数日前、大坂なおみはツイッターやインスタグラムに、自身の胸中を深く見つめた、エッセイとも言える文章を掲載した。 最近、多くの親が、「うちの子は、あなたに憧れているんです」と伝えてくる現実。 子どもたちから、”ロールモデル=…

 数日前、大坂なおみはツイッターやインスタグラムに、自身の胸中を深く見つめた、エッセイとも言える文章を掲載した。

 最近、多くの親が、「うちの子は、あなたに憧れているんです」と伝えてくる現実。

 子どもたちから、”ロールモデル=お手本”と見られることに伴う重責。

 そして自身が幼少期に、憧れの選手たちから、いかに多大な影響を受けてきたかという記憶――。



インディアンウェルズでもファンが押し寄せて大人気の大坂なおみ

 宝石のように輝く種々の想いを言葉に置き換えた彼女は、偉大な先達のおかげで壮大な夢を見て、だから自分は今ここにいると気づいたプロセスを誠実につづっていた。

 1年前に優勝したBNPパリバ・オープン(インディアンウェルズ)の会場を訪れ、多くのファンや子どもたちに、熱狂的な歓喜で迎えられた日のことである。

「私は、注目されることが好きではなかったの。それはみなさん、よく知ってるでしょ?」

 開幕を控えた会見の席で、件の文章を書いた経緯を問われた彼女は、好奇と少しの不安が入り交じる瞳で、こちらの出方をうかがうように問い返した。

「でも今回、会場を訪れ、多くの人が私に話しかけたり、応援してくれる姿を見た時、その理由はなんだろうと考え始めたの。そうして近づいてくる子どもたちをよく見たら、みんなすっごくキュートな仕草で私にサインを求めていた。

 その時に、思い出したの。私も子どもの頃に大会会場に足を運んで、大好きな選手を応援したいと思ったことを。たぶん、この子たちにとって今の私は、幼い頃の私が憧れていた、あの選手たちと同じ存在なんだって……」

 それは目眩がしそうなほどに、衝撃的な気づきだったと、彼女は言った。

「憧れの存在と、夢の始まり」について想いを巡らせ、記憶をさかのぼった時、たどり着く起点はまさに、彼女が今立つインディアンウェルズの地だ。

 大坂が「私のアイドル」と公言するセリーナ・ウィリアムズ(アメリカ)に憧れたきっかけは、そもそもこの大会にある。

 今から18年前――。決勝戦で、観客から不条理なブーイングを浴びながらも勝利を掴んだセリーナの姿が、テニスを始めたばかりのシャイな少女の胸を激しく打った。その日から、セリーナの試合をテレビやネットで追っていた大坂は、やがて、セリーナのライバルと呼ばれる長身選手にも敬意の目を向けるようになる。

 金髪のポニーテールがトレードマークのその選手は、いかなる状況下でも自分を律し、毅然と前を向き戦い続けた。セリーナと並び、大坂が「将来、戦いたい」と渇望した選手の名は、マリア・シャラポワ(ロシア)。1年前、そのシャラポワをBNPパリバ・オープンの初戦で破った大坂は、ひとつの夢の成就を推進力とし、一気に頂点まで駆け上がった。

 憧れの人々を追い抜く疾走は、翌週のマイアミへと続いていく。マイアミ・オープンの初戦でセリーナと対戦した大坂は、完勝と言える白星を掴み取ったのだ。

 15年近く抱き続けた夢を、次々と現実に変えた1年前の出来事を、大坂は「まるで10年前のよう」と、懐かしそうに振り返った。

 10年にも感じる濃密な時の流れは、彼女を取り巻くさまざまな要素を、衣替えのように変えもした。

 世界1位の一挙手一投足を追うテレビカメラ。注がれる数多の視線。サインや写真を求め、幾重にも折り重なる人垣――。

 2週間前からコーチに就任したジャーメイン・ジェンキンスも、それら変わった要素のひとつだ。USTA(全米テニス協会)にも手腕を買われたその新コーチを、大坂は「厳格な兄のよう」と評し、同時に「コーチが変わっても、私がやることに劇的な変化があるわけではない」と静かに述べた。

 周囲は彼女を「ディフェンディング・チャンピオン」と見なし、優勝へのプロセスを「ディフェンド」の言葉で形容したがる。だが、「チーム・ナオミ」にとってここはあくまで新たな大会であり、挑むのは新たな戦いだ。

「私に近い人たちは、誰も『ディフェンディング・タイトル』という言い方をしない。『別のタイトルを取りに行く』と考えている」

 それが、世界1位として今大会に挑む、彼女の心の現在地だ。

 憧れに輝く子どもたちの瞳は、かつて同じ光を目にたたえ、夢を追った幼き日を彼女に想起させた。

 ならば今、ふたつのグランドスラムと世界1位を手にした彼女は、目覚めた時に「夢をすべて叶えてしまった」と感じる朝はないのだろうか――?

 いくぶん意地悪なその問いを、彼女は目を丸くして、「No no、そんなことはまったくないわ!」と言下に否定する。

「だって私には、まだまだたくさんの目標があるもの。グランドスラムで勝ったことがない時は、ひとつほしいと思っていた。ひとつ勝てば、ふたつ目がほしいと思う。そして今は、キャリア・グランドスラムを達成したい。それが可能ないい位置に、今の私はいると思うもの」

 多くの人が、驚きうらやむ栄光を手にしてなお、彼女は夢に飢えている。

 幼少期と変わらぬ希望の光を瞳に宿し、すべての始まりの地で、彼女は新たな夢を追い始める。