第1セットを奪ったにもかかわらず、錦織圭の顔には時おり、苛立ちの陰が落ちていた。 本来なら相手コートに刺さるはずのフォアハンドストロークが、力なく浮いていく。いつもならネットをかすめ鋭くコートを切り裂くバックが、ネットにかかり自分のコート…

 第1セットを奪ったにもかかわらず、錦織圭の顔には時おり、苛立ちの陰が落ちていた。

 本来なら相手コートに刺さるはずのフォアハンドストロークが、力なく浮いていく。いつもならネットをかすめ鋭くコートを切り裂くバックが、ネットにかかり自分のコートへと落ちる……。ベンチに戻った時には、複数のラケットのストリング面を手で叩き、その反発力を確かめた。



インディアンウェルズの環境に苦しみながらも初戦を突破した錦織圭

 ラケットに貼るストリングスのテンションと、ボールやサーフェスの特性、そして天候の組み合わせによって決まる打球感は、砂漠の街インディアンウェルズで開催されるBNPパリバ・オープンで、常に錦織を悩ませる複雑な数式だ。

 大会4日目のインディアンウェルズの週末は、朝から薄雲が上空を覆い、陽射しの届かぬコートは気温も上がらない。

「難しかったですね。天候によってボールの感じも変わるので」と、錦織は試合後に述懐する。

「今日は温度も低くて、なおのこと決められない環境になっていた。太陽が出ると、ボールもしっかり飛んでくれるんですが……。さらに、相手がフラット系で低いボールを打ってくるので、それもすごく攻めにくさを感じた理由でした」

 第2セットでは、相手のサーブの調子が上がってきたこともあり、なかなか突破口を見いだせない。ゲームカウント4-4で迎えた自分のサービスゲームでは、最後はスマッシュをミスしてブレークを許した。

 第2セットを落とし迎えた第3セットでも、フォアのショットが乱れる場面が目立つ。第3ゲームでブレークされ、試合終盤の第11ゲームでもブレークを許した。だが、いずれの局面でも、その直後のゲームで相手のアドリアン・マナリノ(フランス)がダブルフォルトを犯し、自らを苦しい立場に追い込んだ。

 全体の流れとしては劣勢ながら、相手のミスもあってなんとか食らいつく--。試合全体の展開としては、そのように映った。

 だが、同じ試合も、マナリノ側の視点に立つと、また異なる景色が見えてくる。

「圭はボールを捕らえるのも、試合の展開も、とても速い。だから、慣れるのに時間がかかった。第2セットに入るとようやくリズムを掴み、落ち着いてラリーができるようになってきた。それでも、彼はいいプレーを維持していたし、とくにブレークされた後のゲームではレベルを上げてきた」

 それが、マナリノが試合を通じて抱いていた印象だったという。錦織の鋭いリターンに終始、圧力を覚え、とくに第1セットではセカンドサーブをことごとく叩かれた、という悔いが深く心に焼きついた。

 実際には、セカンドサーブのポイント獲得率は44%とそこまで悪くはないので、数字以上にやられた思いが強かったのだろう。そこで、第2セット以降のマナリノは、「セカンドサーブをいつもより速く打っていた」という。その勇気は報われて、第2セットでのセカンドサーブ獲得率は78%にまで上昇した。

 だが、リスク覚悟の丁半的な勝負は、いつまでも勝てるわけではない。

 最終セットでの彼は、「おそらくセカンドサーブで無理をしすぎた」と省みる。リードした直後のゲームで、2度もブレークポイントで犯したダブルフォルト……。それは、「圭のリターンにずっと圧力を受けていた。あれは彼が引き出したものだ」と、敗者は定義した。

 一方の錦織は、ブレークされた直後のゲームでは、「相手になるべく打たせ、自分からミスしないことを心がけていた」という。

 攻撃的な姿勢が与えるプレッシャーもあれば、ミスをしないことで相手が覚える重圧もある。最終的に6-4、4-6、7-6という大接戦を制した勝因は、その局面を見極める洞察力と、見極めた戦況に応じて戦術を変えられる手札の豊富さにあった。

 かくして危機を切り抜けたその先で、錦織が対戦するのは、直近のドバイ選手権で敗れたばかりのフベルト・フルカチュ(ポーランド)。勢いに乗る22歳の強打は、この大会を勝ち上がるうえで欠かせぬ適応力を試す意味でも、錦織にとって格好の試金石になるだろう。