蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.53 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし…

蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.53

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富な達人3人が語り合います。今回はゲストに南米サッカーの達人、亘崇詞(岡山湯郷ベル監督)が参戦!

――前回に続き、南米サッカーに詳しい亘崇嗣さんをゲストに迎えて、今シーズンのチャンピオンズリーグのグループステージをレビューしていただきたいと思います。今回はグループEからHまでをお願いします。(前回の記事はこちら>)

倉敷 グループEは、バイエルン・ミュンヘン、アヤックス、ベンフィカ、そしてAEKアテネの4チームによる戦いでしたが、首位がバイエルン、2位がアヤックスとなりました。上位2チームだけが無敗。バイエルンとアヤックスの直接対決は1-1、3-3と、2試合ともドローでした。アヤックスは、よくぞ復活してくれましたね。

小澤 ここは、あらためて倉敷さんに”アヤックス愛”を含めて語っていただきたいと思います。



有望な若手が伸びてきているアヤックス

倉敷 アヤックスはチャンピオンズカップの時代には3連覇したこともある名門ですが、ユーロネクストアムステルダムに株式を上場して以来、多くの選手を手放さざるを得ない状況が長く続いていました。毎年のように主力を引き抜かれ、チームとしての安定した成長が見込めなかったのです。しかし2012年、OBのマルク・オーフェルマルスがスポーツディレクターに就任してからは徐々に復活してきました。まずまず堅実な経営で株価も高く評価され、選手をすぐに売ってしまうことに消極的になりました。まずその部分の変化が大きいですね。

 すばらしいユース組織を持ちながら徐々に時代の波に乗れなくなっていたのは、トレンドとなる戦術を柔軟に取り入れる優れた監督が見つけられなかったからです。現在の監督であるエリック・テン・ハフは、かつてペップ・グアルディオラがバイエルンを率いていた時代にセカンドチームを担当していて、ペップからたくさんのものを学び、それを巧みにアヤックスに持ち込んだことが成功につながっていると見ています。ペップはバルサ出身ですからアヤックスとは密接な関係にあります。たくさんのアイデアが見つかったのではないでしょうか。現在のアヤックスはヨーロッパの舞台で戦う術も身につけ、優秀な選手も多いので、日本でもファンが増えるといいなと思っています。

小澤 今シーズンからグループステージに出場した選手が冬のマーケットで他のクラブに移籍したとしても、決勝トーナメント以降は移籍先のクラブで出場可能という新しいレギュレーションが導入されました。これはアヤックスにとってマイナスなルール変更になっていると思いますが、いかがですか?

倉敷 まったくそのとおりで、監督やファンにとってはとても頭の痛いレギュレーション変更ですね。オーフェルマルスも流石に断れないオファーをいくつも受けている様子です。このレギュレーションの変更はヨーロッパカップに出場しているすべてのクラブにとって重要なポイントになりそうですからおさらいしておきましょう。

 チャンピオンズリーグは決勝トーナメント以降、新たに3人の選手を新規登録できます。ここは従来と変わりませんが、今シーズンからはグループステージですでに出場した選手も、移籍先のクラブで新規登録することが可能になりました。つまり、ユナイテッドのポール・ポグバが冬にユベントスに移籍した場合、ラウンド16以降もユベントスの選手として出場できるということです。

 大きな変更点です。ちなみに登録期限は2月1日のヨーロッパ中央時間の24時。この時間まで、買われる側のファンはドキドキするわけです。冬の移籍マーケットはこれまでとはまったく違った展開を見せる可能性が高くなりました。

中山 3位や4位でグループステージを敗退したチームだけではなく、もしかしたら1位や2位のチームからの引き抜きも十分に考えられますね。お金のあるクラブが冬の移籍マーケットでどのような動きを見せるのか、大きな注目点になりそうですね。

倉敷 これまで冬は大物が動かないと言われていましたが、果たしてどうなるのでしょうね。

 さて、グループEの話に戻りますが、中山さんはこの結果をどう見ましたか?

中山 ここはベンフィカが予想していたよりも力を発揮できなかったことで、2強2弱という恰好になってしまいましたね。首位通過のバイエルンは、国内リーグではドルトムントに引き離されていて、ニコ・コヴァチ監督が批判を浴びたりして好調とは言えない状況ですが、CLは対戦相手に恵まれたことで救われたという印象があります。

 内容的にも近年のバイエルンのなかではもっともインパクトが薄いものだと思いますし、第5節のベンフィカ戦で仮に引き分け以下の結果だったらおそらく監督交代という事態となったことでしょう。そういった状況を考えると、現在のバイエルンを優勝候補には加えられないと思います。アリエン・ロッベンとフランク・リベリーのベテラン2人が今シーズンでクラブを離れるので、ラウンド16以降は、功績者2人の花道を飾るという1点でチームが再びまとまれるかどうかがポイントになりそうです。

亘 僕は、アヤックスの充実ぶりが印象的でした。試合を重ねるごとに自信をつけているというか、ビッグクラブが引き抜きそうな有望な若手がとても多いので、見ていても新鮮でした。

倉敷 アヤックスはたとえ主力を保持できなくても思い切り戦って欲しいと思います。では次にグループFです。ここはマンチェスター・シティ、リヨン、シャフタール・ドネツク、ホッフェンハイムというグループでしたが、首位通過は予想通りマンチェスター・シティ、最終節でリヨンが2位に決まりました。中山さんは、リヨンの戦いぶりをどう感じましたか?

中山 リヨンがCLでベスト16に残ったのは7シーズンぶりのことなんですよね。それを考えると、アヤックス同様、本当によくやったと思います。そもそもこのグループは当初から1強とその他3チームという構図で、シティ以外はどこが勝ち上がってもおかしくないグループだと見られていました。そんななかでリヨンが2位通過を果たせた理由は、第1節のシティとのアウェー戦で金星を飾ったこと、それと第5節ではホームで2-2のドローに持ち込めたことがポイントになったと思います。

 初戦はペップ・グアルディオラ監督がベンチ入りできなかったという幸運もあったと思いますが、あの試合で勝てたことで若い選手たちが自信を持てるようになったことが大きかった。リヨンにはタンギ・エンドンベレやホッセム・オーアルを筆頭に将来有望な若手が数多くプレーしていますが、彼らはグループステージ6試合のなかで確実に成長を遂げています。新レギュレーションによって引き抜きの危険性もあるわけですが、オラス会長が冬に彼らを売却するとは思えませんし、今後もチームとして成長した姿を見せてくれると思います。

 それと、キャプテンでエースのナビル・フェキルがW杯の疲労とリバプールへの移籍破談などもあって、トップフォームにはほど遠いパフォーマンスで批判も浴びていましたが、最終節では大事なシャフタールとの直接対決で値千金の同点ゴールを決めました。彼がトップフォームに戻れば、ラウンド16でバルセロナに勝つのは難しいかもしれませんが、意外と苦しめることはできるかもしれません。

倉敷 最下位に終わったホッフェンハイムを率いたのはCL初挑戦となった新進気鋭の青年監督ユリアン・ナーゲルスマンです。小澤さんの評価はいかがですか。

小澤 やっぱり国内リーグと事情が違って、CLでは素早い対応力が問われる部分があるので、そこに選手がついていけなかったのではないでしょうか。ナーゲルスマン自身は相手に対応されたときの次の一手を持っていたと思いますが、さすがにホッフェンハイムの選手がシティやリヨンに対応するだけの力はなかったと見ています。

倉敷 では、次にグループGを見ていきましょう。ここは、首位レアル・マドリー、2位ローマ、3位プルゼニュ、4位CSKAモスクワという結果でしたが、なんと首位レアル・マドリーがCSKAに2敗するという、衝撃の試合もありました。マドリーはシーズン途中で監督が交代しましたが、2人ともファンをがっかりさせてしまいました。

小澤 そうですね。マドリーはよい形でローマを下してスタートできたのですが、国内リーグで低調が続き、フレン・ロペテギ監督が解任されました。たしかに12月にはクラブワールドカップ優勝を果たしましたが、サンティアゴ・ソラーリ新監督になってからもサッカー自体の精度も低いしインテンシティも高くならないので、その辺がすごく気になりますね。

 光明は、マルコス・ジョレンテがフレッシュなプレーを見せてくれていて、カゼミーロのコンディションが上がらないうちに彼が出てきて活躍していることだと思います。それと、最近の話題はイスコですね。イスコがチームに残るのか、冬に移籍してしまうのか。実際、ソラーリ監督との関係は悪いみたいなので、移籍の可能性も十分にあると思います。ここがマドリーの冬の大きなトピックスになっています。

亘 マドリーのソラーリ監督は、同じくシーズン途中に就任したモナコのティエリ・アンリ監督とはまったく違った状況になっていますよね。2人ともトップチームを率いるのは初めてのことですが、「監督という仕事はやってみると予想以上に難しい」と感じているのがアンリだとすれば、クラブワールドカップも就任後すぐにタイトルも獲りましたしグループステージでまずまずの結果を出したソラーリは「意外と簡単かも」と感じているかもしれません。

 でも僕はまだわからないと思っていて、選手たちの個の部分でやっている部分も多いと思いますし、ソラーリもコンセプトが伝わっていないようにも思います。ここからチームを本格的に立て直せないと、これから「持っていない」監督になってしまう可能性も、ビックチームならではの苦しみがやってくる可能性もあると思います。

倉敷 では最後にグループH。ここはユベントス、マンチェスター・ユナイテッド、バレンシア、ヤングボーイズという4チームで争われ、上位3チームが2敗ずつを喫しましたがユベントスとマンチェスター・ユナイテッドが通過しました。小澤さん、バレンシアは残念でしたね。

小澤 最初のポイントは、開幕戦のホームでのユベントス戦ですね。0-2で負けたわけですが、ユベントスが強すぎました。バルセロナに移籍をしたジェイソン・ムリージョがクリスティアーノ・ロナウドを罠にはめて退場に追い込んだのですが、それでもまったく歯が立ちませんでした。やはりこのグループは本当にユーベが飛び抜けていて、今シーズンのCL全体で見てもユーベを優勝候補の筆頭に推してしまいたくなるくらいの安定感と強さを感じました。

 そういうなかで、ユナイテッドとの一騎打ちでも勝てず、しかもバレンシアは引き分けも多かったので、この結果は仕方ないですね。

中山 バレンシアとユナイテッドは紙一重でしたよね。直接対決ではバレンシアが上回っているわけですし、バレンシアが2位通過しても決して不思議ではなかった。ユナイテッドにとって大きかったのは、第4節のアウェーでのユベントス戦だったと思います。この試合は摩訶不思議なゲームで、ユベントスが順当に1-0で勝つと思って見ていたら、試合終盤の86分にフアン・マタが直接フリーキックを決めて同点に追いつき、さらにその4分後にセットプレーから相手のオウンゴールを誘って逆転。ユーベは内容的にも勝っていたのに、終了間際に事故が続いて終わってみたら負けていたという奇妙な試合になってしまいました。ユナイテッドにとってはアウェーでユーベに勝てるなんて思っていなかったでしょうし、この大金星が最終的にバレンシアとの差になったと思います。

 今シーズンのユナイテッドはプレミアでも調子がよくないですし、少なくともジョゼ・モウリーニョが率いていた当時のチームは2位通過に値したとは言えないチームだったという印象があります。もちろんオーレ・グンナー・スールシャール監督にバトンタッチしたので、これからどのようなチームになるのか未知数ではありますが。

倉敷 モウリーニョ時代はお金を使うことをためらったユナイテッド。フロントはOBのスールシャールにはお金を使うでしょうか? スタンドの改修にもお金は必要な様子ですが、冬の移籍マーケットでどのような動きをするのか、このチームはとくに注目ですね。

 次回はラウンド16の注目カードを見ていきます。

(つづく)