アジアカップ準決勝。日本代表と対戦するイランを率いるカルロス・ケイロス(65)は、老練さを極めたポルトガル人指揮官である。 90年代にはポルトガルの黄金世代を引き連れ、世界中で旋風を巻き起こした。91年のワールドユース(現在のU-20…
アジアカップ準決勝。日本代表と対戦するイランを率いるカルロス・ケイロス(65)は、老練さを極めたポルトガル人指揮官である。
90年代にはポルトガルの黄金世代を引き連れ、世界中で旋風を巻き起こした。91年のワールドユース(現在のU-20W杯)でルイス・フィーゴ、マヌエル・ルイ・コスタ、ジョアン・ピント、フェルナンド・コウトらを擁して頂点に立った。その後、ポルトガル代表を率いるが、アメリカW杯の予選通過に失敗。批判を浴びたが、スポルティング・リスボンの監督として1994-95シーズンに国内カップ戦で優勝し、再起を果たした。
その後はMLSのメトロスターズ、Jリーグの名古屋グランパス、そしてUAE代表の監督を経て、南アフリカ代表を2002年日韓W杯へ導いた。栄光も挫折も、糧になっているのだ。
2003-04シーズンはレアル・マドリードを率いるが、解任。その後、マンチェスター・ユナイテッドのコーチを経て、再びポルトガル代表を率いると、2010年南アフリカW杯に出場し、ベスト16に進出。2011年から率いたイラン代表では、ブラジル、ロシアと2大会連続でW杯に出場している。
日本と対戦するイラン代表を率いるカルロス・ケイロス監督
「最初に監督をしたのは、インファンティル(12、13歳のチーム)で、1980、81年の頃だった」
そう語るケイロスは、監督の道を究めてきた。選手としては、故郷のモザンビーク(当時はポルトガル領)で、セミプロレベルのGKとしてプレーしたのみ。リスボンの大学で指導を学んで以来、40年近く監督人生を歩んできたのだ。
では、百戦錬磨の男はどのような戦いを信条としているのか?
ケイロスは、エキセントリックな監督ではない。地道で勤勉で、日々のトレーニングの質を重視。丹念に守備組織を作り上げることによって、攻撃では選手の創造性を引き出す。いわゆる正統派の監督だ。
監督としての個性が見えるのは、そのディテールだろう。たとえば、イランの監督に就任した時のことだ。過去の試合で、負けてベンチで泣き崩れるイランの選手たちのビデオをミーティングで流し、こう宣言した。
「私とともに戦うからには、君たちはイランのために泣いてはならない。君たちがやるべきことは、イランと対戦した選手たちを泣かせることである。今日からは涙を禁じる。必ずや、他国の選手を”悲劇の英雄”にしてやろうじゃないか!」
ケイロスはそう言って、選手の士気を高めた。そのコミュニケーション能力は、監督としての武器のひとつだ。
マンチェスター・ユナイテッドのコーチ時代、クリスティアーノ・ロナウド(ユベントス)を指導したときも、ケイロスは言葉でプレーに変化を与えている。
「スポルティング時代から、君のことは知っている。そこで、ひとつ決着をつけようじゃないか。君は世界一の選手になるために生まれてきたはずだ。私はそのサポートができる。しかし、君自身が対価を払う必要もあるだろう。すでに偉大な選手だが、世界一の選手になるのは別次元の話なのだ」
ケイロスはそう言って、ロナウドがボールを持っていないときの動きを怠らないように強く戒めたという。ボールを持ったときの無双感は他を圧倒していたが、マークを外してエリア内に入るなど、ボールを持っていないときの動きは足りなかった。
その後、ロナウドがボールを呼び込むうまさを発揮し、ゴールを量産するようになったのは言うまでもない。
「我々監督は優秀なタレントを手に入れられるかもしれない。それによって大会で優勝できることもある。ただ、チャンピオンになるための選手のパーソナリティーは、与えられるものではない」
そう語るケイロスは、選手の人間性を引き出し、成長させる手腕に長けているのだ。
ケイロスが2011年に監督に就任して以来、イランは着実に進化を続けている。昨年のロシアW杯では、スペイン、ポルトガル、モロッコと強豪と同組だったにもかかわらず、1勝1敗1分けと健闘。あと一歩で、同国史上初の決勝トーナメント進出を果たすところだった。スペインには0-1で敗れたものの、互角の戦いを演じた。
ケイロスは選手の力量を見極め、リアクション型カウンター戦術の精度を高めてきた。地味だが、組織的で、強度も練度も高い。ロシアW杯は3試合で2失点。今回のアジアカップも5試合で無得点を続けている。
2011年当時、海外組は2、3人だったが、今や主力の半数以上が海外でプレーする。イラン人は肉体的に強く、戦術的な学習能力も備え、とにかく戦闘力が高い。ヨーロッパでのプレーにもすぐに順応できるのが強みだ。
ロシア1部リーグ、ルビン・カザンでプレーする若手FWサルダル・アズモンは、高さ、速さ、強さを併せ持つ。1トップとして有数の選手で、今大会はすでに4得点を挙げている。
また、プレミアリーグのブライトンに所属するFWアリレザ・ジャハンバフシュは、アジアでは飛び抜けた存在だろう。昨シーズンはオランダリーグ得点王。ゴールセンスだけでなく、右サイドを切り裂くドリブルも必見だ。
「イラン人はサッカーに献身できる。2部練習で7時間のトレーニング! たとえそう命じても、強い意欲を見せ、微笑すら浮かべる」
老練なる指揮官ケイロスは、不気味に言う。はたして悔し涙を流すのは、日本か、イランか――。