蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.54 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし…
蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.54
サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富な達人3人が語り合います。今回はゲストに南米サッカーの達人、亘崇詞(岡山湯郷ベル監督)が参戦!
(前回の記事はこちら>)
――ここまで、南米サッカーに詳しい亘崇嗣さんをゲストに迎えて今シーズンのチャンピオンズリーグのグループステージをレビューしていただきましたが、今回はラウンド16の8カードのなかから、みなさんに注目カードをピックアップしてプレビューしていただけたらと思います。
レアル・マドリーからユベントスに移籍してCL優勝を目指すロナウド
倉敷 12月17日に行なわれた組合せ抽選によってラウンド16の8カードが決定したわけですが、まずはその8カードを整理していきたいと思います。2月12日にファーストレグが行なわれる2カードが、ローマ対ポルト、マンチェスター・ユナイテッド対パリ・サンジェルマン。翌13日にはトッテナム対ドルトムント、アヤックス対レアル・マドリーが行なわれます。そして翌週2月19日にリヨン対バルセロナ、リバプール対バイエルン、翌20日に残りの2カード、アトレティコ対ユベントス、シャルケ対マンチェスター・シティが行なわれることになりました。
さて、このなかからそれぞれが注目しているカードを挙げてもらいたいと思いますが、まずは中山さん、どのカードをピックアップしていただけますか?
中山 一般的にはアトレティコ対ユベントス、リバプール対バイエルンあたりがビッグマッチとして注目を浴びるとは思いますが、僕は敢えてユナイテッド対パリを注目カードとして挙げさせていただきたいと思います。
倉敷 この両チームは初対戦なんですね。今回のラウンド16の中で唯一の初対決という点でも興味深いです。
中山 はい。これまでパリはくじ運に恵まれていませんでしたが、このカードが決まったときは、ユナイテッドのチーム状況を考えるとパリにとってはラッキーな抽選結果になったと思ってみていました。ところが、その直後にユナイテッドのジョゼ・モウリーニョ監督の解任が発表され、暫定監督としてオーレ・グンナー・スールシャールが今後の指揮を執ることが発表されました。
こうなると、ユナイテッドが2月の対戦までにどのように変化するかで、予想も大きく変わってきます。パリにとっては、冬の移籍期間の動きも含めてまったく油断ができない状況になったと言えるのではないでしょうか。もちろんユナイテッドが新監督の就任によって極端に強くなることはないと思いますが、もともとタレントは揃っていますから、勢いに乗ったら何が起こるかわかりません。実際、モウリーニョが去って風通しがよくなったのか、チームの調子も上向きになっています。
とくにスールシャールは現役時代にバイエルン相手に奇跡の逆転優勝を果たしたときのメンバーですし(1998-99)、今度は監督として奇跡を起こすなんてことも考えられます。
倉敷 あくまで可能性という程度の話になりますが、冬の移籍マーケットでユナイテッドがパリの選手を引き抜くことだってあるわけですね。どちらもお金持ちのクラブなので2月には新しい武器を携えていることも十分考えられます。
中山 それが新ルールの怖いところですよね。もっとも、パリはトーマス・トゥヘル監督が守備的MFの補強を以前から求めていたので、この冬にアドリアン・ラビオを放出して、ボランチの即戦力を新たに獲得する可能性は高いと思います。すでにメディアではトゥヘルの教え子でもあるユリアン・ヴァイグルの名前も挙がっています。
倉敷 マルコ・ヴェッラッティとマルキーニョスのダブルボランチもかなり強力だと思いますが、トゥヘルはそれだけでは不満なのでしょうか?
中山 そうですね。基本的に誰かひとりが欠けた時の駒が不足しているので、もうひとりほしいという意味だと思います。これまではラビオではなくユリアン・ドラクスラーを守備的なポジションで起用していますが、彼もラビオ同様、本来は攻撃的MFですからね。とくにパリの場合は前線にMCN(ムバッペ、カバーニ、ネイマール)がいて、この3人に加えてアンヘル・ディ・マリアが好調を持続しています。
僕は、今シーズンのパリは「MCN+D」だと思っているくらいです。ただそれだけに、前線の攻撃的な駒をフル活用するためにも守備的MFの役割がとても重要になってきます。トゥヘルは、そこを考えて補強をフロントにリクエストしているのだと思います。
倉敷 スールシャールはシーズン途中でラファエル・ベニテスからバトンを引き継いだジネディーヌ・ジダンのようにチャンピオンズで優勝できるでしょうか。欧州カップ戦でどこまでやれるかを問う試金石としても楽しみな対戦です。
次は小澤さんに伺います、どのカードに注目されていますか?
小澤 僕は、アトレティコ対ユーベですね。
倉敷 過去の対戦成績はアトレティコの1勝1分け。アトレティコはユーベには負けていないというデータがありますが、ユベントスにはアトレティコ・キラーのクリスティアーノ・ロナウドが移籍しましたね。
小澤 はい。過去アトレティコは昨シーズンまでロナウドに再三痛い目に遭ってきました。CLファイナルでは2度やられ、16-17シーズンの準決勝でもやられています。僕は1節のバレンシア戦から今シーズンの優勝候補筆頭はユーベだと見ていましたので、アトレティコにとっては相当に厳しい戦いになると予想しています。
そのアトレティコのシーズン前半戦は守備陣に故障者が続出し、なかなかレギュラー陣が揃いませんでした。たとえばフィリペ・ルイスは夏にパリに移籍すると言われていて、それが破談になってチームに残りましたが、もはや心ここにあらず。故障もありましたし、正直、今季はほとんど戦力となっていません。本来ならリュカ・エルナンデスが代役を務めますが彼も故障でコンディションが上がってこないので、ディエゴ・シメオネ監督は急遽サウール・ニゲスを左サイドバックで起用しています。
それに加え、もしリュカ・エルナンデスがバイエルンに移籍してしまうと、その穴は簡単には埋められないでしょう。彼は今後10年、アトレティコのディフェンスラインのリーダーになるであろうと言われている選手ですから、相当なダメージになると思います。もちろんディエゴ・ゴディン、ホセ・マリア・ヒメネス、ステファン・サヴィッチは健在ですが、その辺が不安材料ですね。
また、前線ではジエゴ・コスタもケガをしています。このユーベ戦に間に合わせるためにリハビリに励んでいますが、もし間に合わない場合は攻撃の部分でも不安が出てきます。代役としてはニコラ・カリニッチがいますが、ジエゴ・コスタと比べると局面での勝負強さ、決定力で劣りますし、戦力ダウンは否めません。
倉敷 アントワーヌ・グリーズマン以外に計算できそうな点取り屋がいないという状況が考えられるわけですね。グリーズマンの調子はどうなのでしょうか?
小澤 前半戦はワールドカップの疲れを引きずっているように見えました。明らかにフレッシュな状態ではないですし、その辺も懸念材料になっていると思います。
逆にプラス材料としては、中盤にロドリゴ・エルナンデスが加入したことでしょう。現在はスペイン代表でもセルヒオ・ブスケツの後継者と言われていますが、アトレティコでもフィットしていると思いますし、彼の加入によって中盤でボールがさばけるようになっています。また、右サイドバックのファンフランは年齢を重ねたことでフルに活躍できる状態ではありませんが、このポジションにはコロンビア代表のサンティアゴ・アリアスが加わったことで戦力アップしています。
倉敷 ユベントスについてはいかがですか?
小澤 ユーベは鉄板ですね。これだけの選手層があって、システムも4バックでも3バックでも機能させることができます。また、中盤にブレイズ・マテュイディがいるので、ロナウドが攻め残りをして守備をしなくとも彼がスライドして左サイドの守備をひとりで担当できるというメリットもあります。さらにマリオ・マンジュキッチに加え、ここにきてパウロ・ディバラの存在感も際立ってきた点が大きいと思います。ディバラについてはぜひ亘さんにお聞きしたいと思います。彼の活躍ぶりをどのように見られていますか?
亘 彼はアルゼンチンからヨーロッパに渡って大成功した選手のひとりですね。すごく成長していると思います。これは彼だけに限った話ではありませんが、ヨーロッパのよいところは、やはりチャンピオンズリーグのような大きな大会があって、そこで大きく選手として成長できるところだと思います。
現在ボローニャでプレーしているロドリゴ・パラシオなどはその典型だと思います。彼はキャリアのはじめはアルゼンチンの4部リーグでプレーしていて、その後に国内でステップアップしてボカ・ジュニオルスでプレーするようになりましたが さらにトップレベルに飛躍したのはヨーロッパに渡ったからだと思います。同様にイタリアのパレルモで爆発しパリ・サンジェルマンに移籍したハビエル・パストーレやインテルのグランカピターノ(偉大なキャプテン)ハビエル・サネッティも同様にアルゼンチン国内でプレーを続けていたらまたプレーの質は違っていたかもと思います。
また、マンチェスター・シティのセルヒオ・アグエロもヨーロッパでプレーの質がより変化した選手のひとりだと思っています。彼はアルゼンチン国内では大人気のドリブルシュートが主体の選手でした。ところが、ヨーロッパの組織された守備のなかで工夫し自分のサッカースタイルを変えながら成長していったと思っています。スペインに渡りイングランドに活躍の場所を移すにつれ、どんどんゴール前のワンタッチプレーを増やしたんです。そしたらいつの間にかヨーロッパでも屈指のゴールゲッターに変身した。こういった成長を遂げた南米出身選手は他にもたくさんいて、その変化と成長を見ていくのもチャンピオンズリーグの楽しさのひとつになっていると思います。
倉敷 長く続けて見る楽しさですね。亘さんがラウンド16で注目しているカードはどれでしょうか?
亘 僕は、ひとつではなく3つあるんですが。
倉敷 なんとかひとつに(笑)。
亘 そうなると、僕もユナイテッドとパリ・サンジェルマンの対戦でしょうか。ただ、アトレティコ対ユーベ。クリスティアーノ・ロナウドがどれだけ偉大な選手であるか証明できる年になれるか。それからアヤックス対レアル・マドリーも注目しています。アヤックスのフレッシュな選手たちが、マドリー相手にどこまでやれるのか。もしかすると、まだサンティアゴ・ソラーリ新監督がチームを整理しきれていないマドリーに対し、アヤックスが金星を挙げてしまうのではないかという期待を込めて、注目しています。
ユナイテッド対パリ・サンジェルマンでポイントになりそうなのは、パリが最近見せている効果的なカウンターですね。決勝トーナメントでは、これが効果を発揮しそうな気がします。システムも複数を使い分けていますし、ネイマールが下がってボールを受けポイント、起点を一度創ることで相手を食いつかせて、前線に空いたスペースをキリアン・ムバッペやエディンソン・カバーニが狙うこともできますし、そのなかでもとくにムバッペを使った高速カウンターが目立っています。
どのようなシステムで、誰がどこでプレーするのかも含め、ユナイテッドにとってはかなり予測が難しい相手になっていると思います。分析するのが好きなサッカーファンにとってもとても面白い試合になるのではないでしょうか。
倉敷 楽しみ方にたくさんのバリエーションがありそうな対戦ですね。
小澤 倉敷さんはどのカードに注目していますか? やはりアヤックス対レアル・マドリーでしょうか?
倉敷 この対戦は目下レアル・マドリーが6連勝中です。なんと20ゴール、2失点。その前はアヤックスが逆に4連勝していました。こちらは6ゴール1失点です。どちらかが連勝している流れってどこかで変わることが多いんです。潮目の変化というか。
で、そろそろそうなったらいいなあと希望的観測を抱いています。アヤックスがCLでもやれるという自信を取り戻せたのはGSでのバイエルン戦によるところが大きいのですが、マドリーとバイエルンの今季にはいろいろと共通点も多いのでこの対戦も僅差になるのではと予想します。
戦術的な部分での予想は難しいですね、不確かなことが多い両チームです。選手を売る側のアヤックスは移籍マーケットが閉じてから、どうなったかを確認する必要がありますし、買う側のマドリーはまだ多くの故障者を抱えているので、動きがあるかもしれません。マドリーは相変わらず国内戦では調子が上がらず、ソラーリのマジックも消えかけているようにさえ思えます。それでもCLでは連覇を続けているビッグクラブですから、カチッとスイッチを入れてくるはずです。ここで連覇が途切れたらもう選手の集中力を維持するのは今の方法では無理でしょう。大きな入れ替えが必要です。
まだマドリーのサイクルは続くのか、終わるのか。いずれにせよ復活してきたヤングアヤックスとの対戦は各国記者がヘッドラインを作りやすい一戦になるはずです。