レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップの2019年シーズンが、いよいよ開幕を迎える。 一昨年には世界王者となりながら、昨年は年間総合5位に終わった日本人パイロット、室屋義秀にとっては、いわばリベンジのシーズンになる。充実の…

 レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップの2019年シーズンが、いよいよ開幕を迎える。

 一昨年には世界王者となりながら、昨年は年間総合5位に終わった日本人パイロット、室屋義秀にとっては、いわばリベンジのシーズンになる。充実のシーズンオフを過ごした”元・世界王者”は、毎年恒例となっているUAE・アブダビでの開幕戦を目前に気持ちも高まり……と言いたいところだが、当の本人は拍子抜けするほど自然体だ。

「クリスマスと正月が挟まったこと以外は、特別にシーズンオフという感じはなかった。それらしいことと言えば、今年はどれくらい(機体の)開発を進めるかとか、予算の話をしたことくらいかな」




エアレースの新シーズンに臨む室屋

 シーズン開幕に際し、レッドブル・エアレースのプロモーション用にさまざまな撮影があったため、レースの1週間以上前から現地入りしている室屋は、「さすがに飛び始めると、いよいよレースだなという感じにはなってくる」とは言うが、「それでも(昨季最終戦から)2カ月しか空いてないから、ずっとレースが続いているなかで、次のレースが来ただけという感じかな。ニューシーズン(が開幕する)という高揚感はない」と苦笑する。

 もちろん、だからといって、気合いが入っていないとか、昨年のショックを引きずっているとか、そんなことはまったくない。

「いつもアブダビは(開幕戦とあって)新しい改造をしたりして、それでトラブルに見舞われることも多いが、すでに(昨季最終戦が行なわれた)フォートワースで機体のセットアップも終わっていたし、それがそのまま運ばれてきているだけから、準備もあっさりしたもの。でも、だから、いい結果が出ているんだと思う」

 そう語る室屋は、予選前日の2月7日に行なわれた公式練習で、1回目は3位、2回目はトップのタイムを記録した。昨季最終戦では、ラウンド・オブ・8敗退に終わりながら「満足感のあるレースができた」と話していたが、なるほど、ウイングレットが装着され、エンジンも入れ替えられた機体の仕上がりは上々だ。あくまでも練習段階であり、この結果が本番の結果に直結するわけではないとはいえ、機体ともども、室屋がいいコンディションで開幕戦に臨めることは間違いなさそうだ。

 では、ここで今季のルール改正について、おさらいしておこう。

 まずは、チャンピオンシップポイントの変更である。

 昨季までは1位から順に、15、12、9、7、6、5、4、3、2、1と、10位までにポイントが与えられ、11位以下は0ポイントだった。しかし、今季は1位から順に、25、22、20、18、14、13、12、11、5、4、3、2、1と13位までにポイントが与えられ、14位のみが0ポイントとなる。

 これを見てわかるように、昨季までは4位以下は1ポイントずつの差しかなかったが、今季は4位と5位の間に4ポイント、同じく8位と9位の間に6ポイントの差がつけられている。つまり、ラウンド・オブ・14からラウンド・オブ・8へ、さらにファイナル4へと、ラウンドを勝ち上がることの重要度が増す仕組みになっている。

 昨季のポイントであれば、例えば、ファイナル4へ進出しても4位に終われば、ラウンド・オブ・8敗退のなかでトップの5位になるのと大差なかった。だが、今季は順位だけでなく、”ファイナル4へ進む”ことの価値がより高まるわけだ。

 とはいえ、「昨年のレース結果に今年のポイントを当てはめても、年間総合順位はそんなに変わらない」と室屋。それよりも室屋が「たぶん実際の影響はこっちのほうが大きいだろう」と重視するのは、予選結果によって与えられるポイント。予選1位から3位までにそれぞれ、3、2、1ポイントが与えられるようになることだ。

 ちなみに、2010年以前にも予選でのポイント付与があったが、当時は予選1位に1ポイントが与えられるのみだった。今回のルール改正では、最大3ポイント×8戦=24ポイント、つまり、1レースに優勝するのとほぼ同じポイントを予選だけで稼げるようになるのだから、以前にも増して予選の重要度は高くなる。

「今まで以上に予選が白熱するだろうし、おもしろくなると思う」

 室屋がそう話すように、ラウンド・オブ・14の対戦相手を決めるための手段でしかなかった予選(しかも、1位になったからといって、対戦相手に恵まれるとは限らなかった)が、チャンピオンシップ争いに直接影響するものへと変わるのだから、当然、パイロットたちの本気度にも変化が表れるだろう。

 そして、もうひとつのルール改正が、オーバーG(最大荷重制限の超過)に対するペナルティの変更である。

 昨季は10Gを最大荷重制限としながらも、実際にDNF(ゴールせず)のペナルティとなるのは12Gに達した場合のみ。12G未満の荷重であれば、それがかかっている時間が0.6秒未満ならノーペナルティ。0.6秒以上で2秒のタイム加算とされていた。

 しかし、今季は、12Gに達するとDNFになるのは同じだが、11G未満ならノーペナルティ。11Gに達した場合は、その時間にかかわらず、1秒のタイム加算となった。事実上、最大荷重制限が緩くなったとも言えるし、”グレーゾーン”が認められなくなり、厳しくなったとも言える。

 しかも、今回のルール改正の厄介なところは、例えば、ひとつのバーティカルターンの間に、11Gを超える瞬間が2度あれば、1秒加算のペナルティを2度取られることだ。

 パイロットたちはこれまで、従来のルールを逆手に取り、0.6秒未満の範囲で11G以上をかけて飛び、一度10G以下に落としてから、再び0.6秒未満の範囲で11G以上かける、というテクニックを使っていた(これは2015年に室屋が”開発”し、その後、他のパイロットにも広まった)。だが、今季同じことをやれば、1秒×2=2秒のペナルティを受けることになるだけに、「ちょっとしたルール変更のようでも、実際の操縦の仕方はかなり変わる」と、室屋は言う。

 オーバーGを避けようとスピードを落とし過ぎれば、タイムロス。かといって、Gをかけ過ぎて、一瞬でも11Gに達してしまえば、即ペナルティ。「みんな、今までの(0.6秒以内なら11Gを超えてもいいという)感覚に慣れているので、11Gを超えないようにするのは結構難しい」と話す室屋は、だからこそ、新ルールを歓迎するかのように、自信ありげにこう続ける。

「10Gを少し超えたくらいのところで、ビシッとキープする。非常に繊細なテクニックが必要になるが、それをちゃんとコントロールできるかどうかがカギ。パイロットのスキル勝負になる」

 ここまで室屋の言葉をまじえながら、今回のルール改正について説明してきた。だが、それがどんな影響を与えるのかは、実のところ、実際にレースが始まってみなければ(もっと言えば、今季が終わってみなければ)わからない。

 それでも、「どんなにルールが変わろうが、コンスタントにファイナル4に進出することが、世界チャンピオンに近づく道であることに変わりはない」と室屋。いい意味で王座奪還の意気込みを感じさせない、落ち着いた口調が印象的だ。

「昨年は(0ポイントのレースが続き)厳しい時期もあったが、その時々で対策は十分やってきた。新シーズンだからといって特別なことをする必要もないし、淡々とレースをやって、淡々とポイントを稼ぐ。それだけでしょうね」

 ただ、今季を展望するうえで少し気になるのは――パイロットの手ではどうすることもできないことなのだが――今季予定されている全8戦のうち、2戦が開催日も場所も発表になっていないこと。さらには、7月にハンガリー・ブダペストで予定されている第4戦の開催が危ぶまれているとの情報まであることだ(現地報道によると、ブダペストのイストバン・タルローシュ市長が、地元住民の騒音被害や日常生活に支障をきたすことを理由に、少なくとも昨季までと同じドナウ川での開催を許可しない旨の声明を発表した、という)。

「正直、こういう状況ではモチベーションを保つのが難しい」

 室屋は苦いものでも噛んだようにそう語り、自らに言い聞かせるように言葉をつなぐ。

「でも、難しい状況だからこそ、気持ちを切らさずにやれば、勝ちやすいとも言えるし、とにかくレースに集中するだけ。そのときにできるベストを尽くすしかない」

 大きなルール改正。そして、不透明なレース日程。波乱含みの新シーズンは、まもなくその幕が切って落とされる。