トラップに“意思”が込められていた。ホームの等々力陸上競技場にアルビレックス新潟を迎えた、13日のセカンドステージ第3節。川崎フロンターレのMF大島僚太がひときわ大きな輝きを放ったのは、1点をリードされた前半38分だった。◆うまいけど、物足…

トラップに“意思”が込められていた。ホームの等々力陸上競技場にアルビレックス新潟を迎えた、13日のセカンドステージ第3節。川崎フロンターレのMF大島僚太がひときわ大きな輝きを放ったのは、1点をリードされた前半38分だった。

◆うまいけど、物足りない

左サイドを攻め上がってきたDF車屋紳太郎が、ペナルティーエリア内の左隅で前方をDF松原健とMF野津田岳人にさえぎられる。援護しようと車屋に近づいていった大島は、すでに次のプレーを決めていた。

「シン(車屋)がボールをもったときに、(自分が)シュートを打つつもりでサポートにいきました」

車屋がさげたパスをトラップする。この時点でボールを右足で蹴れる場所に置き、体の向きを相手ゴールのある右斜め前方に向けていた。距離にして約25メートル。大島に迷いはなかった。

「ボールをもってからは、中のことは見ていませんでした。しっかりとシュートを打つことだけに集中していたので、自分でもびっくりしました。隅のほうへ飛んでいったので、多分、相手のキーパーは捕れないかなと。蹴ったときの感触もよかったので、入ると思いました」

強烈な弾道がペナルティーエリア内の空間を一直線に切り裂いていく。到達点はゴール右隅の一番上。アルビレックスのGK守田達弥が必死にダイブして、懸命に右手を伸ばしてもまったく届かない。

大島を思わず自画自賛させた、豪快にして華麗な同点ゴール。右足首を痛めて、スタンドでの観戦を余儀なくされていたMF中村憲剛が試合後に声を弾ませた。

「点を取ったらアイツはいいよ。点に絡めるようになったら、アイツはすごいことになっていく。アイツはあまり欲がないというか、表に出さないタイプだから」

ボランチで長くコンビを組んできたキャプテンの言葉が、フロンターレにおける大島の存在感を物語っている。テクニックは誰よりも長けている。パスもドリブルも上手い。それでも、物足りなさを感じさせる。

たとえばゴール数。静岡学園高から加入して2年目の2012シーズンに3ゴールをあげているが、翌シーズンから3年連続で無得点。ポジションを不動のものとしながら、大島自身ももどかしさを覚えていた。

「前線の選手に絡んでいく部分でいえば、もう少しゴールやアシストは欲しいし、味方のゴールに直結するプレーを増やさなきゃいけないと思っている」

《次ページ ターニングポイント》

迎えた今シーズン。23歳になった大島のプレーが明らかに変わった。一挙手一投足にメッセージが込めて、フロンターレをけん引している。実は開幕前にターニングポイントを、それも2つ迎えていた。

◆背番号

まず背番号が「16」から「10」へと変わった。創立20周年を迎えたフロンターレにおいて、初めてエースナンバーを託された日本人選手となった。寄せられる期待の大きさを感じずにはいれられなかった。

背番号の変更が発表されたとき、大島はリオデジャネイロ五輪出場を目指してU-23アジア選手権に臨んでいた。しかし、決勝までの6試合を戦ったカタールの地で、存在感を放つことができなかった。

過密日程を考慮した手倉森誠監督がターンオーバー制をしいたこともあるが、北朝鮮とのグループリーグ初戦は後半途中でベンチに下がり、続くタイ戦ではリザーブのまま試合を終えた。

サウジアラビア戦では先発してゴールも決めたものの、イランとの準々決勝は延長戦で勝負が決してからの途中出場。勝てば6大会連続の五輪切符を獲得できるイラクとの準決勝では、最後まで出場機会が訪れなかった。

韓国との決勝戦では、FW浅野拓磨(サンフレッチェ広島)との交代で大島がベンチへ下がった直後に日本が反撃を開始。一挙に3ゴールを奪う逆転劇で、23歳以下のアジア王者の座をもぎ取っている。

細かいパスをつなぎ、ポゼッションを高めて相手ゴールを陥れるフロンターレと異なり、カタールの地で戦ったU-23日本代表の攻撃はロングボールが主体。守備でも前線から絶えずハードワークを求められた。

しかし、たとえ仕事の質が違ったとしても、臨機応変に対応しなければステップアップはできない。チームが立ち上げられた2014年1月から主軸を担ってきた大島は、忸怩たる思いを抱いて帰国したはずだ。

◆危機感

何かを変えなきゃいけない――。控えめで穏やかな性格ゆえに、フロンターレのチームメイトたちにも物足りなさを感じさせてきた大島の内側に生じた“変化”を、FW大久保嘉人は見抜いていた。

「危機感があったんでしょう。やらなきゃいけない、と」

168センチ、64キロというサイズもあって、昨シーズンまでの大島はどちらかといえば守備を不得手としてきた。自信がないゆえに積極的にかかわらなかったと、表現したほうがいいかもしれない。

しかし、今シーズンは違う。激しい肉弾戦を含めて、中盤でのハードワークを厭わないプレースタイルが攻撃面へも相乗効果をもたらしていると、大久保は表情をほころばせる。

「ディフェンス面で変わったよね。普通に体を入れて、ボールを取れている。相手の予測というものもできているので、安心して見ていられる。いままではディフェンスがあまり…だったんだけど、それが伸びてきた。みなさんも知っての通り攻撃は上手いから、ディフェンスができるようになったのは大きいですよ。実際、めちゃくちゃ効いているし、いまやチームの心臓になっている。ホントにたくましい」

生命線をつかさどる「心臓」という言葉まで用いて大島へ信頼感を寄せれば、ハリルジャパンにも招集されたFW小林悠もこんな言葉を紡いでいる。

「チームで一番大切な選手といっても決して過言ではないし、つねに謙虚な姿勢をもって成長し続けているので、こちらも負けたくないという気持ちになりますよね」

《次ページ 「憲剛ロス」》

アルビレックス戦は大黒柱の中村を欠いて臨む、今シーズンで2度目のリーグ戦だった。最初は6月18日のアビスパ福岡戦。最下位を相手に引き分けたフロンターレは首位から陥落し、結果としてファーストステージ優勝を鹿島アントラーズにさらわれている。

しかも、腰を痛めて一時的に離脱した前回とは異なり、中村は復帰まで3週間から4週間が必要と診断されている。必然的に飛び交った“憲剛ロス”なる言葉を、大島は苦笑いしながら否定する。

「それを言われると、気持ち的にうんざりするんですよ。たまたまファーストステージの福岡戦は引き分けに終わってしまいましたけど、みんな勝つためにやっているので」

託された背番号「10」とともに芽生えた、フロンターレを背負っていく責任感が「うんざり」という言葉に凝縮されていたのだろう。加えて、アルビレックス戦で先制点を許した原因は自分にあったと大島は振り返る。

「僕が横パスを通させちゃいましたし、その後に落とされたボールに対するプレッシャーも甘かったので」

右サイドを攻め上がった松原が送った横パスが、逆サイドにいたFW山崎亮平にわたるまでの数秒間。ほんのわずかだったが、傍観者になってしまった自分自身を大島は責めた。

スライディングすれば届いたかもしれない。そんな悔恨の念が、山崎が落としたボールに走り込んできた野津田への対応も遅らせてしまったのだろう。左利きの野津田に万全な体勢でシュートを打たせ、ゴールを割られてしまった責任をも一身に背負った。

何が起こったのかとスタジアムをあ然とさせ、次の瞬間、熱狂と興奮の渦に巻き込んだ同点ゴールが生まれたのはわずか3分後。自分がフロンターレを引っ張る――決意と覚悟が込められた一撃だった。

《次ページ リオへ。》

◆7月18日午後7時、ジュビロ磐田戦

敵地ヤマハスタジアムで18日午後7時にキックオフを迎えるジュビロ磐田戦を最後に、大島はMF原川力とともにフロンターレを離れ、リオデジャネイロでの戦いに専念する。

ホームでの最後の一戦とったアルビレックス戦のキックオフ前には花束が贈呈され、チームカラーのサックスブルーで染まったゴール裏にはこんな横断幕が掲げられた。

「リオから笑顔を!! 熱い戦いを魅せてくれ 川崎の日本代表!!」

チームを留守にするのは最大で5試合。セカンドステージを制し、チャンピオンシップでチーム悲願の初タイトルとなる年間王者を目指しているからこそ、大島は「勝ちたい」と何度も口にする。

アルビレックス戦は後半に入って再びリードを奪われたが、39分に大島を起点とした攻撃でオウンゴールを誘発。同点に追いついた勢いに乗って、4分間が表示されたアディショナルタイムの最後に決まった小林の劇的なゴールで逆転勝ちを収めた。

無傷の3連勝でセカンドステージだけでなく、年間総合順位でも1位をキープした。最高の置き土産を残してリオデジャネイロへ飛び立ちたいからこそ、大島はアルビレックス戦後にこんな言葉を残している。

「次のジュビロに勝たないと気持ちよくいけないので。絶対に勝ちたいと思います」

決してじょう舌にならないところは、昨シーズンまでと変わらない。それでもピッチのうえで放つ存在感と頼もしさ、そして貪欲にゴールにからんでいく姿勢は「将軍」という言葉をほうふつとさせる。

◆「堂々とプレーしている」が「殻がむけたわけじゃない」

体のサイズやプレースタイルから、スペイン代表やリーガ・エスパニョーラの強豪バルセロナを長くけん引してきた、シャビ・エルナンデスやアンドレス・イニエスタをもダブらせる。

「本当だよね。堂々とプレーしているからね」

大久保は笑顔を浮かべながら、こんな言葉をつけ加えることも忘れなかった。

「だけど、まだ殻がむけたわけじゃないからね。まだまだ“そこそこ”の選手だから。繰り返すけど、やらなきゃいけないと自分で思っているところがいいよね」

もちろん、大島自身も現状に満足などしていない。大久保の厳しい檄を当然のことと受け止めているのだろう。アルビレックス戦後には、反省の言葉を口にすることも忘れなかった。

「ハーフタイムにオニさん(鬼木達コーチ)から“どんどん打っていけ”と言われたのに、後半に入ってクロスを選択してキーパーにキャッチされたシーンもあったので。あそこでシュートを打たなかった自分を、悔やんでいる部分もあります」

上手いだけでなく、相手に怖さを与えられる選手へ。リオデジャネイロ行きをかけた戦いで味わわされた悔しさを触媒として、大島はいままさにメンタル面で飛躍的な成長を遂げている。その過程で迎える4年に一度の祭典でも、必ず手倉森ジャパンに新たな力をもたらすはずだ。

大島僚太(c)Getty Images

大島僚太(c)Getty Images

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