赤みの差す頬(ほほ)と明るい表情は、容赦なく照りつける陽射しの下、充実した練習を重ねてきた跡だろう。 現在の調子は--? そう問う米国人記者の問いに、錦織は「Very good!」と即答した。 彼の今季5大会目で、最初のATPマスターズと…

 赤みの差す頬(ほほ)と明るい表情は、容赦なく照りつける陽射しの下、充実した練習を重ねてきた跡だろう。

 現在の調子は--?

 そう問う米国人記者の問いに、錦織は「Very good!」と即答した。

 彼の今季5大会目で、最初のATPマスターズとなるBNPパリバ・オープン(インディアンウェルズ)。その開幕を控えた、囲み取材の席でのことである。



インディアンウェルズ大会前の囲み取材で笑顔を見せる錦織圭

 インディアンウェルズは錦織にとって、好悪の感情と記憶が入り交じる大会だ。

 初出場は、まだ18歳だった2008年。予選を勝ち上がり、初めてマスターズ大会の本戦出場を果たした。過去の出場回数9回を数えるインディアンウェルズは、マイアミ・マスターズと並び、彼がもっとも多く戦ってきた大会でもある。

 ただ、戦績面で言えば、やや苦しめられてきたのも事実だ。最高成績はベスト8で、初出場から4大会連続で初戦負けが続いた。

 苦戦の要因は、ひとつには、砂漠特有の乾いた空気で飛びすぎるボールと、バウンド後に急激に上方へと弾むコートサーフェスの組み合わせにある。繊細なタッチと多彩な技を持ち味とする錦織には、自分の武器やよさが発揮しにくい環境なのだ。

 もうひとつの要因としては、なかなか万全の状態でこの大会を迎えられなかったことも挙げられる。

 極寒の北米北部と高温多湿のマイアミや中南米を往来する2月は、体調不良に悩まされることが多かった。昨年はついにメキシコのアカプルコで肺炎を患い、インディアンウェルズは欠場を強いられる。今年2月のツアーはロッテルダムからドバイという例年とは異なる遠征ルートを選んだのも、そのあたりに理由があるだろう。

 その欧州・中東2大会で残した結果は、ベスト4(ロッテルダム)と、2回戦敗退(ドバイ)。本人的には「時差もあるし遠いので、楽ではなかった。結果がもう少し出ればよかった」と満足に至る戦績ではなかったが、「これも経験。テニスの調子は悪くなかった」と前向きにとらえている。

 もちろん、ドバイでの2回戦敗退は望んだ結果ではなかったろう。だが、「しっかり、ここの会場にアジャストしないといけない」と感じている大会に適応する時間が取れたという意味では、プラスの側面もあるはずだ。

 そのインディアンウェルズ会場での錦織は、実戦さながらの激しい練習のさなかにも、時折股抜きショットを披露するなど楽しそうな様子も見せている。思えばここ最近、錦織が「楽しそうにしている」というのは、日本人選手や関係者たちからよく聞く声だ。

 では、錦織本人に、そのような自覚はあるだろうか?

 その問いに対して彼は、照れたような笑みをこぼしながらも、穏やかながら真摯な心情を顔に浮かべて、こう答えた。

「やっぱり(右手首の)ケガがあり、そのケガから帰ってきてから何が一番幸せって、痛みがない時にいいテニスができていることです。痛みがないっていうのが一番うれしいですね。復帰してからも手首は痛かったし、そこと戦ってきたところもあるので。

 痛みなくちゃんとテニスができて、調子もよかったら、けっこうそれだけでうれしかったりする。ケガをするまでもそうでしたが、今まで以上にうれしいなというのは、ケガしてからとくに感じていることです」

 痛みなく、テニスができる。自分のやりたいプレーを、身体への不安なくコート上に描くことができる--。純粋で無垢なその喜びこそが、傍目にも「楽しそう」と映る、錦織圭のテニスの熱源だろう。

 インディアンウェルズ入りした錦織が、現在の体調を問われた際に「Very good」と答えたことは、前述したとおりである。

 では、「Goodと、Very goodの違いとは何か?」。

 そう問われた彼は、少し思案を巡らせた後、探した答えが見つかった喜びに顔を綻ばせて断言した。

「”Good”は90%、”Very good”は、100%!」

 100%の心身の充実度で、錦織は10度目となるインディアンウェルズ・マスターズへと挑む。