「たぶん、こんなにボコボコにやられたのは久しぶりです」 決勝を戦い終えた上地結衣は、開口一番、苦味の交じる笑みを漏らした。 スコアは、0-6、2-6。「悔しいですけれど……あのなかで何かができたかというと、あまり…

「たぶん、こんなにボコボコにやられたのは久しぶりです」

 決勝を戦い終えた上地結衣は、開口一番、苦味の交じる笑みを漏らした。

 スコアは、0-6、2-6。

「悔しいですけれど……あのなかで何かができたかというと、あまり……」

 女子車いすテニスの牽引力となってから数年が経つ上地が完敗を認めた相手――それが、現在女王の席に座すディード・デグルート(オランダ)である。



全豪オープン決勝で対戦したディード・デグルートと上地結衣

 テニスの歴史とは常に、ライバルと切磋琢磨による、既存の概念を打ち破る進化の連鎖で紡がれてきた。男子テニスのロジャー・フェデラー(スイス)とラファエル・ナダル(スペイン)、女子テニスのセリーナ・ウイリアムズ(アメリカ)とマリア・シャラポワ(ロシア)、男子車いすテニスの国枝慎吾とステファン・ウデ(フランス)……。そして現在の女子車いすテニスを彩るライバルが、上地とデグルートだ。

 2014年の初対戦から数え、両者はすでに23回もの対戦を重ねてきた。戦績は上地が13勝10敗とリードするが、この1年に限ればデグルートが6勝2敗と勝ち越している。2歳半年少のオランダ人は、かつて上地が歩んだ道を踏破するかのように、絶対女王の地位を確立する最中だ。

 20歳にして世界1位に上り詰め、2014年にはダブルスで4大大会すべてを制する「グランドスラム」も達成した上地の武器は、左腕から繰り出す多彩なショットと、機動性に優れた巧みなチェアさばき、そして王者・国枝も称賛する「予測能力の高さ」にある。

 だが、頂点に立ったその時から、誰からも標的とされる新たな戦いが始まり、そして彼女の存在そのものが女子車いすのレベルを大きく引き上げた。

 かつては、女子車いすではリターンの優位性が高かったが、最近では「強いサーブから、ラリーの主導権を握る選手も増えてきた」と、上地も感じているという。技とスピードに長けた上地のテニスを打ち破るべく、後進の選手間に広がる速いサーブと、重いショットを用いる新たなスタイル。その馬群から抜け出し、新女王に名乗りを上げたのが、デグルートだった。

 休みの時もライバルたちの試合動画を見てノートを取るほど、研究熱心な上地がここ最近もっとも力を入れて対策を練っているのも、もちろんデグルートだ。

 昨年の全仏オープン前には、デグルートが手を焼いた中国人のサウスポー選手の戦い方にヒントを得て、全仏オープン決勝では狙いどおりの逆転勝利を掴み取る。低いボールを左右に散らしつつ、勝負どころでは同じコースに続けて打ち、相手の逆をつく策がこの時は奏功した。

 直後のウインブルドンでは、そのライバルとダブルスを組み、圧勝を重ねて優勝する。その時の上地は、優勝よりも、ライバルのプレーをコートの同じサイドから見ることで、得られた情報に価値を見出していた様子。それをどう使うかは、「これからじゃないですかね」と、今後の戦いに目を向けていた。

 迎えた今季開幕戦の「メルボルン車いすテニスオープン」で、上地は3-6、7-5、7-6(11)というデグルートとの壮絶な接戦を制し、頂点に立つ。この時は、ふたたび上地がそれまでと異なる戦術を取り、「相手を戸惑わせた」がゆえの勝利だった。

 だが、それから1週間後の全豪オープン決勝では、今度がデグルートのほうが戦い方を変えてきた。

 小柄な上地はどうしても、バックサイドの高いボールの処理が難しくなる。デグルートは自慢の豪腕を振るい、スピンをかけた弾むボールで、その上地の弱点を徹底して狙ってきたのだ。

 相手が取ってきた”上地攻略法”に、今回はやられた形だ。だが、その敗戦のなかで「唯一よかった」と本人が手応えを掴んだのが、第2セットで決めたボレーである。

「前に出る展開に、今年は取り組んでいきたい」

 そう志す彼女が進むべき先を、そのボレーは指していたからだ。

 多くの選手にとっての上地がそうであるように、今の上地にとってデグルートは、自身を新たな次元に押し上げてくれる存在なのだろう。そのデグルートとのライバル譚の新章が、今年また綴られていく。