次代の女王は、果たして誰か--? それはこの数年、女子テニスを語るうえで、常に俎上(そじょう)に載る至上の命題であった。4大大会(グランドスラム)では2年連続で、異なる8人の優勝者が誕生した混沌の時代。その馬群から誰が抜け出し、今後のテニ…

 次代の女王は、果たして誰か--?

 それはこの数年、女子テニスを語るうえで、常に俎上(そじょう)に載る至上の命題であった。4大大会(グランドスラム)では2年連続で、異なる8人の優勝者が誕生した混沌の時代。その馬群から誰が抜け出し、今後のテニス界を統(す)べるのか?



袂を分かったサーシャ・バインと大阪なおみ

 長く交わされたその議題に対し、ひとつの解を鮮烈に突きつけるかのように、今年1月の全豪オープンを制したのが大坂なおみである。

「セリーナ・ウィアムズ二世」と称賛されるダイナミックなプレースタイルに、繊細かつカラフルなパーソナリティ--。それらを備えた21歳は、新たな時代を彩るシンボルとしてもふさわしい。大坂こそが女子テニス界を牽引するニューリーダーであり、当面は彼女を中心に今後の展望や優勝争いが語られていくことは、もはや疑いのないところだ。

 現に今回、大坂がコーチのサーシャ・バインと袂(たもと)を分かったニュースは世界を駆け、テニス界最大のトピックとなる。米国の『ニューヨーク・タイムズ』や英国の『テレグラフ』『ガーディアン』などの大手紙もこのニュースを報じ、大坂が出場予定だったカタール・オープンでも、メディアと選手間でコーチに関連する質疑応答が繰り広げられた。

 今回の大坂とバインのように、新シーズンが始まった直後の離別は稀(まれ)ではあるが、女子のトップ選手がコーチを頻繁に変えるのは、けっして珍しいことではない。

 昨年末には当時の世界1位のシモナ・ハレプ(ルーマニア)が、全仏オープン優勝も達成したベストシーズンを送ったにもかかわらず、コーチと離れる道を歩んだ。あるいは、昨年のウインブルドン優勝者のアンジェリック・ケルバー(ドイツ)も、成功のシーズンをともに過ごした新コーチを、就任からわずか1年後に解任している。

 ではなぜ、これほどまでにコーチ変更が多いのか?

 その問いに対しては、ほとんどの選手が、「自分にあったコーチを見つけるのは、とても難しい」と声を揃えた。

 今季開幕直前に新コーチを見つけたケルバーは、昨年10月にコーチ解任を決めた際、その理由を「今後の方向性に対する、意見の不一致」と発表した。

「私は長年、同じコーチに師事していたので、新しいコーチを見つけるのが難しい。それでもいいコーチはたくさんいるのだから、直接会って話をし、そして決めていくしかない」というのが、現世界6位の見解である。

 今季をコーチ不在で迎え、今回のカタール・オープン直前に新コーチを雇ったハレプは、「私の場合は、前のコーチが家族との時間を大切にしたいからという理由でやめた。今回のなおみとは状況が違うと思う」と前置きしたうえで、コーチと選手の関係性について、次のように言及した。

「コーチは、自分のことをよく理解し、上手に付き合える人であることが大切。でも、そのような人は、簡単には見つからないものでしょう? コーチというのは、あらゆる困難に直面した時に、それをともに解決していく相手であり、チームでもっとも重要な人物。相性も大切なので、なおのこと適任者を見つけるのは難しい」

 さらには、たとえ世界の頂点に上り詰めようとも、長いツアーを転戦するうえで、「コーチは絶対に必要。第三者のサポートや客観的視点なしで、戦っていくのは不可能」だと断言する。

 なお、ハレプが新たに雇ったコーチは、今年の全豪オープンまで男子のダビド・ゴファン(ベルギー)に帯同し、彼を世界の7位に引き上げた手腕の持ち主。ハレプはそのコーチに白羽の矢を立てた理由を、「私はゴファンの、どんどんコートの中に入っていくプレーが好きだったから」と説明した。

 その新コーチとのタッグで挑んだ最初のトーナメントで、ハレプは決勝まで勝ち上がった。開幕の前日までフェドカップ(女子国別対抗戦)を戦っていたルーマニアのエースは、カタールでも熱狂的なファンの声援を浴び、まめを潰しソックスを血で染めながらも精力的にコートを走り回り、準決勝では最終セット1−4からの逆転勝利も掴み取っている。

 今大会に参戦予定だった多くの選手が体調不良やケガを理由に出場を取りやめるなか、ハレプは一途に勝利を追い求めた理由を、「自分に負けたくないから」だと明言した。

「もし全力で戦い、相手のほうが強かったのなら負けても仕方ない。でも、自分から勝利を手放すようなことはしたくない。今の私は、プレッシャーを感じていない。試合を、そして多くのファンが応援してくれる状況も、とても楽しめている」

 それが、2年連続で年間ランキング1位に座した者の務めだとでも言うように、確たる口調で彼女は言った。

 大坂が全豪オープンを制した時、彼女をよく知るベテラン記者は、「世界1位の選手には、女子テニス界のリーダーであることが求められる。たとえあなたが21歳の若さでもね。その準備はできている?」と尋ねた。

 世界の頂点に座した今、彼女が対峙するのはコート上のライバルのみならず、ロールモデルとしての責務を求める声であり、周囲からの期待や好機の目であり、時には厳しい批判の声でもあるだろう。

 その意味でも、今週開催されるドバイ選手権は、彼女の今後を占うひとつの試金石になる。世界1位として最初に迎えるこの大会の開幕に先駆けて、大坂は「もちろん、ここでいい結果を残すことは、最大の目標ではある。でも同時に、今はコーチ変更に伴う移行期間。どんな未来が待ち受けているのか、それが楽しみでもあるの」と言った。

 自身に待ち受ける未来を心待ちにし、変化を受け入れ、周囲の期待や好機の視線を正面から受け止めた時こそが、真の”大坂時代”の幕開けとなるはずだ。