続け、昨年9月には初のツアー優勝も掴み取る。ランキングも74位にまで戻し、2年前に大躍進を果たした思い出の地に彼は帰ってきた。

 スコアはストレートながら1時間43分を要したバウティスタ・アグートとの2回戦、そしてファイナルセットタイブレークにもつれ込む死闘となった3回戦のフェリックス・オジェ=アリアシム(カナダ)戦は、いずれも西岡のテニス哲学が相手を勝ったがゆえの勝利だった。

 今季、カタール・オープンを制するなど好調なバウディスタ・アグートは、表情を変えずに淡々と、しかし恐るべき粘り強さで、この3カ月間でノバク・ジョコビッチ(セルビア)をはじめ多くの上位選手を破っている。

 その相手との一戦で、西岡は「長い試合になる」と覚悟し、そのうえで「どちらがより攻撃的にいけるか」を勝負のカギと定めていた。

 第1セットは、ネットに出て決める西岡の攻撃性が光り先取。そして彼の真骨頂は、リードを許し迎えた第2セットの第8ゲーム。相手の低く刺さるフォアの強打に左右に振り回されるも、ベースラインの大きく後方をコートの端から端まで目いっぱい走り、幾度も高いロブを上げて窮状をしのいだ。

 ミスの少ないことで知られる相手も高度なスマッシュを打ち込むが、それでも西岡はあきらめない。最後は、ネットに出てきた相手の横を、鋭く回転をかけたフォアのストロークが抜けていく。その瞬間、客席は大歓声に包まれ、興奮とともに西岡の名を叫んだ。

「粘って、粘って、最後なんとかチャンス作って決めるのが自分の原点。ああいうプレーがたまたまブレークポイントでできたけれど、自分の持ち味がすごく出たと思います」

 自分の強さを熟知し、その勝負に持ち込めば勝てるという信念で掴んだ、彼らしい会心の勝利だった。

 3回戦では一転、自分より5歳も年下の、18歳の新鋭と相対する。

 2週間前にはリオ・オープンで準優勝しているテニス界期待の若手は、フォアとサーブを主軸にした攻撃力で、今大会でも2回戦で世界10位のステファノス・チチパス(ギリシャ)を撃破。その相手の勢いと攻撃力を警戒しながらも、戦前の西岡は「経験では僕が上」の言葉を繰り返していた。

 試合は立ち上がり、失うもののない18歳が、自慢のフォアで攻めに攻める。「第2セットの途中まで、相手はほぼパーフェクトだった」と感じた西岡は、反撃の糸口を見つけることができなかった。

 だがその時、対戦相手が感じていたことは、西岡が抱いた印象とはかなり違う。

「バックの高いところを攻められ、最初から心地よくプレーさせてもらえなかった」

 18歳が抱いた違和感は、ボディブローのように蓄積され、第2セット中盤で鍋が吹きこぼれるようにミスとなって噴出する。その機を逃さず第2セットを逆転で奪った西岡は、第3セットも5-1とリードを広げた。

 だがドラマは、ここではまだ終わらない。後がなくなった挑戦者が捨て身の反撃に転じた時、再び流れは反転する。手のつけようのなくなった相手に追い上げられた西岡は、精神的に落ち込んだことを後に認めた。だが、コート上では若い相手に、弱った自分を絶対に見せたくない。

「やられても、なんでもないという顔をしていました」

 それは、けっして数字には現れぬ、ささやかな反撃。だが、相手の心理には確実に、晴れぬ靄(もや)をかけていた。最終セットのタイブレークでの西岡は、勝利を意識した相手の硬さを見抜き、ラリーを続けてミスを誘う。

 重圧がかかった局面での戦い方、そして相手の心の動きを読み取る能力--。それらを総動員した勝利を、西岡は「大人のテニス」と定義して、矜持と自嘲の交じった笑みをこぼした。

 その2日後--西岡は試合前の練習で、右腰部に痛みを覚える。

 タフな試合が続いてはいたが、筋肉痛や疲労はほとんど感じてなかった。試合のない日は休養にあて、練習前のストレッチなども誰より時間をかけて、入念にやっているという自負もある。それでも見舞われた突発的なアクシデントの悲しみに、彼は「事故のようなもの。運がなかった」と自らに言い聞かせることであらがった。

 手をかけた自己ベストランキングは、またも握りしめる直前で、その手からすり抜けた。だが、思い出の地で再び達したベスト16は、勢いで至った前回よりも価値のあるものだと、西岡は知っている。

「間違いなく実力は上がっている。自信もついているし、それにともない結果も出ていた。2年前に比べても、すべてにおいてよくなっている」

 彼の言葉は、いつも現実のものとなる。最良の日は、今、進む道の先に必ずある。