チームで戦う 「チームとしてより一層成長できるようにアーチェリーをやっていた」。主将も務めた野村翼(スポ=愛知・岡崎北)は、四年間を通じて、選手として目標としていたことをこう話してくれた。常にチーム全体のことを考えながら早大アーチェリー部を…

チームで戦う

 「チームとしてより一層成長できるようにアーチェリーをやっていた」。主将も務めた野村翼(スポ=愛知・岡崎北)は、四年間を通じて、選手として目標としていたことをこう話してくれた。常にチーム全体のことを考えながら早大アーチェリー部を引っ張っていった野村の四年間を振り返る。

 入学した中学校に部活があったことや、兄が既に始めていたことからアーチェリーの道に入った野村。しかし高校時代に負傷してしまい、一度は競技から遠ざかっていた。大学で再開することを考えていた野村は、部が積極的に情報発信していたこともあり、早大に入学した。「どこまで1年間のブランクを克服できるのか」という思いを持ちながらプレーしていた1年目はとにかく練習を行い、11月の新人戦では目標を上回る667点という記録を残し3位に入賞する。2年目は同期とともに関東学生リーグ戦(リーグ戦)初出場を果たした。主力が引退したことによって一気に世代交代となったこの年を、野村は「不安だった」と振り返るが、その中で同期の選手を意識しながら、互いに高め合うことができたとも語ってくれた。続いて行われた学生アーチェリーの夢の舞台である全日本学生王座決定戦(王座)で早大は35年ぶりの準優勝を果たした。ただ野村は、「本当にへたくそだった」「もっと自分の実力があれば優勝できたかもしれない」と悔しさを感じていた。これをきっかけに「もっと練習に励むようになった」という。「まさか優勝できるとは思わなかった」と振り返る全日本室内選手権を制したのも、こうした気持ちの変化があったからかもしれない。


主将としてチームをけん引した野村

  3年生で出場した王座はまさかの結果となった。「予選からあまり良くなかった」「焦ってしまった」という翌日の決勝ラウンドは初戦の拓大戦でまさかの敗戦を喫してしまう。昨年の成績から、優勝も期待されていたこの年。「この時にチーム力の重要性が認識できた」と振り返ったこの一戦は、のちに主将としてチームを引っ張っていくことになる野村の考え方に大きな影響を与えた。最も思い出に残っているという4年生で迎えた最後の王座。「チーム力としては、目指せるところぎりぎりまで目指せたので、後悔はない」と話した通り3位入賞を果たし、笑顔で大会を終えた。

 野村が当時を振り返る中で何度も口にしたのは「チーム」という言葉だった。1・2年生で緊張しながら試合に出たときに先輩から声を掛けてもらった自身の経験から、初出場の選手などを中心に積極的に声援を送るサポートをするなど、チームとしての雰囲気を高めるためにコミュニケーションを重視していたという。主観が入ってしまうのでと前置きしたうえで、チーム力が最も高かったという4年目は、男子はリーグ戦でブロック優勝を達成し、女子は関東を制覇するなど部として大きな結果を残すことができた1年だった。「チームで戦う」ことを目標として、常に全体のことを考え、けん引してきた野村の功績は間違いなく大きいだろう。

 卒業後もアーチェリーを続ける野村。ナショナルチームのメンバーとして選出されており、11月には東京五輪の予選も兼ねる選考会に臨む。「競技をやる面だけでなく、いろいろな面で成長できた」という早大での四年間。「アーチェリー部でよかった」と笑顔で振り返る姿から、充実ぶりを感じることができた。次は五輪へ。野村の挑戦はまだまだ続いている。

(記事 岡秀樹、写真 森迫雄介)