ホンダF1山本雅史モータースポーツ部長インタビュー@後編 レッドブル・ホンダRB15は2月13日にシルバーストンでシェイクダウンが行なわれ、ノートラブルで規定の100kmをほぼフルに走り、スムーズな滑り出しを見せた。同日には、同じくホン…

ホンダF1山本雅史モータースポーツ部長インタビュー@後編

 レッドブル・ホンダRB15は2月13日にシルバーストンでシェイクダウンが行なわれ、ノートラブルで規定の100kmをほぼフルに走り、スムーズな滑り出しを見せた。同日には、同じくホンダのパワーユニットを搭載したトロロッソ・ホンダSTR14もイタリアのミサノでのシェイクダウンをノートラブルで完了している。

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バルセロナ合同テスト前に山本雅史モータースポーツ部長に話を聞いた

 ホンダは明らかに変わった。

 レッドブル陣営からも、そしてホンダ陣営からも、レッドブル・ホンダとしての「初優勝」の言葉が出てくる。

 ホンダの山本雅史モータースポーツ部長からは、「モナコまでに優勝したい」との発言が飛び出した。

「希望として、モナコまでには勝ちたいと思っています。バルセロナ合同テストがうまくいって、ホンダのパワーユニットの性能と信頼性、レッドブルの車体とのマッチングが噛み合えば、彼らだって開幕戦から(勝ちを)狙っていくだろうし、僕らだって狙ってほしい。

 ただ、運とかそういうのを抜きにすると、オーストラリア(第1戦)、バーレーン(第2戦)、バルセロナ(第5戦)、モナコ(第6戦)はレッドブルの得意なサーキットですし、個人的にはこの4つのどこかでは勝ちたいと思っています」

 最終的には、バルセロナ合同テストの結果を分析したうえで、開幕仕様のパワーユニットのパワーと耐久性(走行距離)のバランスをどう取るかを決めるという。

 メルセデスAMGとフェラーリに大きな差をつけられていた昨年の経験をもとに、ホンダはこの冬の間、パワーと信頼性の向上に注力してきた。信頼性重視でパワーは抑えめで……といった、昨年のようなコンサバティブな姿勢で開幕に臨むわけではない。

「当然、去年のパワーのままでは厳しいので、彼らに追いつくためにはパワーアップもしなければならないし、そのなかで信頼性をどう引っ張り上げていけるか、そのかけ算の勝負なんです。(パワーユニット開発の)方向性が去年見えましたけど、MGU-H(※)などは安定してきた反面、ICE(エンジン本体)など他の部分にいくつか問題が出てしまいました。

※MGU-H=Motor Generator Unit-Heatの略。排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。

 そういう部分は冬の間にリカバーしたとしても、今年仕様のパワーユニットでパワーが上がれば、それによってこれまで以上の負荷がかかって、予期しない箇所が壊れることもある。ですから、その信頼性をいかに担保していくかという追っかけっこを、今HRD Sakuraが一生懸命やっている状況です」

 レッドブルはF1界で最高レベルの車体を持っている。昨年後半戦、予選ではパワーユニットの予選モードがないために苦戦を強いられたが、決勝のパフォーマンスではパワーユニットの不利を挽回し、2強チームと対等に争う好勝負を何度も演じた。

 走行データやGPSデータ(走行中の位置情報で加速やコーナリング性能が正確にわかる)の分析から、レッドブルは自分たちの車体はラップタイムにして、0.5秒ほどのアドバンテージを持っていると見ているようだ。

 今年もその差が変わらなければ、パワーユニットが0.5秒後れを取っていても、マシンのトータル性能では同等ということになる。レッドブルが目指しているのは、パワーユニットの差をそれよりも小さくし、トータル性能でトップに立つことだ。それができれば、彼らの言うようにチャンピオン獲得も現実的な目標値となる。

 0.5秒といえば、パワー影響が大きいサーキットでも、20kW(約27.2馬力)ほどの差だ。ホンダのパワーユニットが2強に対してそのくらいの差に収まっていれば、勝てるのだ。

「計算的にはそういうことになりますよね。(レッドブルの車体に関しては)トップチーム同士で比べれば、車体だけで1秒も差はつきませんが、去年のシーズン後半戦から分析すれば0.5秒くらいですよね。去年、我々はメルセデスAMGやフェラーリのレースモードに対して、だいたい1秒ちょっとのギャップがあった。それを車体とパワーユニットで、半分ずつ埋められればと思います」

 もちろん、パワーユニット単体でトップに立つことが最終目標だが、レギュレーション策定前から何年も先行して開発してきた他社には、そう簡単に追いつけるものではない。ホンダは5年目にしてようやくトップを争う場所にまで辿り着いた。

 パワーユニットという収穫物に至る以前に、その開発拠点であるHRD Sakura、欧州活動拠点であるHRD MK(イギリス・ミルトンキーンズ)は、その体制も、雰囲気も大きく変わった。

 昨年、浅木泰昭執行役員がF1開発責任者に就任し、組織改革を進めてきた。第2期F1活動の初期からかかわって成功を収め、その後は市販車部門で数々の新機軸を生み出しヒットを飛ばしてきた異色の存在だ。

 その浅木がトップに立ってからの1年で、HRD Sakuraは大きく変わったと山本部長は語る。

「去年から浅木(泰明)体制が本格稼働して、エンジン開発の方向性をしっかり示していることが大きいです。もちろん、その前の年から積み上げてきたこともベースにあるんだけど、いい形で浅木がバトンを受け取って方向性をクリアにした。今年につながるベースを作ってくれたと思います」

 周囲の人々は、浅木のエンジニアとしての感性や勘のよさを指摘する。それが、これまでにオデッセイやN-BOXなど新たな市場を開拓し、ヒットするクルマを生み出してきた理由のひとつだ。

「可能性がないなと思ったら、それはやめてこっちにしろという判断も速いしうまい。普通は答えが見えないと恐いから、あれもやっておこう、これもやっておこうとなるものだけど、F1はそんなこと言っていられる世界ではありませんからね。レースには期限があって、ウチの都合でレースの日は変えられない。そういう点で、浅木はいいジャッジをしていると思います」

 最大の明るさは、ホンダに『ホンダらしさ』が戻ってきたということだ。山本部長はこう説明する。

「先週ひさびさにHRD Sakuraに行ったら、それが浅木のいいところなんだけど、やっぱり席にいない(笑)。僕もそうだけど、現場に行っていろんな人と話をしている。そんなざっくばらんな話だからこそ、『え、そうなのか?』『それは面白そうだから試してみよう』みたいなアイディアも出る。それってホンダのいい文化だし、浅木の強みだと思います」

 浅木は、既成概念にとらわれず自由闊達に動ける環境でこそ、有能なエンジニアが育ち、本来の力を発揮できると考えている。「動物園の檻を取り払う」という表現がなされるほどだ。

「雰囲気がすごく明るくなった。フロアのレイアウトを変えたんですよ。以前のHRD Sakuraは1階にエントランスとエンジン組み立て、その他の工作機械、もう1棟の建物の1階にベンチという構成だったんです。そして4階に、設計者や浅木らのデスクがあった。

 その4階にあった席を、全部1階に降ろして1フロアに集約させたんです。その密度感がいいんだよね。設計している人と物を作っている現場が近くて、すぐに行き来できる。今までの4階は広すぎて、となりの席と話すにも距離があったけど、それがグッと近づいた。これが本来、あるべきホンダらしい姿なんです」

 昨年訪れたレッドブルの設計オフィスがまさにそんな様子だったと、山本部長は語る。

「去年クリスチャン(・ホーナー代表)に案内してもらったんだけど、席同士が近くて、すごい密度感で。案内している途中にも、クリスチャンが『あの設計はどうなってる?』と聞いてエンジニアが答えてたり、笑いもあるし、雰囲気がすごくいい。広くあるべきところは広くしているけど、集約すべきところは集約して、無駄がない。レースチームらしいんです」

 まずは、2月18日に始まるバルセロナ合同テストでどんな走りを見せ、どんなプログラムをこなし、データ収集と分析につなげることができるか。レッドブルと組むからには、テストから情けない姿を見せるわけにはいかない。

「たくさんテストをこなして、上位にいること。毎日タイムが出て、リザルトとして結果が出ますからね。あくまでテストであって、タイムがすべてではないとはいえ、そのリザルトがなんとなくシーズンを色づけるじゃないですか? だから、今年は(テストから)ホンダもがんばって、さきほど言った20kW差まで肉薄していければ」

 モナコGPでのレッドブルのモーターホームは、巨大すぎてパドックに入らず、港の水面上に豪華客船のように係留される。そこには、ウッドデッキやプールまである。そして、モナコで勝ったあかつきには、ドライバーや首脳陣がそこに飛び込むというのが習わしだ。

 今年はそこに、山本部長をはじめホンダの面々の姿があるかもしれない。

「飛び込みたいですね(笑)。僕としては、ウチのスタッフたちに『F1で勝つってこういうプロセスなんだ』ということを早く味わってもらいたいんです。そこを学んで積み重ねていけば、車体との相乗効果もさらに高くなる。とにかく今は、バルセロナ合同テストでしっかりとやり切ること。その結果によって、オーストラリアからどう戦っていくかが決まると思っています」